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2011年3月

2011年3月31日 (木)

やっと購入

エコポイント制度終了日前日になってようやく薄型テレビを購入しました。615co5vfivl
ポイント数は11000点。ちょっと無視はできない金額です。

まずは家電店でパンフレットを収集。
そこに記述してあった薄型テレビのサイズの決め方を参考に、
37、40、42型を候補としました。

薄型テレビには液晶とプラズマの2種類があるのですが、現状のシェアでは圧倒的に液晶が多いです。
店頭で両者を見比べてあまり違いがわからなかったし、プラズマは必然的に42型以上となって、
現物を見るとちょっと大きいと感じることもあって、液晶を選択しました。

候補としてあげたのは、ソニー、シャープ、東芝、パナソニック。
ネットを覗いていて、だいたいこの4社比較になっていたのが理由です。
録画機能がついているものは10万円を越えてしまうので、予算的に却下。
価格.comで再安機種を中心に比較をしてみます。

東芝とソニーがよく売れているようでした。
で、いったん東芝の機種を幾つか候補にして再度家電店へ。
しかしこの候補の機種はどれも店頭に並んでいませんでした。
おまけに価格.comで調べた通販の価格に比べて家電店は高い!

うーん、と悩みましたが、テレビは故障も怖いので通販は避け、家電店に、
それも普段使いしていてポイントを消費しやすいヨドバシカメラに絞り込みました。
サイズはネットでの液晶テレビは40型以上が安心との情報をもとに40型に。
すると、もう予算内におさまってくるものとなるとソニーとシャープしかありません。
このふたつの差が蛍光管バックライトかLEDバックライトか。

LEDバックライトでもエッジLEDを採用する廉価機種は蛍光管より劣るとのネット情報もありましたが、
店頭で見るとあきらかにLEDバックライトの方が美しい。
さらに価格.comのレビューで比較しても点数こそソニーの方が高いですが、
コメントの内容を詳しく見ていくと、シャープの方が良さそう。

で、若干割高にはなりましたがシャープのアクオスに決定しました!
品番はLC-40SE1。あとでamazonのレビューも見てみましたが悪くはなさそうです。
ただ、在庫はちょうど切らしてしまったそうで、納品は4月半ばになりそうです。
ま、それでもとりあえずエコポイントを利用できてよかった。

2011年3月30日 (水)

久方ぶりの自転車

昨日は震災以来、初めて自転車に乗りました。
しばらくは動体視力が追いつかなくて、怖い怖い。

でもやっぱり自転車は速いですね。
震災の日と同じ甲州街道を走ったのですが、歩くと一時間以上、
自転車だと20分弱ですからね。体感速度が全然違う。

で、行ってきたのは新宿。薄型テレビを見に。
ヨドバシ、ヤマダ、ビックカメラとまわりましたが、決まらない…。

--
今日も乗ってきました。
もうすぐツール・ド・草津ですし、ドロップのポジションに慣れておこう、
ということで久々のミニベロ出動でした。
昨日はちょっと腰痛が出ましたが、今日は大丈夫。

2011年3月29日 (火)

石棺

福島第一原発への放水は文字通り、焼け石に水だったようで。

原子炉格納容器もしくはそこからの配管から核燃料棒の放射性物質が漏れ出ているとのことで、
作業員の被爆を考えると、修復は極めて困難だと考えられます。
漏出は日を追うごとに拡大していて、海などへの汚染も気にかかるところです。

もう既に福島、関東北部の農家に多大なる損害を与えていることも加味すると、
原子炉の再臨界は起こらないという学者の意見を信じるなら、
一刻も早く、原子炉自体をコンクリート等で封じ込める必要があると考えます。
作業が遅れて放射性物質の漏出が増大すると、足場、型枠建設や、
コンクリート打設工事にも影響が出かねません。

今はもうメンツにこだわっている場合ではないのだと思うのです。

2011年3月28日 (月)

家と個室

これは簡単に答えが出る問題ではないのですが。

もう随分前に、山本理顕さんらが住宅の個室が直接外部に接していて、
共用部のリビングなどはその奥に配するという間取りを提案されていました。
それはある意味現状追認型プランで、新たな社会と家庭の関わり方を示していました。
一方それに反発するように、リビングを通らないと個室に行けないという間取りも再注目され、
いわば強制的に家族の絆を保つべきという考えもありました。

結局のところ一般的な答えなど出るはずもなく、ケースバイケースでこの問題は考えられてきました。
ただこうした問題が提起されるほど、家庭というものが多様化したというのは事実です。

テレビ、電話、パソコンは昔は家族の共用物で、1家に1台でした。
それが今や携帯電話やスマートフォンの普及で1人1台になりつつあります。
少なくとも情報面では既に個人単位で社会に直接つながっているのです。

じゃあ共用部はいらない?となると、少なくともうちではそうなっていません。
朝食は必ず一緒にとるし、寝室は共用しています。
なんというか、ここらへんは距離感の問題ですね。
今でも人間はやはりどこかでフィジカルなつながりを求めていて、
その度合いはやはりケースバイケースなのだと思います。

それがまったくなくなってしまったら、みんなでワンルームマンションに住むのでしょう。

2011年3月27日 (日)

テレビと空間

地デジ化が目の前に迫って、いまだアナログ受信の自分は対応を迫られており、
薄型テレビの情報をぼちぼちと集めたりしているのですが、なんだか楽しくない。

テレビ、見るときは見るし、必要だとは思うのですが、たぶん好きではないのだと思います。
住宅の設計をしていても、テレビというものがいかに空間となじまないか、実感したりします。

原則、光と影だけにて構成される静的空間にまったく異次元の別世界、
動的空間が挿入され、室内のヒエラルキーが乱されてしまうかんじ。
具体的にはテレビを正面にUの字型に食卓を囲うというレイアウトとか。

端から見ていておかしくありません?
ぼくの感覚が古いのかな。

2011年3月26日 (土)

ルーツ

もともとは社会への復讐心を抱えた絵描き、イラストレーターでした。
かたちは表現主義風だったり、シュールレアリスティックだったり。

でも正式な教育をうけているわけではなく、へたくそで
とてもそれを職業になんかはできないレベル。
で、まわりまわって建築に行き着きました。
当初はその絵描きの流れを引きずって、表現主義風な設計をしていて
それはある程度、大学の講師からは認められていました。

が、これも就職すると何の役にも立たず、商業的デザインを学ぶことになります。
ここでちょっと自分を見失い、デザインの癖を取り除くのに後日時間がかかりました。

今、ぼくのデザインの系譜はポストフランク・ゲーリー、篠原一男と位置づけています。
ともに表現主義風でありながら、「情」が取り除かれています。
その「情」とは前出の社会的復讐心とからんできます。
いくら芸術と言えど、社会の中でお金をもらって仕事をするのに
反社会もないものかと思ったのか、
それとももういい大人になって復讐なんて子どもじみていると思ったのか。

ここらへんの流れがルーツ探しで明らかになってきました。
ルーティンに仕事をしているとこういうのを忘れてしまいます。
で、本格的に仕事がなくなったら、ペインターに戻るのも悪くないかな、なんて。
もちろんアマチュアとして。

2011年3月25日 (金)

ジョックとナード

アメリカの主に高校でのヒエラルキーの頂点がジョック。
具体的には人気者のスポーツマン。
女子版はクイーン・ビーと呼ばれ、例に挙がるのがチアリーダー。
そしてその対極にあるのがナード。いわばオタク。

wikiではそのヒエラルキーが図示されていて興味深いです。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B8%E3%83%A7%E3%83%83%E3%82%AF

日本の高校ではここまであからさまじゃない気がします。
ぼくが行ったのが男子校だったせいかもしれませんが、
こんな階層社会で3年間も過ごさなきゃならないなんて、地獄ですね。

日本だとジョックはプロ野球選手と女子アナみたいな区分になるのかな。
でもそんなには崇拝されていない気がします。
意外なのは音楽バンド系もどちらかといえばナードに属するということ。
あと、いわゆる不良が階層外にいること。
日本では不良がジョックの位置を占めているケースが多い気がします。

ま、いずれにせよぼくはナード的存在だったわけで、
そこらへんから自分のルーツをひもといてみたりすると面白い。
というか、ちょっとへこんだり。(笑)

2011年3月24日 (木)

止まぬ余震

ちょっと不気味な感じがします。

被災地や原発はともかく、首都圏は巨大な余震に注意した方がいいのかもしれません。
特にインフラ関係、電気、ガス、水道、石油などはもう一発大きいのがきても
なんとか持ちこたえられる程度までには補強、チェック等しておいたほうがいいのでは。

2011年3月23日 (水)

不可逆な日々

気がついたらもう3週間も掃除機をかけていませんでした。

12日前の出来事から、ルーティーンな日々はどこへ行くかもわからない
巨大な不可逆な流れに飲み込まれてしまったようです。

2011年3月22日 (火)

東急こどもの国線

幼稚園は電車通学でした。
ちゃんと定期券を持って、青葉台からつくし野まで通っていました。

当時の東急電鉄は3000系。
鉄のこげたような匂いがして、振動もかなりのものでした。

同じ時期に走っていたのが、東急こどもの国線。
3000系をピンク色にカラフルに塗装した車両はきれいでした。

今、Google画像検索をかけてもカラー写真は出てきません。
貴重な車両だったと思うのだけどなあ。
今の列車はまったく赴きにかけています。

渋谷のハチ公にある車両もこどもの国線にかえればいいのになあ。

2011年3月21日 (月)

さよならクヌート

クヌートは2006年にドイツのベルリン動物園で生まれたホッキョクグマ。
母グマから出産直後から育児放棄されたので、人工保育されました。

飼育係のトーマス・デルフラインさんの献身的看護によってすくすくと育ち、
その姿はYouTubeにて全世界に発信され、人気を集めました。

しかしトーマスさんは2008年に急逝。
クヌートはホッキョククマ舎に放たれ他の熊との同居を始めるも、
メスに攻撃され、池に落ちるなど不安定な状態にありました。
先日3月19日に急死。原因は不明です。

ここからは推測ですがトーマスさんが突然いなくなって寂しかったのではないか。
また、群れにとけ込めず孤独でストレスを抱えてしまっていたのではないか。

クヌートが「HACHI」のように最後にトーマスさんに再会し、
「フランダースの犬」のように天に召され天国で安らかに過ごしていることを切に願います。

さよなら、クヌート。
昨日は涙が止まりませんでした。

2011年3月20日 (日)

信頼されるひと、されないひと

政府全体はともかく、枝野官房長官は信頼してます。
震災後、1度も帰宅することなく、常に冷静に状況を伝える姿は
twitterで#edano_neroというハッシュタグができるほどです。

一方信頼できないのは東電幹部。
事故当時、政府の海水注入、10km圏内退避という方針に渋って
注入を遅らせ、退避も3km圏内に縮小したらしいです。
その情報公開はアメリカにも疑問視されていて、米国は独自な調査に入るようです。
そして事故から1週間も経った頃、ようやく福島第一原発の廃炉について言及したそうな。
何もかもが後手後手です。

計画停電にしても、当初、エリアに組み込まれていた世田谷区は除外されました。
世田谷だけでなく、東京23区はおおむね優遇されています。
そして地方には苦労を強いる。信号の停電で2人の方が交通事故で亡くなっていますが、
東電幹部には当事者意識があるのだろうか。
東京23区の除外は企業=大口顧客からの圧力があったと見られても仕方ありません。

事実を真っ正面から受け止め、冷静な判断をするひと、
そしてなによりがんばっているひとが信頼されるのです。

見ているひとは見ているものです。

2011年3月19日 (土)

長谷川町子美術館

前からの約束があったので、長谷川町子美術館に行ってきました。

場所は桜新町駅から徒歩7分。赤煉瓦の瀟洒な建物です。
行って初めてわかったのですが、ここは「長谷川町子記念館」ではなくて、
「長谷川町子コレクション館」なのですね。
長谷川さんが生前に自ら蒐集した美術品を社会に還元するために建てられたものとのこと。
よって展示の大半が油彩だったり日本画だったりします。

その内容も素晴らしいのですが、どうしても「サザエさん」などの作品に触れたくなります。
そのコーナーは2階の隅にちょこんとあって、自伝やエピソードなどが漫画で紹介されています。
おもしろおかしく描いてありますが、いやはや大変な前半生だったのですね。

館を出たところで昼。
渋谷か駒沢大学でランチしようと思っていましたが、
館の中にフレンチレストランの案内状が置いてありました。
すぐ近くなのでちょっと覗いてみると悪くなさそう。
ということで、急遽桜新町でのランチに変更されました。

お店の名前はアンフュージョン。
ここ、当たりでした。
2800円のランチコースでアミューズ、前菜、スープ、メイン、デザート、コーヒーまで。
プリフィクスで前菜、メイン、デザートは選べます。
奇をてらったところはなく、ベーシックだけどつぼを押えた料理でした。

http://www.infusion.jp/

食後はあまりに天気がよかったので、駅で連れと別れて自宅まで散歩。
いい運動になりました。

2011年3月18日 (金)

竣工物件の安否確認

地震時、新宿から明大前まで歩き、沿道の建てもの状況をチェックし、
帰宅して自宅の状況を確認し、実際に体感した震度と合わせて考えると、
少なくとも都内で自分が設計した住宅には大きな被害はないと判断しました。

しばらくは多くのひとが東北地方の在住者との安否確認に追われると思われましたので、時間を置いて
昨日になってようやく施主の安否、建てものの状況などの確認のメールを送りました。

今日までに返事を頂きましたが、けが人も建物損傷もなかったようです。
安全を確信していたとはいえ、かなりほっとしました。

2011年3月17日 (木)

PTSD?

数日前に書いたように、ぼくは視覚的なものから刺激を受けやすく、
ちょっともうそろそろテレビを見るのがしんどく、気が滅入ってきました。
夜も寝付きが悪くなり、入眠剤を使っています。

今回だけじゃなく、阪神淡路大震災や米国同時多発テロでも同様な症状が出ました。
視覚的許容範囲をおそらく越えてしまっているのですね。
一種のPTSDと言ってもいいかもしれません。
案外長引くんだな、これが。

2011年3月16日 (水)

仮の決めごと

今回の非常事態を受けてわかったのは、世の中、仮の決めごとで動いていること。

納期も工期も営業時間も時刻表も、実は仮の決めごとでしかありません。
昨日挙げた業種以外では、この仮の決めごとをなくしてもさして不自由しません。
海外通販を利用した方にはわかると思いますが、日本の税関の仕事ぶりは超マイペース。
荷物を何日も棚上げしておくこともめずらしくありません。

怒るひともいますが、まあ焦らずまったり待てよというのが大方の利用者の考えです。
海外だとあらゆる業種でこんなのがスタンダードだったりします。
時刻通りきっちり電車がやってくる国の方が異常に見えたりします。

この勤勉さが日本を世界第2位か3位の経済大国にさせたのかもしれませんが、
ちょっと強迫的だと思いませんか。
それで精神的に追い込まれてしまうひとも多いのではないか。

日本人はもっとルーズに、また寛容になった方がいい。
その方が人生を楽しめるのではないでしょうか。

2011年3月15日 (火)

職住分離とか

今現在の最大の問題は福島の原発の事故対応で、
それに続いて被災者への支援物資の配給。
それに比べれば計画停電など小さなことだし、
徐々に続けていれば住民も慣れてくるのかもしません。

計画停電でまず列車の本数に制限がかかったことで、
鉄道が膨大な電力を消費していることが推し量られますが、
日本の都市は基本的に職住分離型で毎日膨大な数のひとが
郊外から都心へ輸送されています。
それは明らかに莫大なエネルギーと時間のロス。
ここが根本的に都市の災害時の欠陥になっているように思います。
今の状態では帰宅困難者が続出し、車で出かけても渋滞、緊急車両を巻き込み、
またガソリンが不足するという悪循環を産むばかりです。

都市はもっとコンパクトに区分けして、職場から歩いて帰れる範囲に
住居を隣接させるというのが理想ではないのか。
まあ都市の再編まではすぐには現実的な話ではないかもしれませんが。

しかし、災害時に限って問題を見ていくと、緊急時に必要な産業というのは限られてくると思います。
それならそれに従事する人々を都心に重心的に住まわせればいいのではないか。
緊急に必要ではない産業に着いているひとは、休めばいいのです。それが仕事。
休めば鉄道の電力もガソリンも無駄に使わずに済むのです。
で、そういう方々は郊外に住めば良い。
そういう住み分けというのはどうだろうか。
で、できればその休んだ分、特例として失業手当のようなものが給付されると嬉しい。

ちなみにぼくが考える災害時に必要な業種を思いついただけ書いてみます。
・電力・ガス・水道・下水・通信維持・ゴミ収集・食品加工流通
・医薬品製造流通・病院・マスメディアの一部・鉄道・石油・警察
・消防
こんなもの?

2011年3月14日 (月)

ささやかに

ようやく連れ合いが戻ってきたこともあって、気分を切り替えてホワイトデーのお祝いをすることに。Dscn8499

今回のお祝いツールは以下の通り。
・花:小田急フローリストミロード店:小さな熊のオブジェ付き。
・カード:東急ハンズ。3Dに見えるキャラクターもの。
・パスタ:イースター用のキャラクター切り抜きのパスタ。絵柄は兎と卵。
 ソースはカルボナーラのレトルトパウチに焼き鮭をまぶしました。
 鮭の塩辛さがアクセントとなって美味しかった。
・菜の花の辛子あえ
・スパークリングワイン:連れ合いの実家から送ってくれたもの。
・ケーキ:ノリエットのフルーツケーキ。
・チョコレート1:ホレンディッシェ・カカオシュトゥーベ
 すごい行列ができていたので購入してみました。
 バウムクーヘンをチョコレートコーティングしたもの。想像を超える味ではなかった。
・チョコレート2:アンリ・ルルー
 チョコレートでできた大きなハート状の器の中に幾つかチョコが入っています。
 チョコはコーティングされたキャラメルだったり、いまいち。

ホワイトデー用のチョコレートはバリエーションがなくて困ります。

2011年3月13日 (日)

節電

昨晩は皆さんの節電の効果があったそうでなによりです。
ぼくは電力ピークになる6-8時を前に早々と寝てしまったので、こんな時間に起きています。
テレビではまだ地震報道続いていますね。

節電のため、部分的に停電させるという件はなくなったのかもしれませんが、ちょっと考えさせられました。
一斉に電気が止まるということは、かなりの不自由になるのではないか。

電車はもちろん止まるし、信号機も止まるでしょう。
業務はもちろん、夕食時の飲食店の営業も一切ストップします。
なんと言ってもいちばん問題なのは病院と自宅での治療者。
医療機器が全面ストップしてしまうのは絶望的です。

街灯やネオンサイン、ライトアップのみ中止するっていうんじゃ足りないんだろうなあ。

2011年3月12日 (土)

がんばれ東北

普段から津波に警戒している地域だったにもかかわらずこの被害。
よほどの地震エネルギーだったと思われます。
亡くなられた方にはご冥福をお祈り致します。

災害救助の方も、津波で孤立した建てものからヘリで救出という
気の遠くなるような作業の繰り返しになると思います。
まずは食料、医療品、毛布等の先行投下が必要になるかもしれません。
どうか気を強く持って、がんばってください。

我々は何もできませんが、原発が危険な状態にあるということで、
省電力に留意しましょう。
また、クライストチャーチであったように、震源地がずれて余震が起こる場合も
あると思われますので、十分に注意しましょう。

2011年3月11日 (金)

11.03.11大地震

マグニチュード8.8だったそうです。
皆さま、ご無事でしょうか。

ぼくはホワイトデーの買い出しに新宿に出ていました。
伊勢丹の地下にいる時、本震がおきました。
横揺れがしばらくあって、大丈夫かな?と思ったら縦揺れがきました。
立ってはいられましたがしゃがみ込む方や、悲鳴を上げる方もいらっしゃいました。
その後、横揺れが続くもものが落ちるなど売り場が混乱することはなく、
揺れがおさまったところで営業再開されました。
アナウンスで震度5と伝えられ、EVとエスカレーターは止まりました。

外へ出てみると、道には大勢のひとが出てきていました。
一部、外壁が崩れたり、眼鏡店では商品が散乱していました。
幾つかの店はシャッターを閉じつつありました。

街角のテレビにて宮城で震度7との情報が流れていました。
震源地は遠いと判断し、東急ハンズへ買い物の続きに行きました。
エレベーターは止まっているので、階段で7階まで上がります。
営業していましたが、ここで余震に遭います。

さすがに高層部分だけあって、だいぶ横に振られます。
展示物が幾つか落ちましたが、それほど大きな被害はなく買い物も終了。

サザンテラスの方に出るとここもひとでいっぱい。スタバは閉まっていました。
JR南口へ着くと、危険だから駅構内から出るように指示が出ていました。
改札内は立ち入り不可。小田急も京王もそうなっていました。
余震が続くので、復旧のめどはついていないとのこと。
避難地域である新宿御苑への案内がアナウンスされていましたが、あまり現実的ではない。

駅附属の多くの店が閉店になるようでしたが、間際にお願いして花だけ購入。
鉄道が動かないのであれば歩くしかありません。
甲州街道を西へ下りますが、多くの事務所が営業終了したのかひとの列ができています。
途中、初台で吉牛に入ったら、5時頃だというのに満席でした。
結局、明大前までひとの列が途切れることはありませんでした。
結構遠くまでかえるひと、いるんだな。

5時半頃帰宅したところ、事務所の模型が幾つか倒れていましたが無事。
水もガスも出ました。
しかしテレビをつけてみて唖然…。

皆さまのご無事を願っております。

2011年3月10日 (木)

暗闇

子どもの頃、暗闇が嫌いでした。
というか、恐怖。

真っ暗闇で、自分の手も見えなくなると、
まるで自分が生きている実感がなくなってしまって怖かった。
眼科に行って、しばらく目を開けないように言われたときも
同様の状態に陥って、パニックになりました。

で、寝るときはコンセントに小さなライトをつけていました。
成人するとそれもなくなり、逆に明るいと眠れなくなりましたが、
あれはなんだったのだろう。

カメラのフラッシュもダメだったので、視覚に頼りすぎていたのか。
あと、むやみに死が怖かったのはあるでしょう。
今はなんとなく受容している感じにはなってしまっていますが。

2011年3月 9日 (水)

パンク・アーキテクチャー

建築にパンクなるものがあるとしたらどんなものだろう。29

基本はシンプルに、モダンな構成。
それを誰にでもできる発想でアレンジしてゆく。
方向としてはあくまで過激に、過剰に。

と、思いついたのはOMAによるシアトル図書館でした。
非常に単純でありながら攻撃的、そして投げやり。

シアトルだけではないですね。
OMAによる建築は特に素材の扱いが過激でざらざらしている。
ネクサス集合住宅、ボルドーの住宅、コングレスポ…。

すごいんだけどどう評価していいかわからないOMA建築への
手がかりがちょっと見えたような気がしました。

2011年3月 8日 (火)

お酒

あまり飲まないし、飲めません。
週末に1度、夕食時にワインかスパークリングを1杯くらい。

でも、飲めなくてもいい時代になって楽になりました。
バブルの頃は夜遊びするのが当たり前で、ディスコが乱立し、
外国人デザイナーを引っ張ってきて内装をまかせるなど、
時代の先端のデザインを見るにはお酒を飲まなくてはいけませんでした。

代表的なのが北河原温さんによる渋谷のriseのような退廃的デザイン。
今はどこに行っちゃったんでしょうね。

2011年3月 7日 (月)

A山散策

昨年末に連れて行ってもらってから2度目のA山です。
全貌を把握していないので若干の不安はありました。

てれてれと甲州街道をMTBでアプローチし、西側から入ります。
木漏れ日がきれいでいい感じ。
前回来たときはなかった看板が幾つかあってフィールドが狭くなった感じ。
途中、いくつか行き止まりの遭遇するも、無事にドラゴン坂へ。

2本ほどトライして次へ進もうとするもルートがわからない。
仕方なくスーパーダウンヒルを下りていったん山を出ます。
その後、帰途でふと思いついて、東側からアプローチしてみることに。

と、無事見晴し台とV字坂にたどり着くことができました。
見覚えのある梅林と遭遇し、西側アプローチとの接点も確認。
帰りに見晴し台付近の立ち入り禁止区域でオートバイのトライアルの集団を発見。
あれは許可を取っているのでしょうか。

出会ったMTBerはひとり。畑では既に農作業が始まっていました。
春ですね。

2011年3月 6日 (日)

ホリー・コール

ブルーノート東京でホリー・コールのライブを聴きにいってきました。Specialpickup

ホリー・コールといえば「コーリング・ユー」。
というかそれしか知らなくて、それもジェヴェッタ・スティールバージョンの方が好きなので
まあ、実質連れ合いのおつきあいという感じでした。

しかし東洋の果てまで、それも言葉の通じない国まで渡り歩くさまはジプシーのようです。
曲紹介のトークはともかく、歌詞の内容はほとんど理解していないであろう観客と、
狭い空間を共有するのは、なんか申し訳ない感じすらしました。

歌唱力、演奏力はまったく申し分なく、感動ものだったのですが。

2011年3月 5日 (土)

書店

大好きです。毎日行きます。

しかし地元の啓文堂や笹塚の紀伊国屋にはネットや新聞などで紹介された
新刊がほとんど入らず、欲求不満になっています。

そういうときは自転車で20分かけて新宿三越のジュンク堂へ。
あそこはなんでもありますね。
あれで青山ブックセンターみたいに漫画が読めるようになれば完璧。
ああ、ジュンク堂の近くに住みたい。

2011年3月 4日 (金)

美的欲求

昔は新しい認識を得るために生きていました。
まあ、昨日書いたようなことですね。
前はこれが日々変化する感じだったのですが、
最近はもうあまり変わりません。

今の自分の生の原動力は美的欲求ですね。
建築にも自転車にも主にそういう関わり方をしています。

しかしなんといっても決定的に求めるのは異性です。
今の連れ合いと結婚することで人生の満足率はかなり上がりました。
もう7、8割方満足しているんじゃないかな。

2011年3月 3日 (木)

役立たず

ひとはなぜ産まれたかというと、それはDNAの継承本能に従っただけである。
しかしその結果、人類は爆発的に増え、地球環境さえ汚染するに至り、
子孫を増やすことが必ずしも正であるとは言い切れない状態に陥っている。

ひとはどう生きるかとなった場合、社会的側面が出てくる。
ひとはひとりでは生きられない。だから支え合って生きていく。
しかし働いてさえいれば社会的に有益というわけでは必ずしもなく、
資本主義社会では実は無駄な仕事というのがたくさんある。

社会に従って生きていれば幸せになれるかというと疑問もある。
ひとの生は誰にも保証されることはなく、いくら慎重になっていても
病気になるときはなるし、事故に遭うときはあう。
明日も自分が生きているかなど誰にもわからない。

人生はみな帳尻が合うようにできているなどということもない。
何十億といる人類のすべての人生を幸福にするなど不可能である。
一生不幸である人生だってもちろん存在する。
社会はそれをある程度調整するものの、限度はあるし社会は意外と冷酷だ。
また社会はどうしても真ん中にいるひとと周辺にいるひと、仲間はずれをつくり出す。

子孫を存続させることや社会に従属的に生きるということが、
意義があり幸せにつながるという保証はどこにもない。

ひとは社会の型にはまらず、もっと自由に生きればいいのだ。
親に資産があるならそれにすがるのも良し。配偶者が働いていればそれに頼るのも良し。
どうにもならなくなったら生活保護を受けるのも良し。自殺するも良し。

そういうひとたちはいわゆる役立たずであるが、役立たずがつくれるものもある。
それが文化であり芸術と呼ばれるものだったりする。
美しいもの、感動するものをつくるなら役に立っていると思われるかもしれないが、
ひとの感性は多種多様であり、万人に感動を与えるものなどない。

美術の世界では女性の陰部のクローズアップ写真を並べたり、
牛の親子の輪切りをホルマリン漬けにして見せたり、
苦労して建てものを1枚の布で覆ったり、カンバスをただ網目で埋めたり、
そんなものが高い評価を受けている。
またピアノの前に一定時間座るだけで作曲とされたりもする。

もちろんそれで食べていくのは難しい。
しかしありがたいことにそういったものが人間には一定、求められている。
そしてそれは社会的に端っこにいる人間にしかつくれない。
一生を棒に振るかもしれないが、ここには望みがある。

「このなかで、いちばんえらくなくて、ばかで、めちやくちやで、
てんでなつてゐなくて、あたまのつぶれたやうなやつが、
いちばんえらいのだ。」宮沢賢治

2011年3月 2日 (水)

美しい隣人

あら、視聴率落ちたのね。
某巨大掲示板でも評判よくないし。

ぼくは面白いと思ったけど。
画面の切り取り方やBGM、効果音が秀逸。

感情移入できないと拒否しちゃうひとが結構多いみたいだけど、
ぼくはフィクションはフィクションとして楽しんでしまえる方。

2011年3月 1日 (火)

諏訪内晶子さん

昨日の記事のコドモのコドモ-さそうあきら-神童とリンクして画像を拝見しましたが、
いや、あらためて美しい方だと再認識しました。
天は2物を与えるんですねー。

10代にして世界最高の賞を獲得し、2001年には情熱大陸に出演。
そんな諏訪内さんももう39歳。
体力的にも落ちてきて、全盛時の技量をキープするのは並大抵のことではないと思います。

諏訪内さんは2006年に結婚されているそうです。
お相手はwikiによれば慶応医学部卒の外科医。
うーん、どうなんでしょ、この取り合わせ。

どちらかというと癒し系の主夫っぽいひとの方が合いそうな気もしますが。
医者は概して多忙ですし、手術は体力が必要で豪放な感じのひとが多い。
噛み合ないのではないのかなあ。

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