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2011年11月10日 (木)

万能感と幻想

子どもの頃、一生に一度はスーパーカーを運転したいと思っていましたが、
その欲求はいつの間にか消え去っていました。

これは幼少期特有の根拠のない万能感と幻想から来た現象だと思います。
何千万円とする車も基本は普通の日本車と変わりはなく、
ただその値段と、フェラーリ、ランボルギーニといったブランドに
あこがれ、幻想を抱いていただけで、もし手に入れたとしても
それを使いこなすだけのテクニック、才能がぼくにあるとは思えません。

この万能感と幻想は幼少期に限ったことなく、大人になっても引きずる場合があります。
ぼくにとってはそれが建築なのかもしれません。

独立した時はコンペに勝ちたかったし、雑誌にも載りたかった。
みんなに認められて有名になりたかった。それが正直な欲求でした。
果たして16年後の今、それは成されていません。
もちろんゼロということではないですが、当時の欲求レベルには到底達していない。

しかしこの初期設定の段階から万能感と幻想に侵されていたことが今はわかります。

例えば多くの建築をつくっていく、または大規模な建築をつくっていくには組織が必要不可欠です。
また、建築をつくっていくのには膨大な体力と精神力が求められますが、
建築家個人のそれは、基本的に歳をとるごとに低下していきます。
それを補っていくのもやはり組織です。
建築家はそのリーダーとしてのマネージメント能力を問われます。

当時はそこまで考えが及んでいませんでした。
ぼくは自分でできる分は自分でやってしまうたちなので、組織の統率能力、指導力には劣ります。

また、有名になる、コンペに勝つというのもどこまでかという話になります。
少し有名になってももっと有名に、コンペで勝ってももっと勝たねばと
欲望というものはとどまることなく、満足することはないのかもしれません。

自分はできるという根拠になっていた建築を見る目にも過剰な期待をしていました。
建築を見る目がある人は少ないですが、そのなかでよい建築をつくれる腕のある人はごく少数です。
素晴らしいお手本を入手したところで、それで自分の創作能力が上がるわけではありません。

そして時代は確実にみんなを振り落としていくという事実。
どんな高名な建築家でも例外ではありません。
時代と自分の感性がシンクロしている時はアイデアスケッチが次々と生まれます。
それは新しい様々なボキャブラリーを吸収して自分のものにするという作業。
しかしそれはいつまでも続けられるものではありません。
ぼくの場合2001年前後からスケッチ量ががたっと落ちています。
個人的に精神力、好奇心が薄れたというのもあるかと思いますが、
今から振り返ると時代に取り残されたのだと思います。

今はそういった事実を見つめなおしているところです。
で、昨日書いたような価値観に至ったりしているのです。

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