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2011年7月23日 (土)

高校のこと

ぼくは基本的に回路の閉じた人間なので周りからの影響というのも受けづらいのですが、
その分、自分とそりの合わない環境に身をおいた時は拒否反応が強く、
今でも消したい過去になっている期間が幾つもあります。

高校時代もそのひとつなのですが、まあ当時は子どもだったし、
今では芸能人を幾人も輩出しているので一般的なイメージも悪くはなかろう、
ということでホームページの履歴欄では学校名を出すようにしました。

この高校、過去にはかなりの数の東大合格者を出して(今は没落しているようです)
野球部が甲子園で初出場初優勝するなど、文武両道のイメージがありましたが、
野球部入学は別枠で、全寮制というからくりがありました。
当時の学校長はU氏で、逝去した理事長の後釜に付き独裁体制をひいたころで、
右翼的な管理教育が徹底されていました。
朝と夕には国旗の上げ下ろしがあり、その時間は君が代が流れ直立不動が命じられていました。
頭髪は刈り上げで週に一度、登校時に頭髪検査がありひっかかると
例え理髪店に行った翌日でも注意を受け、再度散髪に行かねばなりません。

そんな環境下からか在校生の人格も歪んでいて、それは小中と下から上がってきた生徒に顕著なようでした。
例を挙げればとにかく盗難が多い。駐輪場の自転車のかごのなかや、
昇降口での靴など、一瞬でも放置していたらまず盗まれます。
おそらくほとんどが愉快犯でゴミ箱のなかを捜したら出てきたりしました。

唯一、良かったことはと言えば在籍中に新設された女子部の校舎の設計を丹下健三に依頼したこと。
学園祭のときにその全体完成予想模型が展示されていて、引き込まれた記憶があります。
実際に大学進学後に女子部の校舎は見に行きましたが、当時の丹下さんは過去のひとであったにもかかわらず、
その造形、プロポーション、スケール感覚は素晴らしく、認めざるを得ませんでした。

しかしその後に建て替えられた男子部や中学校の設計は弟子の稲塚氏に譲られています。
何があったのかは知りませんがばかなことをしたものだ。
女子部だけだったら昭和の名建築になっただろうにすべてはぶちこわされてしまいました。

何の因果か大学在籍時に東京の竹中工務店でアルバイトをしていたとき、
この男子部校舎の図面修正をすることになりました。
おそらく減額によるもので展開図の線をただひたすら消してゆく。
稲塚氏の評判は施工した工務店内でもあまり芳しくないようでした。

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