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2012年3月

2012年3月31日 (土)

1984年の北海道

大学のサイクリング部の合宿でキャンプしてまわった記録が手元の文集にありました。Gasshuku

釧路-根室-中標津-羅臼-ウトロ-網走-美幌峠-屈斜路湖-摩周湖-阿寒湖-オンネトー
-足寄-上士幌-然別湖-糠平湖-三国峠-層雲峡-旭川-滝川-札幌
これにソロオプションとして積丹半島-登別温泉-室蘭を加えました。

行きは東京から船で2泊3日。船酔いして辛かったのは今でもトラウマになってます。
霧多布では寿司食べ放題で、それでも足りない人には魚の切り身が乗った
どでかい寿司が登場する宿に泊まりました。
キャンプ場所は公園がメイン。摩周湖ではアブにたかられて大変でした。

北海道の道は勾配が緩く、上っているのか下っているのかわからないのが辛かった。
阿寒湖ではぼくがアイヌの人と間違われたらしい。まあヒゲぼうぼうだったし。
途中、剛脚な先輩の自転車のリアディレイラーのテンションスプリングが折れ、
荷造り用ゴムひもで代用する。よくみると先輩の自転車のスプロケットの歯がばきばきに折れていた。

札幌では北大の寮に泊まったと記録にありますがそんなシステムがあったのですね。
打ち上げのサッポロビール園ではぼくは食べ放題飲み放題に興奮して
鼻血を出したらしい。これも記憶にありません。

そのあとソロで行ったのぼりべつクマ牧場の面白さが強く印象に残っていて、
今回の再訪につながった次第。

2012年3月30日 (金)

食べ物と観光

札幌と言えばラーメン、ジンギスカン、海鮮丼。R0010935

・登別温泉 温泉市場
海産物を販売しているそばで飲食もできるようになっています。
ウニイクラ丼を頼みました。内装はしょぼいですがネタは新鮮。
小ぶりのどんぶりにみそ汁、小鉢2つで2700円くらいだったか。
美味しかったですが明らかにカロリーが高く、初日でイクラはもう十分になりました。

・すみれ札幌すすきの店
ご当地のベビースターラーメンでも商品化された味噌ラーメンの名店。
の、はずでしたが出てきたものはなんというか見た目に華がない。
仕方なくチャーシューを追加するもあまり印象は改善しない。
味は悪くなく文句をつけるところはありませんが、最近では東京でも
グレードの高いラーメンチェーン店ができているので、あまりありがたみは感じない。
まあたかだか900円のものに期待しすぎたのかもしれません。

・アイスクリームBar HOKKAIDOミルク村
ラーメンに納得がいかなかったので近くの店で口直し。
自家製のアイスクリームの上に130種類のリキュールから選んだ酒をかけて食べる
という面白いメニューを持つお店。アイスクリームは1回おかわりできます。
大人のデザートといった感じでしょうか。混む時は行列ができるらしい。
美味しかったので東京にも再進出してほしい。Aセット1390円、コーヒー付き。

・大雪地ビール館
旭川の地ビール店でジンギスカンも食べられます。
ビールはケラ・ピルカなるものを頼みましたが味の違いはよくわからない。
どういう仕組みなのかわかりませんでしたが、このビール1杯15円でした。
ジンギスカンの肉はなかなか厚みがありタレと塩で食しました。

その他、観光したのは以下のようなところ。

・登別温泉 地獄谷
温泉によくあるやつ。箱根や草津に比べると小規模な感じでした。

・モエレ沼公園
イサム・ノグチの構想による大規模な公園。地球の彫刻。
札幌郊外の駅からバスで25分。この季節、まだ地表は雪で埋まっていました。
いちばん大きなモエレ山では子どもがそりをして遊んでいましたが、
あとはほとんどが鑑賞不可能な状態。
唯一の屋内空間であり建築設備であるガラスのピラミッドはどこまでノグチが関与したのか。
外観はピラミッドの傾斜やそれを崩した造形に納得いきませんでしたが、
内部空間は素晴らしかった。
特に内部のコアをくぐると上向けに末広がりになるピラミッドを反転したような
空間に出るあたりのシークエンスは秀逸。EV周りのディテールも良い。
ただ夏場はどうだろうか。冷房しても限度がある感じはしますが。

・旭川駅舎
知らなかったのですが、内藤廣さんの設計によるものだそう。
内藤さんは岩見沢駅舎コンペの審査委員長でした。
今回、出来上がった岩見沢駅もちらりと見ましたが、ぼくの案の方が映えたのにな。

で、内藤さんはそのとき帰還のメタファというフレーズで審査をされた。
しかし自ら手がけた旭川駅舎は意外なことに白いガラスキューブです。
1、2階内部はなるほど、木を使ったりベンチを設けたりして親しみをもたせていますが、
空間自体がスケールオーバー気味でがらんとしてしまっています。
3階のホームに至っては白いパイプを組んだ櫓のようなもので屋根を支えていますが、
これってせんだいメディアテークのイメージの流用ではないのか。
でもって1、2階との関連はないし、どうなんでしょ、これ。

宿と飛行機

登別温泉と札幌で対照的な宿に泊まりました。R0010887

・登別温泉郷 滝乃家/ 29,400円 × 2名、1泊2食付

前身は登別初の割烹料理店という旅館。
さすがに夕食も朝食も充実していて新鮮な食材がとても美味しかった。
火入れの具合もちょうど良く、調理方法も独特で品数も十分、デザートも秀逸。
東京の和食店でもここまでのものはなかなか出会えない。
食事どころは庭に面した個室です。

加えて最近、改築に近いリフォームをしたようでまだ畳が青くてぴかぴか。
内装は和紙照明、間接照明などを備えた和風モダンで高級感あり。
暖炉のある広いラウンジがあり、2カ所ある大浴場の片方は森に開けた展望風呂。
他に寝そべって浸かる浴槽や石を積んでつくられた露天風呂、サウナもあります。
温泉も白濁のものと透明なものの2種類あり。
それに加えて部屋にも檜の展望風呂があり、客室の大きさはなんと12.5畳。
これに床を掘り込んだダイニングスペースや広い化粧室までついています。

宿に着くと抹茶と羊羹でもてなされ、背丈にあった浴衣、丹前と寝間着まで用意され、
化粧室にはバスローブもあり。冷蔵庫のドリンクは飲み放題。
テーブルには茶菓子が用意され、ラウンジではコーヒーと飴が無料。部屋鍵2本。
朝には新聞が配達されバス停まで乗用車で送迎、とサービスも文句なし。

おそらくこのグレードで箱根だったら倍額以上にはなるでしょう。
今まで行った国内の旅館ではベストなものでした。

・KITA HOTEL/4,500円× 2名、1泊朝食付き

建築家、黒川雅之によるデザイナーズホテルのはしりのようなもの。
ロビーや地下レストランの吹き抜けが気持ちよく、照明計画も落ち着いたものです。
朝食はビュッフェですが料理のランクとしてはなかなか高い。

ただ客室はいわばかっこいいビジネスホテルです。
特に水回りが狭いのが厳しい。
所々にセンスの良さが見えはするのですが、いかんせん古い。

まあ宿泊料を考えればコスパはいいとは思います。

移動の往復は飛行機。行きはスカイマーク、帰りはエア・ドゥにしてみました。

スカイマークは座席はビニルレザー。モニター、イアフォンはなし。
CAの制服はカジュアルなもので、ドリンクサービスは少額ですが有料。

エア・ドゥの方は全日空との共同運行便だったせいか、通常見られる国内線の仕様で、
ドリンクサービスもありました。それでなんで安くなるのかは不思議です。

動物園情報

今回の旅行では、3日とも動物とのふれあいがありました。R0011041

・のぼりべつクマ牧場/2520円

登別温泉からロープウェイにて7分の人里離れた山頂にあります。
飼育されているクマはほとんどヒグマでオスとメスで分けられていて、その数100頭以上。
小熊は冬眠の季節のせいか見られませんでした。

200円?で売られている丸い餌を上から投げ与えることができます。
クマの方もそれに慣れていてさまざまな仕草でおねだりをするも、
カメラを向けるとそっぽを向いてしまうのはなんとも正直。

面白いのは人のオリで1枚のガラス越しに機械でえさをあげられるのですが、
すごい迫力の上、餌をねだってクマが機械をがんがんたたいたりします。
ちょっとした恐怖感がありました。

唯一見られるツキノワグマは体長が一回り小さく、立った姿はどこか人間っぽい。
このクマはブランコに乗ったり、器用にショーをこなします。
クマの展示室のある展望台からは海やカルデラ湖等の絶景が堪能できます。

登別温泉では地獄谷と並んで数少ない観光スポットで、
入場料は高いですが、見て損はないと思います。
観光客からの餌やりは動物の本能からすれば不健全なことなのかもしれませんが、
ただ寝そべったりうろついたりして餌やりの時間を待つばかりの動物園の動物より
よほどのびのびと生きている感じがしました。
餌やりを通してクマとのコミュニケーションがとれるのも嬉しい。

・さっぽろ円山動物園/600円

当初は予定に入っていませんでしたが、時間が余ったので行ってきました。
地下鉄駅からバスで8分。乗り継ぎ切符を買うと80円値引きされます。

北の動物園だけあって、ほとんどの動物が屋内展示で、
キリンやシマウマ、トラやライオンまで屋内にいるのはめずらしい。
ただ、肉食獣と草食獣を距離はあるものの、同部屋で飼育するのはどうしたものか。
動物の種類、展示スペースの大きさ等は東京のものとさほどかわりありませんでした。

エゾシカや一部のクマ、レッサーパンダなど一部の屋外展示を除いて
全般的に動物に元気がないのが気にかかりました。
せめて空を見せてやりたい。

・旭山動物園/800円

旭川駅からバスで40分。不便なところになりますが観光客でにぎわっていました。
この動物園は行動展示で有名で、他にはない動物の生き生きした姿を見られますが、
各種猿の屋外展示場は冬期はほとんど閉鎖されているのが残念でした。

逆に得をしたのは、ペンギンの散歩を見られたこと。
3月は中旬まで1日1回と聞いていたのでラッキーでした。
ぺんぎん館での屋外展示も冬期のみのようです。

あざらし館では有名なガラスチューブを上下するゴマフアザラシが見られます。
ただ、実際は人であふれている上、アザラシの泳ぎが速くカメラが追いつかないのが残念。

ほっきょくぐま館ではかなり間近に3頭のクマを見ることができ、
もぐもぐタイムと呼ばれる餌やりの時は1頭がプールに飛び込む様子も見られます。
他に獣舎の真ん中にクリアドームを設置して下からクマを覗き込むという
施設もありますが、クマが興味を示さないのでちょっと期待はずれ。
これはオオカミの森でも同様でした。

もぐもぐタイムはほっきょくぐま館、あざらし館、ぺんぎん館で行われます。
どれも早めに並んでおかないとまともに見られなくなってしまうのでご注意。

円山動物園では屋内展示だったキリンやトラ、ライオンなどはここでは屋外にいました。
せっかく屋外にいても太陽がさして暖かくなるとオオカミやレッサーパンダ等は
みんな昼寝してしまっていたのは残念だけど仕方ないか。

もうじゅう館では親子3頭の仲睦まじいヒグマが見られました。
ぺんぎん館では水中を飛ぶように泳ぐペンギンを見ることができます。

通して見て、やはり動物自身が生き生きとしていると見ていても楽しい。
そのためには餌やりの工夫や群れでの飼育、広い展示場などが必要でしょう。
旭山動物園のぺんぎん館はその理想にかなり近いものでした。

2012年3月29日 (木)

北海道より帰着

あっという間に帰ってきました。R0010962

初日:羽田-新千歳-登別温泉(クマ牧場)
2日め:登別温泉-札幌(モエレ沼公園、円山動物園)
3日め:札幌-旭川(旭山動物園)-羽田

28年前はともかく、14年前の記憶もあいまいでした。
28年前は大学の自転車の合宿で、カメラさえ持っていきませんでした。
記録にこだわる現代では考えられない旅スタイルでしたね。

2012年3月27日 (火)

北海道へ

連れ合いが休みが取れたので、短いながら北海道を旅行してきます。

登別、札幌、旭川とまわり、ハイライトは旭山動物園。

3回めの北海道、楽しみです。

2012年3月26日 (月)

人生とイメージ

毎日感じた些細なことをブログにせっせと書き綴っていると、
自分って中学生くらいからかわっていないなあと感じたりします。
どこがというと、自分は自分だという部分。

ネットで恋愛能力指数テストなるものを試した結果も
共感力に欠けるというものでした。
自覚はあります。

恋愛能力指数テスト

かわった点といえば昔はその性格が嫌いでしたが、今は肯定的に受け止めていること。
そうなれたきっかけは連れ合いを始めとする女性の影響が大きい。
感謝しています。

なんとなく自分が歳をとった時の肯定的イメージが持てたというのもあるでしょう。
具体的なモデルとしては天本英世さんとか山崎努さんとか。

ひとはおそらく自分とまったく違った人生をイメージするのは難しい。
で、イメージが湧かなければそのような道を進むことはない。

残念ながらぼくは設計事務所を繁盛させて大成功するイメージは持てませんでした。
たぶんぼくが目指せる最遠は篠原一男さんでしょう。
実際にお会いしたことはなかったので誤認はあるかもしれませんが、
ぼくがイメージできるほぼ唯一の建築家像です。

2012年3月25日 (日)

地縁

最近、高齢者や障害者の孤立死がよくメディアに取り上げられています。

舞台となるのは東京が多く、都会は田舎のしがらみを嫌って出てくる人も多いですから
そういう傾向はあるだろうなとは思います。

僕の住んでいる街でも、もともと住んでいた祖母の代ではつながりがあったのかもしれませんが、
代替わりが進むとそれも薄くなり、今は町内会はあるものの回覧板を回し、
持ち回りで町内会費、募金を集めにまわるくらいで、イベント参加者は少ないようです。
それこそ孤独死があっても不思議ではない感じ。

一方、東日本大震災を受けて、高台移転を検討する南三陸町や
原発事故で強制退避になった双葉郡浪江町がコミュニティの存続をかけて
必死で模索している様子がドキュメンタリー番組で放送されていました。
どちらも元住んでいた地域に戻るのは難しい状況で、代替地を捜しています。

そこで出てくる危機意識は町がバラバラになってしまわないかということ。
それは町民同士の心のつながりはもちろん、地域内で完結している産業にも大きな影響を与えるものです。

ただ東京にいる人間の冷めた目からすれば、ひとのつながりというものはいつか終わりがくるものです。
今まであったコミュニティも、縄文時代からの日本歴史に比べれば、
ごく近年から始まったものでしょう。
人間、生きていれば喪失体験からは逃れられません。
そしてそれを乗り越えていくのが日常であり、人生であったりします。

地域産業に関してはグローバル化の波が打ち寄せており、
震災がなくてもいずれは衰退する可能性が高いと思います。
東京では既に町のCDショップ、喫茶店、自転車店、家電店など小売店はなくなりつつあります。
まして浪江町では原発関連の需要がゼロになります。

震災で顕在化したこのふたつの事例は、全国で徐々に進んでいる過疎の問題を、
時間を圧縮して強調させたものなのかもしれません。
残すという意思は大事ですが、この世のあらゆるものはすべて移ろい行くものです。
それに逆らうことはできません。

そう書いている本人もネットコミュニティの消滅についてじたばたしましたが…。

2012年3月24日 (土)

黒猫夜 六本木店

六本木のディープな中華料理屋に行ってきました。R0010838

正統的な中華ではなく、カエルやドジョウ等珍味が多い。
味付けは全般的に香辛料が多く使われていて、独特ですがおいしい。
ぼくらは野菜盛り合わせ、鴨の舌、クレープ風餃子、黒酢酢豚、
ごま団子、黒ごまアイスを注文しました。

飲み物も紹興酒、白酒を中心に種類が豊富。
ぼくらは頼みませんでしたが、それぞれで3種の酒飲み比べというのもありました。

内装は意外とあっさりめでしたが、赤坂店はよりディープな雰囲気らしい。
値段もリーズナブルなので、お勧めのお店です。

2012年3月23日 (金)

石神井アパートメント

ここで建築家による集合住宅の場所がほぼ特定できるものがあったので見に行ってきました。R0010834

ちなみにこのページにあるTOKYO Apartmentは2010年4月10日と21日、
アパートメント1は2007年8月15日の日記に記事があります。
ここにはありませんが西沢氏による森山邸の記事も2007年2月27日に書いています。

さて、SANAA(妹島氏+西沢氏)による石神井アパートメントです。

ぱっと見、第一印象はかわいらしい。
幅3m程度、高さ2.5層分のFIX主体のガラスのキューブは小ぶりできれいだし、
緑ある路地が取り付いていてちっちゃな階段もあって迷路みたい。
が、読み込んでいくとやはり問題作だとわかるのは森山邸と同じ。

これが商業施設だったら大成功だと思います。
また、もし敷地が近隣を流れる川に面していれば距離感が保てて有りだったかもしれません。

しかし残念ながらこれは平凡な住宅地のなかの集合住宅であります。
全面ガラス張りの住居は住むのに覚悟が必要な上、近隣に対する配慮も欠けています。
パイプの手摺だけで仕切ったテラスでパーティーなんかを開いた日には
近隣住民からクレームがつくこと請け合いです。

とにかくパブリックとの距離感とコンテキストの読み方がおかしい。
道路から1mちょっと上がっただけの開放されたテラスはプライベート空間とはなりえず
おそらくほとんど使われることはないでしょう。

壁もなぜガラスにしたのか必然性が見えてきません。
森山邸や妹島氏による成城タウンハウスでは壁に穴をあけていたのに、
この敷地にそれを全面ガラスの変えるだけの条件があるとは思えません。

また、いくら壁を透明にしてもガラスキューブとテラスは別物にしか見えません。
ミースのファンズワース邸をイメージしていたとしたらうまくいっていない。

トータルで7、8戸はあると思いますが、入居が確認できたのは奥の方にある2戸のみでした。
周辺環境はかなり恵まれているのにこれでは明らかに失敗でしょう。

ついでに言えば、ガラスキューブの完成度に対してテラスの設計はとても残念。
なんで柱は面を取った角パイプなのでしょう。丸パイプやH鋼の方がよほどましです。
縦樋を付けているのは今や良心的と言えるかもしれませんが、これもうまく処理されていません。

2012年3月22日 (木)

夜更かし

基本、11時過ぎには寝て3時に起きるという生活を続けていますが、
昨晩は乗鞍のヒルクライムのエントリーで1時近くまで起きていざるを得ませんでした。

そんなんで十分に眠れるわけもなく、案の定寝坊。
その上、なんかふらふらして体調よくないです。
結果的に睡眠の長さは普段と変わらなかったのですが。

早起きはともかく、夜更かしはダメですね。この歳になると。
鼻炎もずっと続いていて、もう2ヶ月になろうとしています。

2012年3月21日 (水)

故郷

原発事故から1年。
放射線に対する報道が減るに連れて危機感が薄くなってきました。
福島から避難している人も同じような状況にあるのではと推測します。

放射線は目に見えないし臭いもないのでその毒性が意識しづらい。
で、なんとなく大丈夫のような気になってしまうのは
他人の死しか体験しない人間特有の楽観性によるものでしょう。

そんななか、故郷に戻りたいと思う人は増えているのではないか。
特に子どものいない人や子どもが成人したお年寄りに。
放射線を浴びたり汚染された食物をとったりしても即、癌になることはない。
リスクは確実に高まりますが、例えて言えば喫煙と同じようなものです。

日本人の死因のトップは癌です。
どんなに健康に気を遣っても癌にかかり、死んでしまう可能性は大きい。
ならば住み慣れた故郷で穏やかな老後を送ることを優先させたいという気持ちもわかります。

政府も東電も将来訴えないという条件で帰郷を許可してもいいのではないか。
できればインフラも復旧させて、コンビニなんかも再開させたいところですが、そこがネックかな。

2012年3月20日 (火)

牡蠣

幼少の頃の激しい食べ物の好き嫌いはほぼ克服したのですが、0712i0193
唯一、今食べても気持ちが悪くなるのが牡蠣です。
火を通したものでもダメなので、生牡蠣なんて考えられない。

wikiによると牡蠣は筋肉が退化しているそうで、
おそらく食べているのは臓物とそのなかにある牡蠣が食べた食物。
臓物って一般的な食材ではないですよね。
食べるのはたいがい筋肉か卵、あとはせいぜい肝臓と卵巣くらいで。
ぼくは牛のホルモンは食べられるのですが。

牡蠣は知らずに食べても嫌な記憶がよみがえってきます。
味わう前に拒否反応が出る感じでしょうか。

2012年3月19日 (月)

小アリの襲撃

自宅キッチンが久しぶりに小アリの襲撃を受けました。R0010817
先週土曜日と今日。土曜日に100匹くらい。今日はその半分ほど。

どうも暖かくなって観葉植物等の花の臭いがきつくなると発生する様子。
自宅は2000年12月竣工で、最初に襲われたのは2002年の7月。
それから10年近くはなかったのですが。

結局ガムテープに貼付けて駆除。
まあゴキブリやナメクジに比べれば嫌悪感が少ないのが救いです。

2012年3月18日 (日)

ハブセンター・ステアリング

オートバイではエルフ・プロジェクトで開発されたフロントスイングアーム。Chassis2
漫画、ふたり鷹で見たときには衝撃を受けました。
AKIRAの金田のバイクでも採用されていましたね。
ビモータがその後、Tesi1Dという名前で製品化しています。
エルフでは前後輪とも片持ち。

自転車では片持ちサスはキャノンデールが商品化していますが、
ハブステアはリカンベントの改造でちょっと見られる程度です。
これ使えば結構斬新なデザインができそうなものですが。

2012年3月17日 (土)

経堂の住宅

今、ギャラリー間で史上最年少で個展を開いているのが長谷川豪。R0010811
1977年生まれですから、ぼくよりひとまわりも若い。
氏の最新作で経堂の住宅というのがあるらしいので見に行ってきました。

と言っても経堂という名称以外に場所を示すデータはありません。
近くなので自転車で出かけましたが、初日は駅周辺をあてどもなく
さまよい、結局発見できませんでした。
リベンジした昨日は経堂という地名に絞ってしらみつぶしに走り回り
ようやく発見。これやるならGPSを持っていった方がいい。

第一印象で工事中?と思うくらい仕上げのボードが歪んでいました。
氏なりのディテールへのこだわりの結果なのでしょうが
残念ながらうまくいっていません。工事した大工さんは嫌がったのではないか。
2階の木製建具や2階スラブ断面の木を露出させているのも延焼面から見てどうか。

うまくいっているのは小振りなスケール感覚とプロポーション。
軒裏のフラットな金属面はきれいでした。
しかしおそらく2m弱しかない1階天井高はつらいかも。

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建物の構成は南の端竿敷地の竿部分と北側隣地の庭に、
それぞれ壁をセットバックさせ、バッファーゾーンを設けて開く
という模範解答。北側斜線をクリアした勾配屋根の軒の出も効果的です。
ただ1階部分に関してはあまりに無防備か。浸水の恐れも気になります。

デザインは書棚で薄い2階床スラブを支持し、
2階は壁と屋根のツーバイフォー的構成をそのまま見せています。
壁と屋根のピン接合を強調しているのが特徴ですが、
この建物の見所はそのミニマリズム的視点でしょうか。
そのためか屋根に縦樋はついていません。

2012年3月16日 (金)

タイムマシン

タイムマシンで行きたい時代、男の子は恐竜時代、女の子は江戸時代が多いらしい。991668
ぼくはというと、いつの間にかタイムマシンそのものに魅力を感じなくなっていました。

まず未来。未来が現在より輝かしいという時代は終わってしまいました。
東京だって将来的に自然災害、戦渦、飢餓などと無縁だとは断言できない。

そして過去。ガラス越しに見るならともかく実際に身を置くのは危険です。
衛生状態にせよ治安にせよ、不安がある。
覗くだけにしても、今やいろんな時代がCGで再現されていて、
恐竜も鳴き声や肌の色は想定ですが、大きさは化石から既に確定されています。

なによりぼくはこの時代のこの場所で懸命に生きてきたわけで、
いきなり他の時代に行ってゼロから始めるというのはこの歳ではしんどいです。

2012年3月15日 (木)

原宿、青山へ

一昨日ですが、原宿-神宮前-青山-代々木上原と固定車でポタってきました。R0010809

まずは原宿のF.I.G bike。
竹のフレームのザンバイクスを見に行きましたが見当たりませんでした。
売れちゃったのかな。zefalのクラシックなボトルケージがあったので購入。
1階のメンテナンスコーナーではモールトンのオーナーが車輪の振れについて
店員から説明を受けていましたが、理解できていない模様。
猫に小判というやつですか。

ワタリウム美術館のミュージアムショップをひやかしたあとpandaniへ。
移転後の初来店。コンパクトにきれいにまとまっていました。
アパレル類にはようやく価格タグがついていました。
amandaのバイクを3台じっくり見られたので満足。

外苑前のhhstyleに寄ってイームズのオーガニックチェアのオリジナルを見る。
パッドが少なめでシャープな印象でした。しかし10数万円では手が届かない。

青山のマクドナルドで夕食をとったあと、青山ブックセンターへ。
震災、東北関連の書籍が充実していました。

帰路の途中で仮囲いのとれた東急プラザ原宿表参道を見る。
低層部も左右非対称でいまいち。
中央の階段、エスカレーターも空中庭園まで伸びているのと思いきや
中途半端なところで途切れているし。

代々木上原ではキャンドル・ジュンのELDNACSという店に寄る。
暗渠沿いの小さな店。外装もクローズドで怪しげな雰囲気。
商品は大型のキャンドルを中心にアクセサリーや小物、衣類などが販売されていました。
店の規模の割には店員が2人もいて、儲かっているのだろうか。

写真は神宮前にある東孝光さんによる塔の家。
菊竹さんが亡くなって施主が生存する最も有名な建築家自邸になりました。
今はやはり建築家である娘さんがひとりで住まわれているようです。

1967年完成だから築45年。
今プランを見返すと、リビングの吹き抜けやパーキングにこだわらなければ、
もっと楽に計画できたように思いますが、譲れなかったのでしょうね。

2012年3月14日 (水)

今年のホワイトデー

新宿での買い物が行き尽くした感があったので、R0010808
今回は渋谷で贈り物を購入してみました。

・デカダンス・ドュ・ショコラ(渋谷マークシティ)
 チョコレートボックスの上にハート形の大きなチョコレート。
 ともになかにも別のチョコレートが仕込まれています。
・コンパーテス・ショコラティエ(西武渋谷店)
 ラブフルーツと呼ばれるもので、セミドライのフルーツにチョコレート
 をディップしたものです。
・アニバーサリー(西武渋谷店)
 デコマカロンと呼ばれるもので、クマの顔などが描かれたマカロン。

ついでにプレゼントも西武渋谷店のヴァンドーム青山で購入しました。
ネックレスでしたが予算の都合で安物になってしまいました。失礼。
カードは昨年、大震災に日に買ったものに残りがあったのでそれを活用。

ホワイトデー自体は11日に祝いました。
連れ合いが遅めのランチをとっていたので、地元のイタリアンで軽く食事。
例年に比べるとあっさりした感じでした。

2012年3月13日 (火)

中国嫁日記(二)

昨年の10月14日の日記にある書籍、漫画の第2巻。410faa300
ある程度はネット上で読んでいましたが、書き下ろしもあるというので
書店で読もうとするも、ビニルカバーがかけられてしまっていたので、
結局購入してしまいました。ちなみに第1巻は未購入。

基本は1巻の続編ですが、東日本大震災にあった時のエピソードが載っているのと、
作者が奥様にプロポーズする下りを描いた50Pのストーリー漫画が入っているのが特徴。
もう結婚して3年になるとのことで、前巻に見られたのろけ的描写は少なく
安心して読み進められました。

そこに描かれているのは人と人とのコミュニケーション。
40代の日本人男性と20代の中国人女性、それに今回は奥様のご両親も登場して、
日本人同士ならさほど感じないであろう気持ちの行き違いや理解できない思考、
そしてそれを乗り越える愛情や思いやり、プラス思考が書面全体に広がっています。

第1巻を読んでない方にもお勧めです。
だてにAmazonコミック部門で売り上げ1位の作品ではない。
奥様によるあとがきも素晴らしい。

2012年3月12日 (月)

新陳代謝

メタボリズムとは新陳代謝を続ける建築を提唱する運動です。R0010784
時代とともに用途の変化によって増築又は減築し、
老朽化した設備は交換するといった具合に。

しかしそのためにはその都度、建築家の立ち会いが必要になってきます。
が、実際は黒川さんにしても菊竹さんにしても、
自らのフルネームで事務所を起こし、カリスマ的経営をしたが故
所長の没後は事務所は事実上、設計活動が停止してしまっています。
新陳代謝する建築を提唱するなら、設計事務所も新陳代謝すべきではなかったのか。

日本の建築家が営む設計事務所はほとんどがカリスマタイプです。
一般的な会社のような新陳代謝を繰り返す事務所は組織型事務所と呼ばれ、
強烈な作風はないものの、大規模で技術の高さを売りにしています。
具体的には日建設計とか、日本設計とか。

カリスマ型から組織型に移行した事務所もなくはありません。
坂倉とか石本、松田平田などはそうでしょう。
視野を日本の企業にまで拡げると、松下、本田、ソニーなど成功例が多く見られます。
アップルはちょうどその転換期にあると言っていいでしょう。

組織は高齢者が若者に席を譲り、新陳代謝していかないと生き残れません。
FCYCLEの多摩川オフがなくなったのもこうした理由があるのかも。
1990年代のnifty時代のFCYCLEの過去ログを読むと、
ぼくの知らない名前ばかりがずらりと並んでいました。
おそらくある時期までは新陳代謝の機能が作動していたようですが、
いつの間にか多摩川オフは新参者が定着する雰囲気を失ってしまったようです。

2012年3月11日 (日)

3月の定例多摩川オフ+梅見

定例多摩川オフの最終回に参加してきました。R0010793

自転車は6年前の初参加の時と同じ、SILKです。
実に2年ぶりにまたがりましたが、意外と重さは感じませんでした。

往路でちょっとひやっとしたことが。
豪徳寺の商店街で対向車線の宅配便の車のドアが開いたなと思ったら、
配達員が左右確認もせずいきなり飛び出してきました。
さほど速度は出していなかったので衝突は逃れましたが、
ハンドルバーについているボトルケージをふんずとつかまれ、
ケージが変形してしまいました。あらら。
まあ安物だからいいのですが。

二子玉には10時頃、kさんと同着くらいでまだ誰もおらず。
最終的には結構な参加述べ人数になったと思いますが、
じわじわと増えていった感じ。昼食場所での合流も多かった。

今回も個人的に連絡先交換を行いました。
ご協力、ありがとうございました。
FCYCLEでアクティブな方とはだいたい会えてよかったです。

昼食場所では日がたまにしかささず、寒かった。
鼻の炎症がぶりかえさなければいいですが。

2時前に記念撮影をして解散。
これで2度と会わない人もいるのだろうけど、穏やかな最期でした。
その後、有志8名で郷土の森にある梅園へ、梅見のオプション。

200円の入場料を払って入るとなかは結構広々としていました。
園内の半分くらいが梅園なのですが、咲いている木は少ないものの
満開なものや既に散りはじめているものも見られました。

たい焼きを買ってひと休み。めずらしいよもぎ風味。
3時過ぎに園を出て皆と別れ、帰途につきました。
参加当初に使っていた東八道路と神田川CRを経由するルート。
この道ももう走ることはないかもしれません。

2012年3月10日 (土)

ショーン・レノン

ホンダ・フリードのCMで日本語を器用に話す外人さんが出ていて、Image00
あれ?この顔と声はと思って調べてみたらやっぱりジョン・レノンの息子、
ショーン・レノンでした。大きくなったなあ。

ジョンが亡くなったのが1980年の12月。当時、ぼくは高校1年生で、
ビートルズには疎かったですが、大きなニュースになったのは覚えています。
あれから31年、ショーンは36歳になりました。もうそんなになるか。

CMで見る限りでは穏やかな人格である印象があります。
あれだけ強烈な個性を持った両親の元で、しかも父親は若くして殺されるという
悲劇に遭いながら、よくぞまっすぐ育ってくれた。

ジョンの死は歴史のなかで繰り返される理不尽な死のひとつで、
ぼくが体験した初めてのものであり、その後、9・11や3・11に続いていきます。
ショーンはいわば悲劇よりの復活、希望のひとつの象徴で、
彼が背負っているものは意外と大きい。

2012年3月 9日 (金)

21st.century primitive hut

住宅プロデュース会社用に自作のPDFファイルカタログをつくった際に220pxessaipiece
キーワードとしてタイトルに用いた言葉。

primitive hutは原初的小屋と訳され、マルク・ロージェが1755年に出版した
建築試論という本のなかに描かれた挿絵を指します。
簡単に言えばその21世紀バージョンをつくりたいということです。

こだわっているのはprimitiveという部分で、それはひとつの美学観です。
ローテクと言ってもいいかもしれません。必要最低限というイメージ。

例えばジャンプ傘というのがありますね。あれは好きではない。
便利なんだろうけど所作が美しくありません。
建物でいえばドアクローザにあたるのでしょうか。
自宅にはつけていません。ドアはきちんと自分で閉めます。

ミニマリズムと近いようで違うところもあります。
わかりやすい例が照明で、ミニマリストは間接照明を選びますが、
ぼくはあるものは見せればいいと言う感覚。
隠すのではなく減らしていく方向性。

冷暖房や人工照明になるべく頼らず、太陽光や通風を重視するあたりはエコと通じますが、
東京23区内の立地でペアガラスはオーバースペックだと感じています。

テレビ付きドアホンやシャワー付きトイレなど一般化されつつある設備も
必要性を感じるまで付けません。食洗機もそうですね。
ま、求められれば付けますが。

2012年3月 8日 (木)

ひとやすみ

副鼻腔炎が結局再発し、昨日一昨日と寝込んでいました。

今朝起きたとき、ようやく症状が治まってきたと感じたので
久しぶりに外出、ホワイトデーの買い出しに行ってきました。
とりあえずそれで手一杯になってしまったので、今日のブログはお休みです。

2012年3月 7日 (水)

クルマ

若者の車離れの原因はトレンディードラマでデートに車が登場しないから、260px2ndcorolla
というなんとも痛い記事がtwitterでトレンドになっていましたが、
この記事の対する最も多い反応はクルマは維持費を含め高いからというものでした。

クルマの1台も持てないようじゃ、子どもを産んで育てるなんてできない。
厳しい不況の現状をあらためて認識した次第。

さて、ぼくの子どもの頃は高度成長期だったわけですが、
マイカーが徐々に浸透していった時代、
物心ついたときには既にクルマはあり、ビルトインのガレージまでありました。

休みの日はマイカーに乗って伊豆、箱根、熱海などに旅行に行きましたが、
移動時間中が退屈で、ぼくはどうにもクルマを好きになれず、
まだ着かないの?あとどれくらい?を連発していた記憶があります。
密室空間のクルマのなかで会話は決して弾まず、弟は車酔いをしていました。

で、親がずっと乗っていたのが黄土色のトヨタ・カローラ。
言わずと知れた大衆車のベストセラーモデルです。
ぼくはこれも気に入らなかった。迎合指向で個性がない。
4ドアセダンでしたが、2ドアハードトップの方が好みでしたし。

父親は内心ではクラウンに乗りたかったようでした。
だったらクラウン買ってしまえばよかったのに。維持費はかわらないのだし。
でももしかしたら会社の接待ゴルフ?でクルマに乗っていっていたから、
高級車だと生意気に映るかもしれないと危惧したのだろうか。

もしそうだとしたらサラリーマンも大変ね。

2012年3月 6日 (火)

運命の人

山崎豊子による小説で今期、テレビドラマ化されています。Image0

沖縄密約問題に絡んだ実在した西山事件が元にされていて、
毎日新聞記者が外務省の女性事務官から外交機密文書を入手し
その内容を当時の首相に問いただすことで、
それが国家公務員違反の疑いで罪に問われるというもの。

ドラマの方を飛ばし飛ばし見ているのですが、どうにも共感できない。
裁判では記者と事務官が不貞行為を働いており、
それが事実か、事実ならどちらが先導したかなどが焦点になるのですが、
どちらが誘ったにせよ、継続的に性交渉を持つことは民事上、離婚事由になります。
いくら正義をかざしたところで家族を裏切ったことは事実なので自業自得と言うか。

ただのエロオヤジじゃんというのが感想。

ところでこの記者の奥さんのいとこという設定で
売れっ子建築家、鯉沼玲という人物が出てくるのですが、モデルは存在するのか。
記者は1971年の段階で40歳+α。奥さんの年齢は書かれていませんが、
奥さんといとこは同い年。
当時の平均初婚年齢の男女差が3歳ほどなので37歳と設定すると1934年生まれ。

となると黒川紀章くらいしかいません。
でも彼は当時既婚だったはずですし、1970年代前半で世界で活躍した
日本人建築家はほぼ皆無で、黒川さんとて例外ではありませんでした。

この人物に関してはフィクションだととらえた方がよさそうです。

2012年3月 5日 (月)

プロジェクト・ジャパン

建築家のレム・コールハースとキュレーターのハンス=ウルリッヒ・オブリストによる31a90
日本のメタボリズム運動の記録です。

ざっと通して見ただけですが、昨年UIAに合わせた大規模なメタボリズム展を開催したばかりで、
内容がかぶっており、なんともタイミングが悪い感じです。
それにコールハースはメタボリズムとはまったく縁遠い作風ですし、
なぜ彼がこの本を出そうとしたのかがよくわかりません。

本書のなかでメタボリズム建築のその後をコールハースの娘のチャーリーが
撮影しているので、そのフォローという意味合いがあったのだろうか。
でもメタボリズム建築は実際は山梨文化会館などごく少数の例外を除いて、
増築=新陳代謝することがなかったのは日本にいる建築家には自明のことです。
海外向けならともかく、日本語版をつくった意味が分からない。
それよりS,M,L,XLやMutationsの和訳を出してほしい。

ちなみにちょっと内容に触れるなら、日本の建築家は書かれているほど
大衆に知られることはありませんでした。
KENZOといったら高田賢三で、決して丹下健三ではなかった。

さて、メタボリズムと言えばこのひと、菊竹清訓です。
昨年、9月のメタボリズム展のシンポジウムに参加しながら11月に体調を崩し、
12月に心不全であっというまに亡くなってしまいました。
下のPDFファイルには元所員の建築家、内藤廣と対談が収録されています。

『代謝建築論』 菊竹清訓
inaxreport.info/data/INAX171_15_37.pdf

プロジェクト・ジャパンで初めて話すと書かれたことも含まれています。
なかなか充実した内容でお勧めなのですが、カーンとの接点の話が興味深い。

菊竹さんのスカイハウスが竣工したのが1958年。
世界デザイン会議というのが東京で催されたのが1960年。
そのときにアメリカの巨匠、ルイス・カーンが来日し、菊竹さんとスカイハウスで
槇さんの通訳のもと、一晩対談をしたそうです。

カーンは同時期にスカイハウスと似たような形式の建物をつくっています。
ペンシルベニア大学のリチャーズ医学研究所で、1957年より設計を始め、
1960年に竣工したそれは、コーナーの柱を省き、1階をピロティにして床を浮かせ、
そのグリッド状の床構造を露出するという点でスカイハウスと類似しています。

どちらのアイデアが先だったのか気になるところですが、その後は両者の作風は近づくことなく
本当に一瞬の接触でありました。

2012年3月 4日 (日)

建築家なしの建築

バーナード・ルドフスキーによる1964年の著作。275pxiraq
世界の土地独特の奇妙な建物をモノクロ写真にて紹介しています。
ぼくが世界へ出て行く衝動を後押しした本。
しかしなにせ古い本なので現在も残っているものは多くないと思われます。

とりあげられたなかで比較的著名なもので、サッマラーのミナレットがあります。
モスクに付随した尖塔で螺旋の形状のめずらしいものです。
とても好きなのですが、これが存在するのがイラク。
今は簡単に見に行くことができなくなってしまいました。

他ではスーダンの建物なんかも同様ですし、
原広司さんが集落調査を行った、アルジェリアのガルダイヤなんかも
今は危険で見に行くことができません。

見るのを先延ばしにしていいことはありませんね。

2012年3月 3日 (土)

遭難

前に国内の山より海外の方が危険ではないかと書きましたが、R0010570
2008年の国内の山岳遭難による死者、行方不明者は281人にのぼるそうな。
多いですね。毎日1名弱が亡くなっている計算です。

遭難した場合、沢沿いに降りてくれば人家に出る、という俗説がありますが、
これはどうやら間違いらしい。
沢には滝など通行困難な場所が多いのでそこで身動きが取れなくなってしまう。
逆に遭難したら山を登るというのが正解のようです。
上を目指せばいつかは山頂に出るし、正規のルートも発見しやすい。

ところで今、B.Cオリジナルに連載されている岳-みんなの山のエベレスト遭難エピですが
似たような事故が過去にあったらしい。

エヴェレスト大量遭難

1996年、ニュージーランドの公募隊が遭難し、日本人女性1名を含む8名が遭難死した。
標高8000mを越えるエリアはデスゾーンと呼ばれ酸素ボンベが必要で、
長時間滞在するのはとても危険らしい。

エベレスト登山の死亡率は5%にのぼるそうな。
芸人のイモトアヤコによるアコンカグア登頂(断念)も辛そうでしたが、
8000m級の山々は次元が違うようです。

2012年3月 2日 (金)

この2年間

ブログの過去ログよりabout architectureとして2本、R0010410
miscellaneousとして18本抜粋してtextページに載せています。

ブログを見返す際、ここ2年ほどでその内容が変質していることがわかりました。
自転車に復帰したのが2006年4月。
それからブログ内容は自転車一色に染まります。
それは自転車を買ったり、イベントに参加したりして4年ほど続きます。

ひと通りのものを体験し終えた2010年頃から熱はさめていきました。
この年は周りの誰も乗っていない固定車と、
やはり冬場に一部の人間しか乗らないMTBを購入します。
ブログの方は自分の過去の紹介記事などが増えていきました。

そんななか2011年に大震災が起こります。
自粛ムードと節電による仕事のシフト、さらに不景気も重なってか
FCYCLEのオフの開催数は激減し、名物オフが幾つも中止になりました。
この年、ぼくが参加したツーリング系のオフはたったの2つ。
自転車への気持ちは加速度的に薄れていきました。

ブログはいろんなことへの考察が増えていきました。
これは昔はプライベートな日記に書いてきたような内容で、
そちらの方は廃れ、停止し、完全にその位置が移行しています。
今回抜粋した記事は、この頃のものが多く含まれています。
ぼくの基本的な考えである、日々の発見が人生をつくるということの
重要なツールとなりつつあるようです。

しばらくはこの傾向が続きそうです。
おそらく毎日の記事は思いつくままのバラバラなものとなりますが、
今後もよろしくお願い致します。

2012年3月 1日 (木)

トム・ウェッセルマン

アンディ・ウォーホル、ロイ・リキテンシュタインと並ぶImages_1
ポップ・アートの代表的な美術家です。

と言ってもあまり知られていません。
ぼくは1990年代半ばに原美術館でこの方の作品を見て
とてもひかれましたが、名前は失念していました。

この方の作品の特徴はというと、とにかくヌードだらけ。
また本人がマティスからの影響を強く受けていると言っているように
後期には色鮮やかな切り絵のような作品を多く残しています。

ぼくが見たのもこの頃の作品で、レーザー光線で切断した鉄板を組み合わせた
スティール・ドローイングと呼ばれるものでした。
彼は風刺画の経歴があることもあって、その素猫は現代的でエロティック。

フロイトが提唱した人間の本能というエロスとタナトス(死)。
そうしたものを含んだ美術作品というのはいつの時も需要があると思います。

ウォーホルも死を題材に作品をつくっていますが、
彼はポロックから始まり、ジャスパー・ジョーンズによって決定づけられた、
零度の絵画から脱線することはありませんでした。

ウェッセルマンの場合、マティスを引きずっているように
現代的にクールに徹することはしませんでした。
それが彼の評価を微妙にしているのかもしれませんが、ぼくは好きです。

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