« 2012年1月 | トップページ | 2012年3月 »

2012年2月

2012年2月29日 (水)

self portrait

マスクというのはあの臭いがどうにも苦手で長年避けてきましたが、R00107660
今回初めて使い捨てのものを着用してみた次第。

2012年2月28日 (火)

ジャクソン・ポロック展

まだ実物を見たことないかも、と思ったので行ってきました。R0010768_2

*ジャクソン・ポロック展/東京国立近代美術館
 120506まで/10:00-17:00(-20:00金)/月休/1500円

近代美術館にしては強引な入場料だと思いましたが、
作家の初期から全盛期、そして晩年にかけての作品を網羅しているので
見応えはありました。

初期作品はピカソに代表されるような、具象を引きずった抽象絵画。
これが意外とうまい。
構成や色使い、曲線のシェイプなど見事です。

しかし作者も言及しているように、これではピカソを越えられない。
でも、作家は結局ピカソが好きだったのだろうなと思います。
それゆえ、後年自暴自棄になり、悲劇的な人生を歩んでしまう。

作家がピカソを越えるためにとった手法は、テクニックの放棄です。
それまでもマレーヴィチやモンドリアンなど抽象絵画の作家はいましたが
どこか古来からの美的意識は引きずっていた。

それを作家はカンバスから筆を離すことで偶然性を持ち込むことにより否定しました。
それは無意味を表現するダダイズムでさえなし得なかったことで、
画家の才能や努力さえ無意味だと表明することでした。

それはそれまで誰もやらなかったことではないのかもしれません。
彼の場合、強力な画廊が後押ししたこと、アメリカが美術界でスターを欲していたこと
ニヒルな風貌、自棄的な生活に加え悲劇的最期が決定打となり歴史に名を残したのでしょう。

ぼくが今回の展示で作家らしさが出ていていいと思った作品は3点のみでした。
すべて1950年に描かれた横長の作品です。
それはどこか書画を思い起こさせ、リズムや間を感じ取れるものでした。

無秩序が売りだった作家が後年、ある程度の秩序から評価されるという皮肉。
結局、テクニックを否定しても新たな美的基準が生まれただけでした。
そして作家自らが開けた禁断の穴から後年、膨大なフォロワーを生むことになります。

日本のネオ・ダダなどはいい例です。
フォロワーに埋もれた結果、作家の晩期の作品はもちろん最盛期の作品でさえ
クオリティに疑問がついてしまいました。

作家は40代に入ったころから絵が描けなくなり、44歳で自動車事故で亡くなります。
誰か彼を止めることはできなかったのだろうか?
もし彼が晩年、ピカソまで戻ってくれば平和な暮らしが待っていたのかもしれません。

でも彼は具象に傾きつつも、結局線の美学までは戻らなかった。
そういう意味では潔い人生でしたが。

2012年2月27日 (月)

ほんとに蓄膿症

結局耳鼻科で副鼻腔炎(蓄膿症)と診断されましたが、
症状は子どもの頃と比べると激しい。
急性と慢性の違いでしょうか。

水っぱなが出て悪寒もしたので1月28日に内科へ。
風邪未満という診断をもらい、一応総合感冒薬のようなものをもらい
1週間、飲み続けましたが変化なし。

クスリが切れてからは鼻汁は無色透明から黄色に変わり、
先週24日から突如、頭痛に襲われます。
目の周りから額にかけて、顔を前傾姿勢をとると痛みが走ります。

で、翌25日に耳鼻科にかかったところ冒頭のような診断が。
抗生物質、痛み止め、タンを切るクスリが処方されましたがなかなか改善せず、
昨日は頭痛がやんだと思ったらぶり返したし、今は鼻汁がおさまっているけどどうなるか。

いや、甘くみていました、蓄膿症。
前屈みになれないので新聞を読むのも辛いです。
外食に出ても鼻水が気になって楽しめない。
今日も耳鼻科に行きますが、早く治ってほしい。

2012年2月26日 (日)

名前

given nameというものは自分では選べないものですが、R0010613
ぼくは子どもの頃、自分の名前が好きではありませんでした。

広く明るい心を持った子どもにということで浩明になったそうですが
歳とってからも広く明るくなんてただの能天気に思えて仕方がなかった。
浩はおそらく数年前に生まれた浩宮からの引用だろうし。

歳を取った今はまわりに同じ読みの名前の持ち主を多く知って
嫌ではなくなりましたが、でもまだ注文をつけたいところが。

瀧と浩がともにサンズイが付き、似た印象があるせいか、
瀧浩 明と読まれることがあります。
文字の印象も最初の2文字が構築的なのに対し、明はバランスを重視した漢字で
どうにも統一感がない気がします。

一時期はペンネームとして瀧広空というのを考えていたことがあります。
また事務所で使用しているstudio blankというのも同じような感覚で、
自らのアイデンティティになる名前は自分でつけたいという気持ちはいまだ持っています。

最近、流行の名前は大翔とか颯太とからしいですが、
子どもが老人になったときどう思うだろうか、とは考えないのでしょうか。

2012年2月25日 (土)

independent fabrication

もしぼくが今オーダーするとしたらindependent fabricationあたりでしょうか。Build6

でも高いですね。チタン+カーボンで5995ドル=48万円。
現実的なところではチタンオンリーになるのかな。
sevenとかmarlinとかも視野に入れて。

あるいはpandaniの阿部さんデザインでamandaとか?

--
アメリカのvanilla bicyclesのオーダーは5年待ちだって。すごいね。

2012年2月24日 (金)

ホイットニー・ヒューストン

昨年から今年にかけて著名人がばたばたと亡くなっている印象がありますが、Whitney
ぼくがもっとも衝撃を受けたのはホイットニー・ヒューストンのケースです。
それはマイケル・ジャクソンのときよりショッキングでした。

洋楽において女性アーティストの率は低いと思いますが、
若くして逝去した人というと他にジャニス・ジョプリンくらいしか思いつきません。
ジャニスの場合はその絞り出すようなシャウトから脆さが見えないことはないですが、
ホイットニーは高らかにポジティブに愛を唱うタイプで、陰が見えない。

アフリカ系の女性ということも陰や死というイメージから遠い。
自殺につながるうつ病の罹患率は女性は男性の2倍にのぼりますが、
実際の自殺者数は、男性が70%以上を占めるところをみると、
女性は最期のところで強いという印象があります。
またぼくが足を踏み入れた唯一のブラック・アフリカ、ケニアでの記憶でも、
女性が数人並んで歌を歌いながら陽気にたらいで洗濯している風景が強く刻まれています。

旦那と結婚してドラッグを覚えてから転落していったとのことですが、
彼女の活躍した80年代後半から90年代前半の音楽シーンの影響もあったのかもしれません。
最後のヒットであり代表作でもあるI Will Always Love Youは1992年のリリース。
ロック・ポップス界ではこの頃からヒップホップなどが台頭し、
正統的な楽曲が売れなくなっていきます。

時代の波に飲まれてしまったのかなあ。
それもアフリカ人女性すら巻き込む強大なうねりに。

2012年2月23日 (木)

蓄膿症

このところずっと鼻炎が続いていて、子どもの頃、蓄膿症だったことを思い出しました。Image1

いわゆる慢性的な鼻づまりで、正確には副鼻腔炎というそうです。
小学生のときによくかかり、耳鼻科へ通っていました。
結構治療に来ている子どもは多く、ネブライザーと呼ばれる機器を使っていました。
写真のようなもので蒸気を鼻の中に注入するのですが、あまり効果は感じませんでした。

その後、成人するといつの間にか治ってしまいました。
同様に子どもの頃にかかっていて自然治癒したものに、
フケ症、白癬(いんきん、水虫)、ぎっくり腰などがあります。
全般に不潔なイメージがありますが、環境に思い当たることはなく
体質だったのでしょうか。
特にフケ症はどうにもならず、自分から他人を避けているようなところもありました。

あれは辛かったな。

2012年2月22日 (水)

銃、クスリ、売春

この3つは暴力団等の非合法組織の資金源になっています。

日本国内では非合法とされ、厳しく取り締まられていることもあり、
この国の治安は世界でも屈指の高さを誇っています。

しかし海外へ出て行くと規制が緩かったり場所によっては合法だったりして、
誘惑の手が伸びてくことがしばしあります。
特に男子はなぜかこうした誘惑に弱い。

しかしぼくは海外においてもこうしたものには一切触れないことを勧めます。
興味があるような素振りを見せるとつけ込まれてしまいますし、
ぼくは個々人の理性が日本社会を安全に統治していると思いたい。

2012年2月21日 (火)

立地

建築家にはどうにもできないのが立地です。R0010719
どんなにいいものをつくっても、場所が悪ければ生きてきません。

例えば千葉市美術館は市街地からも遠く、最悪なロケーションです。
東京都現代美術館も都心からの距離は短いものの、
最寄りの鉄道駅3カ所からのどこからも遠いという有様です。
せんだいメディアテークも微妙に市街地から離れていて、
あれだけのエポックメーキングな作品が残念なことになっています。

住居系で好ましくない立地となると、幹線道路、鉄道沿い、そして低地といったあたりでしょうか。
前者は防音ガラスに全館空調とすれば住めないことはないかもしれませんが、
エリアの雰囲気自体が廃れてしまっていることが多いです。
後者は水害が心配で、まだ川に直接面していれば日常で環境の恩恵を得られますが、
そうでなければ地盤も悪く、いいことはありません。
やはり前者と同じく、廃れた雰囲気が漂うのも特徴です。

場所でいえば前にHOME'Sによる関東エリアの人気の街(駅)ランキング
なるものがあって、1位-池袋、2位-川崎となっていたのも違和感あり。
東京に住んでいる人間からすると、ともに治安が不安な街です。
交通の利便性から選ばれたようですが、東京の土地に疎い人は
こんなランキングに流されてしまいそうで怖いです。

2012年2月20日 (月)

悪口、陰口

ぼくは男として、人間としてどうありたいか、あるべきかはWestendgirl_4
幾つかの小説から影響を受けています。

そのひとつが沢木耕太郎による壇で、
作家、檀一雄の妻、ヨソ子夫人から見た夫、夫婦関係が語られています。

小説、火宅の人で知られるように、一雄は家族を捨て、他の女性のもとに走ります。
しかしそれでも夫人は一雄を憎むことなく、その最期を看取ります。

壇という本では夫人が一雄を嫌いにならなかった理由が幾つか語られています。
ひとつは見合いのときに感じた壇のさっそうとした印象が生涯変わらなかったこと、
そして猥談や他人の悪口、陰口、非難めいたことをめったに口にしなかった、
それを、汚くなかったと表現しています。

悪口や批判をまったく口にしないのは難しいです。
でもそれは本人に直接ぶつければよいわけで、陰口となるとぼくも抵抗があり、
そうした話題で場が包まれると、なんとも居心地の悪い思いをします。

2012年2月19日 (日)

明治神宮外苑大学クリテリウム

建築家つながりのcさんがなるしまチームの参戦するマスターズを観戦するというので、R0010741
kさん、yさん夫妻とともに見に行ってきました。
いわゆるレースというものを生で見るのは初めてです。

11時前くらいに家を出ましたが、今日は風が冷たい。
凍えるように青山通りからアプローチすると交通規制はしているものの観客はまばら。
まだ走っていないのかなと思ったらざーっと集団が通り過ぎていきました。

状況がよくわからず、コース沿いを歩いていくと直線に入ってゴールゲートが見えました。
観客は増えてきましたが、コース脇に2重3重に並ぶような感じではない。

と、sさんと遭遇。随分と久しぶりだけど偶然にはよく会う感じ。
その後、nuさんとも遭って同じグループだと判明。
うーん、二人ともレースってイメージからは遠いですが。
それより連絡先聞くの忘れた。まあまた会う機会はあるかな。

ゴールゲートを過ぎたところになるしまのテント発見。
cさんがいらっしゃって、レースの概略を伺いました。
マスターズは20分後くらいにスタートらしい。8周。

で、またコース際をふらふらと散策。早大と東大の応援部とチアがいました。
レースは思ったほどの迫力はない。起伏もなく短距離なのであまりかけひきもなさそう。
単独で飛び出したりちぎれたりすることなくゴールスプリントへ。
そのスプリントもツール・ド・フランスの映像に見られるようなインパクトはありませんでした。

マスターズの出走近くなってkさん夫妻合流。
そのレースの結果はオバタさん優勝、ヤマケンさん3位となるしまの圧勝。
新婚のオバタさんは夫婦仲良く写真に納まっていました。

と、ここでnaさんと遭遇。その後、bさんとも遭いました。
こちらは忘れずに名刺交換。この日は観客が少ない割にはいろんな人と会えました。

スポンサーの日直のブースには電動カンパのデ・ローザあり。
一方、なるしまのブースには電動アルテの試乗車があり、いじってみましたが
どうも変速のタイミングがワンテンポ遅い感じ。
でもオバタさんも電動デュラつけていたから、実用性はあるのだろうな。

マスターズの表彰が終わって一息ついてから皆でなるしま本店へ。
ぼくは足を踏み入れるのは何年ぶりかという感じ。
リュックのvelocityが置いてありました。pandaniの輪行バッグも発見。
まあたまには覗いてみるものだ。

ここで解散してぼくは2時頃帰宅しました。

2012年2月18日 (土)

群れ

私みたいなヤツを会員にするようなクラブには、絶対に入りたいとは思わないAnniehall
--ウッディ・アレン

ひねくれてますね。(笑)映画、アニー・ホールでのセリフです。
でもこのジョークは聞いた時からずっと心にひっかかっています。
これはぼくそのものを表しているのではあるまいか。

女性関係は別として、群れっていうのがよくわからない。
群れ方も知らない。
子どもの頃からぽつんと取り残されるか、
群れの最後尾についてまわるかのようなタイプでした。

だから群れを引っ張るなんてとんでもない。
ぼくごときが群れに貢献できるようなことなどありはしない。
なんか勘違いしてか近寄ってくる人もいますが、それは幻想です。
ぼくはあなたになにもしてやれない。責任も取れない。
それはすぐにわかるでしょう。

2012年2月17日 (金)

HPいじり

このところ、HPを少しいじっています。Photo11514

加入している住宅プロデュース会社からPDFファイルによる作品集を求められ、
それがようやく完成したので、事例ごとに分け、抜粋したものをトップページに置いています。

t邸カタログPDFファイル (21.7MB)
s邸カタログPDFファイル (36.1MB)
s2邸カタログPDFファイル(11.1MB)

プレビューと比べるとAcrobatReaderは再現率が劣りますね。

また、この間ブログで随時発表していたGRD3による写真を、
モノクロのものに絞って、まとめて掲載しています。

モノクロームの森

よろしければご覧になってみてください。

2012年2月16日 (木)

イル・テアトロ・ダ・サローネ

南青山の新鋭イタリアンに行ってきました。R0010721
基本的にカウンターがメインの小さな店舗ですが個室に通されました。
一皿あたりの量が少ないものの、結構な量が供されます。
料理が出てくるのに時間はかかるので、時間があるときにゆっくり楽しみたい。

味はシチリア風でかなり凝っていますが、どこかで食べたような感は否めません。
8500円のコース一品で、安いかなと思ったらサービス料やなにやらで結構な出費になりました。
最後にシェフの挨拶があり。あまりに若くてびっくり。30代前半くらいではなかろうか。

で、今回は数ある記念日のうち、おつきあい記念日で正確には2月10日。
連れ合いとの付き合いも8年になりました。
8年前に返事をもらった瞬間の喜びはいまだ越えられていません。

もともと社会での成功などより、好きな女性に惚れられることの方が
より多くの満足感を得ると考えてきました。特に30代以降。
なのでぼくは集団に対してはまず女性の信頼を獲得することに力を注ぎます。
男性対男性の争いは無意味です。むしろいかに抜け駆けして、
女性と付き合うかの方がよっぽど重要だと考えます。

2012年2月15日 (水)

今年のチョコレート

バレンタインのチョコは少年時代のあこがれだったので、R0010712
それを取り返すべく、毎年、連れ合いにリクエストしています。

で、今年頂いたのがこのふたつ。
パフェのような形をしているのがグラマシーニューヨークのジェリーチェリー。
食べるのがもったいないきれいなデコレーションです。

下の円弧状の箱がGIOTTOのシャンパーニュ。
お酒が入ったチョコが6個入っています。なかなかおいしかった。

今年もお洒落なのをもらったのでホワイトデーのお返しはまた開拓しないとな。

2012年2月14日 (火)

建築と写真

いまや建築を語る上で写真はなくてはならない存在となっています。R0010674
ぼくが知っている建築のうち、実際に見たものは全体の1%にも満たないでしょう。

写真は正直なようでいて、時に嘘つきだったりします。
写ると都合の悪いものを排除する場合もありますし、
やたら写真うつりだけいい建築というのもあります。
まあ後者は年月が経つにつれ、淘汰されていく傾向はあるようですが。

さて、竣工写真の撮影の立ち会いなんかをしていると、
写真家には大変な集中力と体力、そして繊細さが必要なことがわかります。
それはまさに一発、一瞬の勝負の世界。

ただ、現像段階であれこれいじる写真もあるようですが、
基本的には修正はきかないので、あとはいいものをセレクトしていくだけ。
なので作品の手離れはいい方だと思います。

建築の場合は長い期間をかけて、場合によっては現場に入ってからも
細かな部分をぎりぎりまで検討、決断していくので
作品を客観視できるまでに時間がかかります。
建築家の自邸などは最悪で、客観視できないまま常に目の前にさらされるので
住んでいてノイローゼのようになってしまうこともあります。
ぼくは自宅を客観視して楽しめるようになるまで10年かかりました。

美術も似たようなところがあります。
自分の家に自分の描いた絵を飾る人はナルシストでしょう。
いま美術家に求められているのは批判的精神だと思うので、
こうしたひとはおそらく大成しない。

しかし写真には選択するというプロセスがあるので客観視はしやすい。
写真なら自分の家に自分の作品を飾っても違和感は少ない。
そういう意味では憧れるものつくりです。
今の若手建築家が学生にスタディモデルを山にようにつくらせているのも、
先日亡くなった菊竹請訓さんが図面の提出期限前日になって全面的な設計変更を指示したのも
選択するというプロセスを挿入しようとしたことゆえなのではなかろうか。

2012年2月13日 (月)

西洋と日本

昔、中国に旅行に行ったとき、宿で何気なく映画を見ていたのですが、何か違和感を覚えました。10006939309
それからその映画が日本映画の吹き替え版だとわかるまでさほど時間はかかりませんでした。
知っている役者はいませんでしたが、たぶん八つ墓村シリーズです。
時代設定が戦時中なので、セットや衣装などは中国のものとさほど違いはありません。

なぜ気づいたかと言うと、映像自体が静かで間を大切にしているところ。
中国と日本でさえ明確な文化の違いを感じるのだから、西洋と日本となるとその差は大きい。

よく言われるのは、西洋-日本の対比として、立体的-平面的、豪華絢爛-侘び寂び、肉食系-草食系。
自転車であればカンパニョロ-サンツアー、建築で言えばコルビュジェ-丹下健三、ミース-妹島和世。

さて、フェギュアスケートは西洋発祥のスポーツです。
日本勢は身体の軽さを武器にかなり強くなりましたが、昨日は欧米選手に完敗しました。
これは西洋的基準で採点がなされているためだと言えるかもしれません。

戦略を立て、音楽や観客まで巻き込んで豪快に演技する肉食系西欧選手に対し、
日本選手はいかにもきゃしゃで不器用で繊細。
いつまでもトリプルアクセルにこだわる浅田選手などは、自分不器用ですからというセリフをはく高倉健のようです。
比べて、金メダルを取った荒川選手は体格に恵まれたことにより安定感がある演技ができて、
それが西欧の評価につながったのだと思います。彼女は日本人だけど肉食系。

なにも選手はみんな肉食系になれと言っているのではありません。
浅田選手が草食系でいくなら、まだまだ先はあると思います。
やるからにはとことん突き詰めてほしいです。
ただ、それはおそらくトリプルアクセルだけじゃあない。

2012年2月12日 (日)

2月の定例多摩川オフ

3月で終了するFCYCLEの定例オフ会に参加してきました。R0010704

ぼくの自転車への復帰は2006年5月のこの会から始まり、
FCYCLEは今もぼくの自転車でのアイデンディティの大きな部分を支えています。
その屋台骨がいきなりなくなるというのだからびっくり。
とっさに出た行動が名簿づくりでした。

6年近くも付き合っていながら、連絡先はおろか本名すら知らないメンバーがたくさんいます。
根本的に自分から友人を作っていかないたちの自分にも、
行動せざるを得ないだけの衝撃がそこにはありました。

連絡先を交換したからといって、それで関係が継続する保証はありません。
ハンドルネーム一個だけでふわふわつながっていける人もいるでしょう。
でもぼくはネット上でも実名をオープンにしていて、それしかやり方がわからない。

なんか署名運動をしていた学生時代以来かな、なんて思いながら個人情報を聞いてまわりました。
やっぱり自分にはちょっとしんどい。
でも感じたものもありました。
書いてもらえるのは少しは仲間と認めてもらっているのかなと。

ネットの時代になってフォローもリリースも簡単にできるようになりました。
心理的負担は少なくなり、ちょっとした感情の行き違いで関係が切れたりします。

それってどうなんだろう。
しんどいけどやっぱりある程度のハードルを越えないと、
しなやかなつながりを保つことはできないのではなかろうか。

2012年2月11日 (土)

昨日は9年ぶり

めずらしく旧知の人と会う機会が続きました。

昨日会ったのはwくん。
2003年に一時期、マンションパンフレットを作製する会社に通っていた時の同僚です。
今は三軒茶屋の方に勤めているというので、自転車でひとっ走り。

相変わらず元気そうでした。
勤務先を転々としながらも、今もグラフィックデザイン系の仕事をしている様子。
当時のメンバーの近況を聞いてみるも、他業種に転職したり、音信不通だったり様々。
カナダやオーストラリアに行ったとかいうアクティブな話を聞く一方で、
みんないまだに独身だそうな。

若い若いと思っていた彼らも今やもう30代半ばから後半。
そろそろ腰を落ち着ける時期が近づいているかもしれません。

2012年2月10日 (金)

ネットコミュニケーション

FCYCLE関東の定例の交流の場である多摩川オフが3月をもって終了します。R0010456

昨年は二子玉出発時に幹事さんと2人だけという事態を2回経験し、
木曽オフのときにその状況を幹事さんに嘆いた人間からすると、
いつかはくると思っていましたが、意外に早く唐突な印象がありました。

ぼくが参加しはじめてからは、運営がニフティからフォロミーに移ったとき、
東日本大震災が起きたとき、それともしかしたら幹事さんらが特定の雑誌に
注力するようになってから、それぞれがたんと参加人数が減ったように思います。
おそらくこの状況はどのようにしても改善されることはない。

コミュニティの場自体がなくなるわけではないので悲観することはない、
と考えることはできますが、実際は他のオフでも参加者は減っています。

ぼくはネットコミュニティの消滅を一度経験したことがあります。
水戸芸術館の現代美術ファンクラブで、ICCに所属していた頃から数えると
かなり長い歴史を誇るメーリングリストでした。
結局は細かなトラブルがあったりして常連さんが徐々に離れていって、
最後はその情熱にてMLを引っ張っていた管理人さんが家庭の事情、
結婚することで辞任して実質的な活動は終了しました。

幾人かの仲のいい人たちはその後もオフラインで会ったりしているようでしたが、
基本的にはばらばらになってしまいました。
これがネットコミュニケーションの特徴かと思います。
学校やサークル、職場でのリアルな交流であれば、実名、住所、連絡先を共有し合い、
ばらけたあとも年賀状などでつながりを保てる場合が多いですが、
ネット上ではハンドルネームが使われていて匿名性が高い。
せいぜいが携帯番号くらいで、本名や住所、勤務先などは共有されないことが多い。

ぼくはFCYCLEのメンバーで住所まで把握しているのはたったの3名です。
いつ無縁になってもおかしくない状態です。
しかし6年近くも付き合ってきてそれは寂しい。
有志で個人情報を交換する場が持てると嬉しいのですが。

2012年2月 9日 (木)

ynucc新年会

昨年末の忘年会に続き、第2弾。R0010695
前回は同期だけでしたが、今回はかなり幅広く動員をかけて、
4世代上から2世代下まで7世代に渡り、10名が参加しました。

ぼくは現役当時、平時はほとんど部室に寄り付かなかったので、
知らないメンバーばかりだったらどうしようという不安がありましたが
コアなメンバー、それも合宿でご一緒した人がほとんどで危惧に終わりました。

で、昔の話や他のメンバーの噂など話題は次々と展開し、
つられてアルコールをがばがば飲んだら呑みすぎました。
いやほんとに20数年前に戻ったかのような感覚になりました。

自転車を現役で乗っているひとはやはり少数派。
彼らみたいなOBが自転車に戻ってきたら、ブームはまだ続くのではないかしら。

2012年2月 8日 (水)

若さの特権

若さの特権って今の時代、見当たりませんね。
特に恋愛、男子において。

今は歳をとってもかっこいい大人というのがたくさんいます。
マイク眞木、岩城 滉一、佐藤 浩市。
で、大人には職があります。財産もある。精神的余裕もある。
今、若者が恋愛市場で勝てる場面というのはあるのでしょうか。

離婚が一般的になり、今まで愛人の立場に甘んじていた女性が
妻の座を狙えるようにもなりました。

これからますます歳の差婚というのが増えていくのではなかろうか。

2012年2月 7日 (火)

東急プラザ表参道原宿

まあ、まず写真をご覧になってください。R0010692
この建物は表参道と明治通りの交差点に建っています。まだ工事中。

うげっと思いませんでした?ぼくは思いました。
でも建築は写真では判断できないので、昨日実物を見てきたところ
思ったほどは悪くはない。
双方の道路に幅があるため、交差点に大きな空間があって圧迫感をやわらげています。
また、この周辺は意外と雑多なスケールの建物が混在しているので、
少々変なものが入ってきても違和感は少ない。

城のような暗色の構造物とグリーンが浮いているさまは、明らかにラピュタに着想を得ている。
そのユーモアがこの建物を救っているところもあると思います。
ただ間違ってもいい建物とは言いがたい。

一方、ネーミングはやっぱりよくない。HANDSや109を生み出した東急がなぜ。
ぼくは東急線沿線で育ったので東急プラザが価値あるネーミングだとはどうしても思えません。
代官山の蔦屋の真似をしたんではないかと勘ぐってしまいます。

それに表参道原宿ってなに。場所的には表参道だけで十分でしょう。
徒歩10分もかからない原宿の客をターゲットにするためわざわざつけたのか。
しかしつけるとしても原宿表参道という順の方が一般的ではないのか。

まあ、ネーミングは慣れてしまうものなので、あまりかりかりする必要はないのかもしれませんが。

2012年2月 6日 (月)

社会と文化

久々にこのふたつについて考えています。R0010681_1_1

きっかけはFacebook。登録はしていますがほとんど書き込んでいません。
ほぼ毎日、2、3回はつぶやいているtwitterとの違いは何だろう。

Facebookは基本的にポジティブな発言や行動記録、twitterはぼやきや思いつき。
前者は社会的、後者は個人的と表現することもできるでしょう。

設計事務所のブログはFacebookに近いテイストのものが多いです。
所員やお施主さん、工事関係者なども出てきて、みんなで家を作る過程を
感謝の言葉などを交えながらレポートしたりしています。

その内容は否定しません。それが社会から求められる設計士の職能でありますし、
そういう内容を書いた方が営業的には有利でしょう。

しかしぼくには書けない。それはその仕事をしながら違うものも見ていて、
どちらかというとその方にアイデンティティの重きを置いているからです。

その違うものというのが建築の文化的側面です。美術的と言ってもいいかもしれない。
つまりぼくらは建築を一般社会と違う目で見ている。
論理的には説明しづらい豊かさや新しさを建築でつくろうとしているのです。
それはとてもパーソナルな種類のもので、時に直感的であったりします。

ぼくも連れ合いと住むようになって、外食や旅行など社会的消費活動をする時間が増えてきました。
でも人間の根本というのは案外変わらないものです。
ぼくは今でも自分の精神は社会と切り離してフリーな状態にしておきたい。
そしてそれは結果的に非生産的な場合もあるかもしれませんが、直感を信じたいです。

2012年2月 5日 (日)

掘りごたつ

実家には掘りごたつがありました。Kotatu3
今の若い人は見たことがないかもしれませんね。
8畳間の真ん中の1畳が外れるようになっていて、そこが50cmほど掘り込まれています。
熱源は電気。こたつ布団を被せてローテーブルを備えるのは普通のこたつと一緒です。
母方の祖父母の家にはあったので、九州の方で一般的だったのかもしれません。
子どもの体格したらちょっとした空間なので、冬場はよく潜り込んだりして遊びました。

その後、一人暮らしを始めてから置こたつを買いました。
断熱材が入っていない古い日本家屋でもすぐにぬくぬくになれるので重宝しました。
しかしその後、インテリアを考えるようになると、どうにもそぐわず
最初の引越しのときにこたつ布団は捨ててしまいました。
ローテーブルはしばらく持っていましたが、今の自宅に越すときに処分しました。

空間が広いと気にならないのかもしれませんが、6畳間では生活感出まくりですね。

2012年2月 4日 (土)

なぜ登る

B.Cオリジナルに連載されている岳 みんなの山でエベレスト遭難シーンが描かれています。R0010505
悪天候のなか撤退しようとするも客の壮年夫婦が、こんなところで引き返すために
大金を払ったんじゃない、と反対します。
結局強行した結果衰弱してしまうのですが、そんなにまでして登りたい欲求というのは何か。

悪天候で撤退するのだから、山頂からの眺めなど望めるはずもない。
ただそこに立ったという記憶が残るだけです。
ぼくは高所恐怖症というのもあってか、山登りというのはいまひとつ魅力を感じません。
まだエアーズロックやワイナピチュ登山にこだわった連れ合いの方が向いているのかも。

ただ視覚的ものづくりをしている人間からすると、見たことのないもの
行ったことがないところに引かれるのは事実です。
その欲求と命の安全との天秤で後者が重くなってきているのかもしれません。

行ってみたいところの頂点は宇宙でしょう。
今やお金やコネ次第では民間人も宇宙に行ける時代になりつつあります。
しかしその場所的特殊性から命を落とす確率はかなり高くなるはずです。
あれだけスペースシャトルを飛ばしながら、帰還時の事故は1回というのは少ない。
ソユーズやアポロのカプセルなんかに比べると船体表面積は格段に大きく、
それだけ危険度は高かったはずです。

それに比べたら飛行機は安全な乗り物と言えるのかもしれませんが、
ぼくは今でも機体が離陸した瞬間には安堵感を覚えます。
昔、マドリッドからニューヨークまで飛んだとき、機体が無事着陸したときに
機内で拍手が沸いたのを覚えています。
いかにもラテンのノリだなあと思いましたが、スペイン人はそこでひとつ命が救われたこと、
つまり飛行の危険性を自覚していたのかもしれません。

まあただの習慣かとは思いますが。

2012年2月 3日 (金)

地方出身者

ぼくの実家は横浜市にありますが、先祖を辿ると佐賀、香川、北海道と地方に分かれます。R0010370

しかし祖父母の代でそれぞれ東京に移住していて、ぼくが物心ついたときには
帰省するいわゆる田舎というものは存在せず、地方とは無縁でした。

20代後半まで実家で暮らし、一時まったく無縁の中野で一人暮らしをしましたが
結局母方の祖父母の家があった土地の一部、母親所有の土地に家を建てて住んでいます。

そんな自分からすると、地方から出てきて無縁の都心で一から家庭を築くというのは
すごいことだと感嘆します。まあ連れ合いからしたらそうなのですが。

年末に山形に行ったときに普通列車のなかで思いました。
このなかにはいつかは絶対ここを出て行ってやると思っている若者がいる。

ぼくにはほんの一瞬にしかありませんでしたが、そういうエネルギーって大事だと思います。

2012年2月 2日 (木)

1998年のオホーツク

この年、1月24日から30日まで旅をしていました。Hokkai
北海道は大学2年の夏以来2度目。ひとり旅はこれが最後になりました。

主な目的は冬のオホーツクを見に行くこと。
交通手段は主に路線バスで、時たま列車が入りました。
記録がないのでルートは定かではありませんが、女満別に入って網走、
そこからオホーツク沿岸を北上して紋別、稚内、宗谷岬。
今度は日本海沿いを南下して札幌まで。千歳空港から帰ってきました。

流氷はまだ接岸していませんでしたが、紋別からの観光船で見ることができました。
しかしむしろ静かで水平線だけで構成されているような凍っていないオホーツクの方が魅力的でした。
対照的に日本海はなんとも荒々しい。

動物園のトド、野生のアザラシ、コハクチョウなどと遭遇できたのもよかった。
北の人は暖かかったし、紋別で聞いた霧笛はなんとも印象的でした。

一方で雪の国での冬の生活の大変さも窺い知ることができました。
冬の間、何ヶ月もストップするようではそりゃ産業も育たないわ。

2012年2月 1日 (水)

同業者との結婚

建築家では夫婦でユニットを組むことがまま見られますが、R0010503
ぼくはこれはダメでした。というか試す前からダメだと思っていて、
実際連れ合いは建築と無関係の仕事に就いていて、ぼくの仕事の話はしません。

なぜならぼくは才能に嫉妬してしまう癖があるから。それに加え、自己評価も低い。
なのでむしろ孤立してしまった方が楽だというか。

以下は知人の例。建築関係ではないですが建築家になぞらえて記述します。

その知人女性は国内トップの大学を卒業し、著名アトリエに就職したエリートです。
さぞや忙しいんだろうなと思っていましたが、卒業後3、4年して結婚したとの報が。
お相手は学科の先輩でした。結婚後、2人の子どもに恵まれています。
旦那さんはフリーで学校で講師をして稼いでいるようです。
なのでおそらく時間の自由の利く旦那さんの方が主体になって子育てしたのかと。
いいひとと結婚したなと思っていました。仕事も家庭も充実している。

ただ彼女は学生時代の集まりにほとんど顔を出さなくなりました。
多忙なのだろうと思っていましたが、誘ってもどこか距離を置く感じがある。
で、ふと思いました。もしかして旦那さんに遠慮しているのだろうか。

旦那さんにしてみれば自らのキャリアを投げ打って彼女をフォローしようと思ったのでしょう。
彼女のために家事、育児をし毎日帰りを待っている。
一方彼女のまわりにはそれこそ嫉妬しそうな才能ある人物がずらりと並んでいるとなれば不安にもなるでしょう。
そんな状況では彼女はフリーの時間なんてとれるはずもない。

以上、まあほとんど憶測ですが、やはり同業者との結婚はお勧めできません。

« 2012年1月 | トップページ | 2012年3月 »