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2011年7月27日 (水)

女性不信

今の自分からは考えられませんが20代の頃、一時的に女性不信になったことがありました。

別にこっぴどくふられたとかそういうのではなく、一時、特殊な組織に身をおいていてそこでの影響です。
当時は影響を受けまいと思っていましたが、そこを辞めてからじわじわと染み込んできました。
期間としては2年くらい。女性嫌いというよりは女性はいいよな!という被差別的感覚。

例えば性的駆け引きになると最終判断は女性が握っているとか、生まれながらにして生殖という
存在意義が与えられていて守られ、対して男性は身を粉にして働くばかりだとか、そんな認識が強かった。
ここから救ってくれたのは仕事で出会ったひとりの女性でした。

当時勤めていた事務所では愛知の物件を担当していて工事段階で現場常駐の出張に来ていました。
この仕事、日本での建てものにアメリカ製の映像機器類を取付けるというもので、
そのインターフェイスとトータルデザインを仕事としていました。
いざ取り付けの段となるとアメリカから職人がやってくるので指示出しのために通訳が必要でした。

現地で採用された通訳は30代の既婚女性で、普段は専業主婦をやっている方だったかな。
その第一印象はぶりっこ。何々なんですぅ、というしゃべりかたが受け付けなかった。
で、まあ距離をとりながら仕事をしていたのですが、いざ工事本番というときにアクシデントが起きました。
職人の英語のなまりがひどくて彼女には聴き取れなかったのです。ほとんど仕事にならないようでした。
ぼくはやれやれという目で見ていたのですが、仕事が終わったあと、彼女が本気で落ち込んでいるのを
目にしたとき、ああ、このひとは普段はおちゃらけているけど、仕事には本気で取り組んでいたんだ
と思うと不信感がやわらぎました。
これが不思議と女性全体への不信感もやわらげることにつながりました。

この現場が終わったときに彼女と握手したときにはもう彼女をひとりの人間として親しく思っていました。
ぼくが女性不信を払拭できたのはこの方のおかげなのです。

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