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2012年4月

2012年4月30日 (月)

安さにはワケがある

ゴールデンウィーク2日め、金沢から東京、ディズニーランドに向かっていたR0011231
ツアーバスが高速道路で事故を起こし、7名の方が亡くなられました。
ご冥福をお祈りするとともに、怪我をされた方の早い治癒を願っております。

このバス、運賃が3500円だったそうです。
飛行機だと23620円、電車だと11840円なのでそこまで下げる必要はなさそうですが、
競合がひしめいていたのでしょう。

この距離では運転手は1人でも法的に問題はないそうですが、
もうひとり運転手が乗車していれば、事故のおきる確率は下がったでしょう。

運転手への報酬1人工20000円+宿泊費5000円として、その分を料金に加えると、
ひとりあたり約500円アップの4000円。価格競争では不利ですが、
この値段で安全が買えるなら、そちらを選ぶ消費者は多いのではないか。

だいたいにおいて、価格の端数の所でぎりぎり勝負しているものは危ない。
ぼくが設計した住宅で、唯一施主から施工にクレームがついた件では、
施工業者が裁判を起こされ借金を抱えてとにかく当座の資金が必要で、
競合入札で無理に安い値段をつけたと後日判明しました。
事前にそうした情報があれば発注しませんでしたが、
相見積りをとり、減額調整をしている段階で無理をしていると感じてはいたので、
そこで疑問を持つべきだったのかもしれません。

飛行機では最近はLCCという爆安な航空会社なども参入しているようですが、
なぜその価格になるのか。リスクをどの程度負うものなのかは、
事前にしっかり把握したうえでセレクトすべきでしょう。

--
写真は明日の記事用です。

2012年4月29日 (日)

夢のカリフォルニア

自分が幼少期に聞きかじった洋楽で、今も共感できるもののいちばん古いのってなんだろう。86919751692936416
検索していくと、ビートルズを除くとステッペンウルフの「ワイルドでいこう!」(1967年)や
ママス&パパスの「夢のカリフォルニア」(1966年)あたりのようです。

ママス&パパスは1965年結成。
ジョン(上)とミシェル(中央)のフィリップス夫妻とデニー・ドハーティ(左)が
参加していたバンドにデニーの旧知のキャス・エリオット(右)が合流してできたもの。
そのデビューシングルが「夢のカリフォルニア」で全米4位のヒットとなります。

http://www.youtube.com/watch?v=jnPFk4WvtKU

しかしバンドは翌1966年に早くも人間関係に問題を抱えてしまう。
ミシェル・フィリップスとデニー・ドハーティが不倫関係になってしまいました。
実はキャス・エリオットはデニーに想いを寄せていたのですが、ミシェルの魔性に振り回されてしまう。
結局、いったん元鞘に納まったのですが、ミシェルの更なる不倫などにより関係は崩壊。
1968年にはグループは活動停止状態になり、ソロ活動に移ります。

音楽的にもっとも成功したのはキャス。しかし1974年に心不全で亡くなってしまいます。32歳。
男性メンバーのその後は不明ですがジョンは2001年に65歳で、デニーは2007年に66歳で亡くなっています。

現在の唯一の生存者はあの魔性のひと、ミシェル・フィリップス。
その後、女優業にも進出し、デニス・ホッパーと8日間だけ結婚したりしています。
さらに1度の結婚離婚を経て今も現役女優であり2児の母、67歳。
昔の面影は薄いものの、きれいに歳を重ねている様子です。

2012年4月28日 (土)

渋谷

渋谷駅東口に複合商業施設ヒカリエ、オープンしましたね。R0011225
表参道方向から見ると、突如、巨大なマッスが出現した印象があります。
昨日、ちょっと覗いてみましたがすごい人出で1、2階だけ見て帰ってきました。

さて駅からヒカリエへの連絡通路が途中でブツ切れていることからもわかるように、
渋谷駅およびその近辺は、これから大きな変貌を遂げようとしています。

まずは今年中に東横線が地下鉄副都心線に接続されます。
現在の東横線のホームはその後、埼京線ホームに生まれ変わり、
その障害となる東急東横店東館は来年3月をもって閉館し、おそらく取り壊し。
それに関連して地下鉄銀座線のホームも明治通り上部に移設されます。

東急東横店の西館、南館はリニューアルしてしばらくは使うそうですが、
将来的には駅南端部に高層の駅ビルを建てる計画もあるようです。
東横線渋谷駅の軽やかなヴォールト天井や、空を飛ぶ地下鉄の銀座線など、
古き良き風景を懐かしむ暇もないほどのスクラップ&ビルドです。

この一連の工事によって渋谷の電車駅は東口にまとめられ、
井の頭線渋谷駅のみ西口にぽつんと取り残されることとなります。
今の渋谷はハチ公がある西口、それも246より北側が圧倒的に栄えていますが
果たしてその勢力地図に変化は起きるのでしょうか。

直感で答えると、おそらく大きな変化はないでしょう。
ヒカリエが地下で地下鉄の駅ビルのように接続していればそれなりには流行るでしょうが、
周辺ではココチ渋谷が6年前に投入されていて、不発に終わっています。

東口で期待できる宮益坂は北に平行してある表参道と比べて規模が小さく、
周辺は太い車道に分断され、裏道のポテンシャルも低い。

ヒカリエからも裏口のようわずかにつながっているだけで、これがとても残念。
敷地裏には道路を整備していますが、積極的な路面展開はなく、
以前はあったささやかなにぎわいも取り戻せていません。
こうした巨大建築は敷地内に完結せず、街全体の動線やにぎわいを考えるべきです。

そうした細かな路地を含めて、東口には生きた場が少ないと感じます。
例えば新宿南口でタカシマヤだけがあった時期とサザンテラスが開通してからを比べると、
栄えているイメージが全然違います。
ヒカリエにももうちょっとテラス的イメージなものがあればよかったかもしれません。

2012年4月27日 (金)

カフェの実用性

伝説のカフェ経営者が噂になっていますが。P012122892480

自宅にこもってミニマムな生活をしていると、3食がまず大事になってお茶はなかなか入ってきません。
食べられるカフェとなるとドトールとせいぜいエクセルシオールくらい。
WIRED CAFEのいわゆるカフェ飯をとっていた時期もありましたが、
料理にかけられた手間に対して値段があまりに高く、足が遠のいています。

一方、外出していてちょっと疲れたときにカフェに入って一息つくというパターンは多い。
この場合、どこにでもあって一定の味が保証されるスターバックスが便利です。
海外でもちょっと困ったときにはスタバに入ることがままあります。

なのでぼくにとっての日常のカフェはドトールとスタバがあれば足ります。
あ、でも仕事で打ち合わせとかして、どうですか昼飯でも、となったときはWIREDかなあ。
まあ別にカフェじゃなく、カレー屋さんでもいいのですが。

WIREDはお洒落なのはいいのですが、今でも喫煙エリアがあったような。
あと店員さんがなんというか、EXILEのひとみたいなのがどうなのかなあ。
誰も読んでなさそうな雑誌が置いてあったり、今やスマホで十分なのにPCの席があったり
もう既に時代から少しずれている感じがします。

2012年4月26日 (木)

図書館

書店は大好きなのですが、図書館とは案外縁がない生活をしてきました。Dh000048_1

生まれ育った横浜市北部の新興住宅地は公共施設の整備が著しく遅れていたし、
世田谷区の端っこに住む今も程度の差はあれ、似たような状況にあります。
また学生によくいる、どこかで集まってみんなで勉強するというのも苦手でした。

図書館建築は好きなのですけどね。ただ良作は少ないです、
今まで見たなかでは磯崎新の北九州市立中央図書館、アスプルンドのストックホルム市立図書館、
シャロウンによるベルリン国立図書館くらいでしょうか。

昨日、自転車雑誌が置いてないかと10数年ぶりに梅が丘図書館に行ってきました。
相変わらず建物はぼろぼろでしたが、利用者はそこそこいるようでした。
まあ徒歩圏にあればぼくも日常使いはするかもしれません。

でも徒歩圏すべてに図書館を整備するというのは現実的ではありません。
それを補っているのが書店であり、書店での立ち読みなのでしょう。
そういう意味では行政は書店に立ち読みを認めるよう補助金を出すべきなのかもしれません。
ぼくは新宿にジュンク堂ができてからは、国立国会図書館にさえ脚を運ばなくなりました。

今の世の中、ブックオフやAmazonに代表されるような古本市場も確立されていて、
安価に一般書籍を手に入れることができる状況になっているなか、
果たして図書館というのは存在意義があるのでしょうか。
図書館でベストセラー本を大量購入するせいで新刊本が売れなくなっているという話も聞きます。

図書館は入手しにくい高価本や専門書籍に特化して数を減らすべきときに来ているのかもしれません。

2012年4月25日 (水)

講演を聴いて

会場にはハウスメーカーの社員と思われるスーツ姿の人が多かった。R0011220
まあ、継続して存在し続ける大企業やこれから人生の長い新人などには有意義な内容だったでしょう。

ただ、ぼくは社会人としての折り返し地点もとうに過ぎているので、
今さら姿勢を変えようとは思わないし、それこそ自分の職に愛着を持っています。
データによると日本の建物の3分の2は1981年以降に建てられたとありますが、
東京に住んでいると、明らかにそれより古い住宅がたくさんあります。
空家も多いですが、何年もひとが住まなくなると木造家屋は不可逆なほど朽ちてしまいます。

実際ぼくが今まで建ててきた住宅も老朽化による建て替えというのが多かったです。
確かに人口高齢化によって求められるプログラムは変化していき、
1軒あたりに床面積は減ってゆくようにも思いますが、立て替えのニーズはまだしばらくはあると思います。
特に東京都心では。

もっともいちばんの問題は、新築にせよリノベーションにせよ施主にお金がないということでしょうか。

箱の産業から場の産業へ

昨日は東大建築学科教授である松村秀一さんの講演に行ってきました。0403701

内容の概略は以下の通り。

長期優良住宅とか200年住宅とかいう施策があるが、日本の住宅技術はもともと優秀で
取り壊されているのは耐久性とは違った理由によると思われる。
そもそもデータとして日本の住宅が米国より短命な値が出ているのは大戦があったからで、
今わざわざ200年持つ住宅をつくるというのは過剰投資である。

おそらく問題は登記を土地と建物を別に行うという日本独特の制度にあって、
建物を壊すことに抵抗がないからであろう。
欧州では今ある建物がその街のアイデンティティになっていて、
地域に強い愛着もあって、建物が崩壊しかけてきてもなかなか取り壊さない。
日本でもこれから街をどうするのかという視点が重要となってくる。

日本の建築物は現在その3分の2が1981年の新耐震基準施行以降に建てられたものであり、
耐久性がある上、人口の高齢化が進むことにより新築を求められる機会も減少している。
さらに近年は空家率も増加の一途をたどり、今や13%と他国に見られない状態になっている。
今やハコは余り、余剰空間が増加している。

当然新築件数は減り、建築物への投資額はバブル期の半分にまで下がっている一方、
リノベーションの市場は徐々に拡大していて、全体の20数パーセントを占めるまでになっている。

ただし、新築分の仕事が自然にリノベーションの市場に移行するかというとそうではなく、
供給側がソフト面を含めた提案を積極的に行う必要がある。

例えばニューヨークのソーホー地区では空いた建物にアーティストが転がり込み、
ゲリラ的にリノベーションする一方で政府はこれを追認し、
地区は高級マンション街として生まれ変わった。

日本でも同様な試みがなされようとしている。
今ある箱に違う場をつくりだすこと。
そのためにまずは中古物件を個別に査定し、口コミなどにより市場に乗せる。
そのあとは10年20年単位の暫定型サブリース利用として建物をコンバージョンするなど。
成功している例としてUR住棟ルネッサンス事業や3331アーツ千代田などが挙げられる。

これは産業の大転換である。
ハコの産業から場の産業へ。ないからつくるからあるモノを使うへ。
様々な専門家がコラボしての事業が必要となってくる。

2012年4月24日 (火)

書店と英会話

昔、都心の大きな書店に行くといましたよね。英会話学校の勧誘。
今でもいるのでしょうか。ネットで検索してみると、あそこで捕まった場合、
契約するまで何時間も拘束されたり、断ったら逆切れされたりと、かなり悪質なようです。

なんで書店はそんな怪しげな業者に出入りを許しているのかわかりません。
万引き防止という説もあるようですが、ひとつの階にしかいないので、無意味。
場所代はもらっているのでしょうが、書店のイメージダウンの方が大きいと思います。

なぜそんなことを思い出したかというと、毎日通う地元の書店で、
英会話本のPRのDVDが結構な音量で延々流されているからです。
全部で4、5分の長さなのですが、ループするので耳にこびりつきそうです。

こちらは立ち読み防止なのかなあ。この店はチェーン店で隣町の2店舗では流れていません。
すると店長が小遣い欲しさにOK出したのかも。

本のタイトルは爆笑!英語コミックエッセイ 日本人のちょっとヘンな英語、というもの。
内容はしょうもなくて、日本人が間違った英語を使うのを米国人である著者が嘲笑している。
日本人の英語を話そうという意欲を萎縮させるような本です。

この店での売り上げベスト2とかになっていましたがホントか?
書店の静寂な雰囲気をぶちこわすDVDには即刻退場してほしいのですが。

2012年4月23日 (月)

漫画オタクな学生

ヤングマガジンやスピリッツ、モーニングなど青年向け漫画雑誌を購入し、Meguri00112
これはというものは切り取って保存していた大学4年間でした。
今も保存してあるその数57本。同じ作家のものが数本あったり、
当時既にメジャーだった人の作品も含まれています。

今、Google検索してwikiに載っているのは以下の人たち。カッコ内は生年。

・岡崎二郎「未来の想い出」(1957)
・曽根富美子「含羞」「エクスプレッション」(1958)
・新井英樹「宮本から君へ」(1963)
・菅原雅雪「オホーツク物語」(1961)
・藤原カムイ「生きる」(1959)
・太田垣康男「スモーキーモンキー」(1967)
・高橋留美子「Pの悲劇」(1957)
・土田世紀「未成年」(1969)
・タナカカツキ「逆光の頃」「金色シトロン」(1966)
・(谷川)仲宗根みいこ「ホテルハイビスカス」(1960)
・石坂啓「弟弟」(1956)
・鶴田謙二「夏子」「広くてすてきな宇宙じゃないか」(1961)
・さそうあきら「プーさん」「雲の上は1000mb」「カッシーの月」(1961)
・福山庸治「マドモアゼルモーツァルト」(1950)
・岩明均「未完」(1960)
・南Q太「彼女の体温はいくつ?」(1969)
・西岡兄妹「罪びと」(?)
・植芝理一「ディスコミュニケーション」(1969)
・窪之内英策「イドラ」(1966)
・カネコアツシ「コーリング」(1966)
・谷口ジロー「N.Y.の弁慶」(1947)
・有馬しのぶ「酔っちゃった」(1964)
・西村しのぶ「さっきまで恋しかった人」(1963)
・星野之宣「進化の鏡」(1954)
・田中政志「フラッシュ」(1962)
・浦沢直樹「マスターキートン」「魔術」(1960)
・吉田まゆみ「放課後がお好き」(1954)
・すぎむらしんいち「BUN BUN BUN」(1966)
・山崎浩「ふしぎふしぎ」(1964)

29人35本でした。25年も前の作品であるのに結構多い。
wikiにない残りの人でもAmasonなどネット書店で7、8割ヒットしています。

が、みんな漫画で食えて行けているかというと疑問。
ほとんどが雑誌の賞をとった人なので、それでwikiに載っているだけなのかも。
実際、今も現役で名前を聞く人は10人ちょっとです。

一方、かなりの衝撃度の作品を残したにもかかわらず消えてしまったのは、柿本心。
同じように感じた方はいらっしゃるようで、こんなページもありました。

http://homepage.mac.com/detchkun/tengu/meguri/kokoro2.html

今はどうしていらっしゃるのでしょうね。
写真は氏の作品「巡り」より。

2012年4月22日 (日)

建築写真と点景

一口に建築写真と言ってもいろいろなものがありますが、R00102101
大きくは竣工写真系と住宅雑誌写真系に分けられるかもしれません。

前者は原則、家具とかが一切ない、純粋な建築物の写真で、
竣工直後、引越し前に撮られることが多いです。
後者は読者に生活イメージを伝えるのが主眼なので、引越し後だいぶたってから、
実際に使われる家具やお施主さんの姿まで写り込んでいることがあります。

いわゆる建築専門誌の写真はこの中間にあたるのですが、
近年、だんだん後者に近づいていっている感じがします。
ただし、写り込むのはモデルさんだったり、外から持ち込んだデザイン家具だったりします。

家具が入りはじめたのはずいぶん前。
伊東豊雄さんの中野本町の家のマッキントッシュチェアや、
安藤忠雄さんの小篠邸での白いソファなどが想起されます。

人物が入りはじめたのは比較的最近、妹島和世さんの住宅だったかな。
コムデギャルソン風の黒い服を着た女性が遠くに映っている写真の記憶があります。
また、写真家のホンマタカシさんがアトリエワンの住宅を撮影した際に、
モデルの市川実日子さんを登場させたのも覚えています。

ごく近年においては観葉植物を配置することがブームのようになっていて、
西沢立衛さんによるHouse Aの写真などは、植物とカーテンなしでは成立しないほどです。

このように、近年においては建築写真で点景は重要なツールになりつつありますが、
その究極ともいえるのが、オランダの写真家イワン・バーンによる、
藤本壮介さんのHouse NAの写真でしょう。

http://iwan.com/photo_House_NA_Sou_Fujimoto.php

とても明るく撮影された室内外に明るい服を着た主に若い女性を4、5名配しています。
ある者はバルコニーから脚を投げ出したりして皆リラックスしていて、
談笑しているようなシーンもあります。

しかしこれらのひとは明らかにクライアントではないし、こんな使われ方はしない。
その明るい色合いも手伝って、存在感が薄く、まるで幻想のような人物です。

この写真の雰囲気は日本のサブカルチャーと通底している印象を受けました。
例えばアニメの「けいおん!」。主だったストーリーがなく美少女の他愛もない会話が延々続く。
こういう作風は今、空気系と呼ばれているそうです。
AKB48のPVにも似ているかもしれません。ただただ少女たちの仲のいい仕草が繰り返される。

イワン・バーンは1975年生まれ。ホンマタカシよりひとまわり若く、
建築写真家としては世界でも最年少の部類に入るでしょう。
その若い感受性が日本のサブカルチャーやポップシーンに共鳴するような作品を生み出したことに、
とても興味があります。

写真は実際に使われているHouse NAです。

2012年4月21日 (土)

伝説の自転車少女

伝説のっていうのはぼくが勝手につけたのですが。Komatsu
4、5年ほど前に自転車画像掲示板あたりに流れていた写真で、
モデルは誰?と話題になっていました。

記憶が正しければ、この人は小松彩夏さん。
http://ameblo.jp/ayaka-502/

グラビアアイドルで今は25歳。
9年前に実写版セーラームーンで北川景子さんと共演しましたが、
北川がこの間にブレイクしたのはご存知の通り。

小松さんはと言うと、この前、ロンドンハーツでトラップガールというコーナーに出ていました。
この企画、芸人に近づき誘惑してその気にさせ、
自室で二人きりになったところでドッキリを仕掛けるというもの。

知名度の高いタレントだとリアリティがなく、だいたい事務所が受けないので、
売り出し中のグラビアアイドルなどが起用されることが多いようです。
ここに出るとは、仕事ないんだろうなあ。

顔かたちはとてもきれいなのですが、芸能界というのはやはり厳しい。
こんな仕事でも逆手にとって、キャラつくって売り出すくらいの
したたかさがないと、生き残っていくのは難しいのかもしれません。

2012年4月20日 (金)

大友克洋GENGA展

2007年3月7日の日記に書いていますが、ぼくが今まで読んだ漫画のベストは、R0011211
手塚治虫の「アドルフに告ぐ」と、大友克洋の「童夢」です。
その大友氏が震災復興支援の一環として原画展を開いています。

*大友克洋GENGA展/3331 ARTS CHIYODA
120530まで/5月15日休/予約制11:30、13:00、16:00、17:30(10:30土日祝)/1500円

3331 ARTS CHIYODAは上野末広町にある廃校を利用したアートコンプレックスです。
元校庭には大きな木が茂り、木製の大階段を上るとゆったりとしたカフェスペースに。
今回の展示はその奥にあり、床壁天井は白く塗られ、照明は主に蛍光灯が使われています。

第1室では周囲の壁に単体のイラストレーションが、6本立てられた柱状の壁には
抜粋されたAKIRA以外の漫画の原画が展示されています。

大判のイラストレーションは圧巻の一言。ものすごい数の線を描き込みながら、
修正がほとんどまったくと言っていいほどなされていないのは驚きです。
イラストのモチーフも独創的で、次から次へとアイデアが湧いている感じ。
見たこともないモノを描くデザイン能力も素晴らしい。
このイラスト群を見るだけでも行く価値はあります。

第2室と第3室は大きなガラスでできた何段もの棚にAKIRAの原画がすべて展示されています。
その数、実に2300枚。もちろんすべて見るのは現実的ではありませんが、
AKIRAを読んでいれば、印象に残っているシーンを発見するという楽しみ方はあるでしょう。

最後の第4室にはAKIRAに登場する金田のバイクのレプリカが展示されています。ウェアもあり。
500円を寄付するとまたがることができますが、なんかミーハーな感じがしてやめておきました。
部屋の反対側には童夢で描かれた有名な壁の球状の凹みが再現されています。
こちらは無料で童夢ごっこができます。(笑)

会場を出るとグッズコーナーが。カタログはもちろんBEAMSとコラボしたTシャツやポスターなどがあり、
ぼくはクリアファイルを購入しましたが、売り切れている品も多かったようです。

ちょっとうちからは遠いですが、まったりできる魅力的な展示スペースでした。
平日にもかかわらず入場客は多く、当日券もありますが予約していった方が安心でしょう。

大友氏の作品については手塚治虫と比べて考えてみます。
コマ割りやふきだしの処理など手法面では意外なほど保守的です。
大友氏は超絶技巧で手塚氏を圧倒していますが、その分ストーリーが弱い。
逆に言うと、ストーリーだけ話すと単純で荒唐無稽に感じられるものを、
絶対的な描き込み量と高度なテクニックでリアリティを出して納得させています。

なので衝撃は受けますが、手塚氏の作品と比べると感動は薄い。
ストーリーに性や恋愛感情を持ち込まないところもドライな大友氏の作風には合っていますが、
やはり読み手としては共感するところが少なく、物足りない。
ぼくが「童夢」に強烈な印象を受けながら手元に置いていないというのもそうした理由からでしょう。
大友氏が近年手がけている映画に興味を示さないのも同様です。

ただ最近になってこそ凝った描き込みの漫画が増えていますが、
それを1980年代初頭に既に実行していたことは驚きに値します。
彼がいなければ浦沢直樹のようなヒット作家も存在しなかったかもしれません。

2012年4月19日 (木)

代官山にて

一昨日、暖かくなってきたので、固定車で代官山蔦屋を再訪してきました。Rimg1316_1
あらためて見るとやはりすごい量の蔵書。出入り口の上にも棚があります。

だたジャンルはずいぶん偏っている。多いのは自動車、料理、旅行、写真、歴史など。
自転車本のコーナーは自動車と比べるとしょぼくて泣けてきます。
建築本はそこそこありますが、先日閉店したジュンク堂新宿店に遠く及びません。

まあ、趣味人が楽しむラウンジといったところか。ぼくにとってはジュンク堂の方が貴重でした。

帰りにF.I.G bikeの姉妹店であるPOTAVEL FIGO!という店に寄ってみる。
高額街乗り自転車とウェアやグッズなどを販売している小さな店です。

http://potavelfigo.blogspot.jp/

うーん、PASHLEY GUV'NORが136500円というのはまあわからないではないですが、(写真)
SCARABIKE、420000円というのはありえない。オーダーじゃないんですよ、これ。
東洋フレームってTESTACHのことだし、部品メーカーも国内の一般的なところで量産品が多い。
どこをどうひっくり返したらこんな値段になるのか。

http://www.scarab11.com/kousei.html

どうもこの近辺はぬかやが進出したあたりから、自転車のこともよくわからない
地元の金持ちをぼったくっているというイメージがあって仕方がないです。
前に取り上げたnukaya classicoのヴィンテージものも、その筋に詳しい人に言わせると
そんなに希少なものではないとのことですし。

つくる方もそうだけど、売る方もそれなりの良心を持ってほしいと思います。

2012年4月18日 (水)

ぼくは基本的に嘘が嫌いな性格です。51d41z22s
電話営業などで、以前お伺いしたとか嘘をつかれると頭が即、沸騰するくらい。
例外は余命告知くらいですかね。あれは数値がいい加減な上、聞いてもいいことはない。

しかし世の中には嘘に近いものを求められる職業もあります。
例えば弁護士。依頼人が嘘をついていると感じていても、
その人に有利なように話を進めていかねばなりません。

行き過ぎると非難を浴びますが、広告宣伝にも同じような側面があります。
商品をより魅力的に見せる、幻想を抱かせるというのはやはり嘘に近い物を含んでいる。

なので、ぼくは広告代理店に勤めたいとも弁護士になろうとも思いません。
しかし世の中の女性にはうけがいい職種ですよね。なぜだろう?

稼ぎがいいというのがひとつ。広告代理店は大手に限りますが。
あとはほらを吹いてでも世の中をうまく渡っていく姿が頼もしく見えるのかもしれません。
ただ、社会での嘘つきはプライベートでも嘘をつくと思うのでご注意。

2012年4月17日 (火)

建築家の始まり

先日、都心の花見のついでに、高校時代のぼくに建築家という職業を意識させた景色をR0011090
再訪してきました。写真がそれですが、あれ、こんなちっちゃかったっけ?

まあこれに出会わなくても、子どもの頃から建物好きは顕著でした。
ほとんどが無名のものでしたが、住宅や学校建築、宿泊施設など、
記憶を辿っていくと幼稚園の校舎まで行き着きました。

で、そうしたものをつくる職業に就けて幸せは幸せなのですが、
設計事務所を主宰して率いるというのは、まったく別の能力が求められます。
組織の職業デザイナーなら比較的容易いので、早くに結婚していたら独立はしなかったでしょう。

ぼくは就職を前に大学の講師の先生に話を聞きに行ったことがあって、そのときに
内井昭蔵さんは事務所に寄り付かず、ゴルフばかりしているそうですね、と何気なく話したら
設計事務所の所長というものはそういうもんだと諭されたことがあります。

その後、勤めた事務所の所長もゴルフはしませんでしたが、日中は事務所をあけることが多かった。
おそらくいろんな人に会いにいっていたのでしょう。営業活動の一環です。
ぼくはそのやり方がまったくわかりません。
なので所員を養う責任などとれるわけもなく、ひとりで細々とやっているわけです。

よほど才能があるか、強力なコネがあるかでなければ、営業能力がいちばんモノをいう世界です。
そこそこセンスはあっても、社交性のない人が独立するのはやっぱり大変です。
好きなだけではやっていけません。

2012年4月16日 (月)

肉食

動物園に通っていると猿、類人猿が草食であることに気づきます。250pxgandhi
もっとも草というよりは果実や木の実が主ですが。
なんで類人猿はヒトになったとたん、肉食が広まったのか。

想像するに猿、類人猿は森のなかで食物連鎖のかなり低い位置にいます。
何かあったら木に登って肉食獣をやりすごすしかない。
しかしヒトは道具をあみ出し、火を操ることで一気に食物連鎖のトップに躍り出ます。

いわゆる狩猟文化の時代ですが、狩った獲物の始末に困ったのかもしれません。
当時はどうだったか知りませんが、生肉は危険なのでわざわざ火を通します。
他の動物に比べるとずいぶん手間が必要な肉食です。

じきに農耕生産の時代がやってきて、害獣駆除以外は肉食の必要性は低くなります。
でもヒトは肉のうまさを忘れられなかったのか、畜産を始めます。
食べるためだけにおとなしい動物を産ませ、殺していく。
抵抗感のある人は多かったでしょう。
それが今、インド辺りの文化につながっているのかもしれません。
彼らの方が西洋人よりよほど人間的と言えるかもしれません。

シーシェパードなど暴力に訴える反捕鯨活動がよく報道されますが、
彼らはみんなベジタリアンなのでしょうか。
ぼくは狩猟より畜産の方がよほど残酷に思えて仕方ありません。
動物の狩猟に反対するために同じ動物のヒトに危害を加えるというのも本末転倒なように思います。
この点でも非暴力運動を提唱したガンディーを生んだインドは尊敬に値するのかもしれません。

2012年4月15日 (日)

サイコパス

首都圏連続不審死事件について、発売中の週刊文春で岩井志麻子さんが
木嶋佳苗被告をサイコパスという言葉で表現していました。

サイコパス(精神病質)以下wikiより抜粋

サイコパスは社会の捕食者(プレデター)であり、生涯を通じて他人を魅了し、
操り、情け容赦なく我が道だけを行き、心を引き裂かれた人や期待を打ち砕かれた人、
財産を奪われ尽くした人を後に残していく。良心や他人に対する思いやりに全く欠けており、
罪悪感も後悔の念も無く、社会の規範を犯し、人の期待を裏切り、
自分勝手に欲しいものを取り、好きなように振る舞う。

・良心の異常な欠如
・他者に対する冷淡さや共感のなさ
・慢性的に平然と嘘をつく
・行動に対する責任が全く取れない
・罪悪感が全く無い
・過大な自尊心で自己中心的
・口達者

ネット上で木嶋被告の経歴を、新聞でその犯罪容疑や供述を読んだ限りでは、
この言葉は木嶋被告を表すためにあると言っていいくらい該当しています。
もちろんまだ罪が確定したわけではなく、事実誤認があるのかもしれませんが、
しかし本当にそういう人格が実在すると言われると腑に落ちます。

アメリカでは25人に1人の割合で存在するという説もあります。
決してめずらしい存在ではないとふと思いを巡らすといました、大物が。
モンゴル帝国の初代皇帝、チンギス・カン。以下wikiより抜粋。

ある日、チンギス・カンは重臣の一人であるボオルチュ・ノヤンに
「男として最大の快楽は何か」と問いかけた。ノヤンは「春の日、逞しい馬に跨り、
手に鷹を据えて野原に赴き、鷹が飛鳥に一撃を加えるのを見ることであります」と答えた。
チンギスが他の将軍のボロウルにも同じことを問うと、ボロウルも同じことを答えた。
するとチンギスは「違う」と言い、「男たる者の最大の快楽は敵を撃滅し、
これをまっしぐらに駆逐し、その所有する財物を奪い、その親しい人々が嘆き悲しむのを眺め、
その馬に跨り、その女と妻達を抱きしめることにある」と答えた。(モンゴル帝国史)

モンゴルから北中国にかけての地域で男性の8%、およそ1300万人に共通するY染色体
ハプロタイプが検知出来たという。(略)研究チームはこの特有のY染色体の拡散の原因を
作った人物は、モンゴル帝国の創始者チンギス・カンであると推測

つまるところ、冷酷な強姦魔です。なぜ母国で英雄視されるのか理解不能。
その生涯を追っていくと気分が悪くなっていきましたが、
同様に吐き気をもよおすような人生で知られるのがスターリンと毛沢東です。
おそらくこの3人とも重度なサイコパス。あのヒトラーでさえかわいく見えるほどです。

人間関係に慎重な自分には縁はないと思いたいですが、
こんな人格には生涯、近づきたくもない。Pn2010003

2012年4月14日 (土)

白物、黒物

長らく使っていたコーヒーメーカーのコンセントが断線してしまったのでR0011204
ヨドバシカメラで新しい物を買ってきました。(左側)

売り場に行くと、2000円台から商品はおいてありました。
おそらく、性能はほとんどかわらないので、見かけと値段で決めていきます。
予算最大5000円くらいに設定して納得できるデザインの最も安い製品がこれでした。
4200円なり。

しかし持ち帰ってみると結構大きい。特に高さがある。
ふと思いついて無印のサイトを見てみると、シンプルなのが4900円でありました。あらら。
まあ今回は家電ポイントを交換したヨドバシの商品券を使いたかったのでいいのですが。
高さはさほど変わらないですし。

で、デザインでポイントになったのはシンプルさと色、特に後者が大きかった。
家電は大きく白物、黒物と大別され、冷蔵庫、洗濯機、エアコンなどは前者、
テレビ、オーディオ、ビデオデッキなどが後者とされるのが一般的です。

今は両者ともシルバーやレッドなどいろんな色の物が発売されてきていますが、
水回りは白、居住空間は黒というのはインテリアがもともとそれを前提としているところがあるので
それを外した色を投入するというのはなかなか勇気がいります。
今回のコーヒーメーカーもティファールの黒の製品とで悩みました。
リビングに置くなら黒でもいいのですけどね。

一方、シルバーというのは結構どこにでも合ったりします。
プラスチックの表面に貼付けているのが見え見えのデザインはまずいですが、
基本的に応力のかからないエアコン室外機のカバーなどはキッチンシンクのように
ステンレスのプレスなどでつくれそうなものですが、高くなるのでしょうか。
レトロな雰囲気の鏡面、マッシブな印象のヘアラインと表情を選ぶこともできますし、
個人的にはもっと普及してほしいところです。

2012年4月13日 (金)

パンダに会いに

昨日の午前中は上野動物園に行ってきました。R0011171
最大の目的は新しく来たパンダに会うこと。
来園以降連日の混雑が報道されていて、
子どもの春休みが終わった平日は狙い目かと。

9時半開園の10分前に着いて少し並び、
開園と同時にパンダ舎へ。
朝一が食事タイムで見所だというのでそうしたのですが
はい、見られました。お食事風景。
2頭とも一心不乱に笹を食べていました。

が、ガラス越しで少し遠いところにいた上、
観客用通路のいちばん前の壇を使わせてくれないので、
見たは見ましたが、存在感をあまり感じられなかったのが残念。
帰りにもちょっと寄ってみましたが2頭ともお休み中で
パンダなのかなんなのかわからない状態。朝一は正解でした。

さて上野動物園に来たのは4年ぶり。
獣舎はリニューアルされて随分きれいに、広くなり、
また水中などいろんな視点から動物が見られるようになっていました。
旭山動物園から刺激を受けたのかな。

特に東園のクマ、ホッキョクグマ、ゴリラ、ライオン、トラ
あたりは充実していました。西園はこれからかな。
ペンギンプールがしょぼいのでなんとかしてほしい。

首都を代表する動物園だけあって、北の動物園では見られなかった
オカピやハシビロコウなど希少な動物にも会えました。
結構時間をかけてまわって、最後の方はくたくた。

上野公園の桜並木を見て、飯田橋に移動しました。

2012年4月12日 (木)

CANAL CAFE

今日は飯田橋のお堀に面したCANAL CAFEで家族のお花見。R0011199

1時半頃着きましたが、既に結構な行列が。
この列は入って右手にあるデッキサイドのもの。
桜の真下で食事ができますが、覆いの類いはなく、
今日の天候だと直射日光が厳しそうだったので、
今回はもうひとつのレストランサイドの方へ。

こちらはすいていましたが90分制とのこと。
テラスの日光を避けて店内の窓際の席へ。
窓は掃き出しで開き放たれています。

メニューはメインを選んで、あとはドリンクバー、
サラダバー、デザートバーというかたち。
メインではピザとパスタをとってシェアしましたが
美味しかったです。特にピザの方はボリュームあり。
値段もリーズナブルでなかなか良かったです。

http://www.canalcafe.jp/

桜の方は半分くらい散ってしまった感じで
葉桜も見えましたが、でもまあ満足です。
15日まで、ディナータイムは桜のライトアップを
しているそうなので、ご興味があれば。

で、午前中は何していたかというとそれはまた明日。

2012年4月11日 (水)

本日の画像

雨ですね。R0011168
明日、連れ合いが休みなので花見をすることになっていて
今日一日は桜にがんばってもらいたいのですが。

写真は昨日撮影した神田川沿いの桜。

2012年4月10日 (火)

乗り味

だいぶ前に書きましたがカーボンロード(7.8kg)と年代物のスチールロード(9.8kg)はR0010516
ポジションはほぼ同じですが、カーボンの方は足元がすかすかで乗車感が薄く、
スチールは地べたをはいずるような重さを感じて乗り味がまったく違います。
アルミ小径車(10.5kg)はその重量に関わらずカーボンロードに近い感じで、
3台体制の時はスチールロードは敬遠しがちでした。

そこにスチール固定車(8.8kg)を投入したところ、これが両者の橋渡しのような
存在になりました。比較的軽い割にはスチールロードに近い感じ。
実際、普段固定車に乗り馴れていると、スチールロードに乗っても違和感がほとんどない。

自転車の乗り味はフレーム素材、重量、ポジション、タイヤの径あたりで決まってくると思いますが、
フレーム素材とタイヤ径が占める割合が大きいなと思った次第。
そしてぼくは意外とスチールの乗り味が好きなのだと発見しました。

2012年4月 9日 (月)

サンツアーミーティング2012

昨日はFCYCLEの恒例企画、サンツアーミーティングに参加してきました。R0011138
自転車にサンツアー製品もしくはそれに準じる部品を2点以上装着する、
というのが参加条件ですが、近年は点数を競う人も減り有名無実化していて、
激坂パートありの東京近郊里山花見ポタリングという印象が強くなっています。

今年の参加者は17名、うち出走16名と相変わらずの高い人気があって、
この企画の常連であるcaさんやteさんらに加え、古いグロワールに乗ったyaさんや
どこかオードリー春日を思わせるkaさんなど初参加勢も元気な方が多く、
にぎやかで和やかなオフとなりました。ぼくは5回めの参加になります。

集合は10時で3時半解散と時間に余裕がある上、自宅から1時間半と近場なため
ゆっくりとアプローチできて、余裕をもって帰宅できるのが嬉しい。
過去には往路自走や復路川越まで自走をしたことがありますが、
他では味わえないまったり感を楽しむのがいいのかもしれません。

ルートは、武蔵嵐山駅-玉川村-嵐山渓谷-小川町(買出し)-栗山(昼食)
-萩平-白石-小川町解散。
毎年、基本的な立寄ポイント、休憩ポイントは不変ですが、
その途中は年々裏道に走ることが多くなり、今年は特にそれが顕著で、
ダート区間も多く、私道に入り込んで2回ほど怒られてしまうほどでした。
その裏道は幹事のtaさんが起こしたGPSデータにほぼ沿ったもので、
しかしあれを見ながら先導していたら景色など見る余裕もなくなるだろうにと、
その器用さには舌をまきました。

花見の方は都心が桜の満開を迎えたばかりなので期待できないと思っていたら
まさにその通りで、桜には一週間早かった。桃もいまいち。
ただいつも立ち寄るポイントでのカタクリの群生は今までにないものでした。
天気の方は終始晴れ渡っており、絶好のツーリング日和でありました。

激坂は標高にして300mほどをSILKの42T×24Tでのぼります。
2日前に自転車に乗った時は脚がまわらず今回は上れる気がしませんでしたが。
結局、200m上がったあたりの桃の木のポイントまでは直登。
そこで休憩を入れてからは蛇行を入れながらの走行となりました。
押しが入らなかっただけ上出来です。

トラブルはtoさんのチェーンのリンクが外れたぐらい。
あとはあまりの裏道の迷走ぶりに業を煮やしてかショートカットする人が散出。
まあ気持ちはわかります。今回はそれで30分ほど押してしまっていたので。

今年はtbさんからめずらしいダイアコンペのシールを頂きました。
早速固定車のwiggleシールの上に被せて貼った次第。
ありがとうございました。

・走行距離:46.5km
・獲得標高差:626m
・最高標高:418m

2012年4月 8日 (日)

裏新宿探索

固定車で高田馬場、新宿近辺をポタってきました。R0011122

*早稲田大学文学部/村野藤吾(1962年)
1986年にREBECCAがゲリラライブを敢行した場所で映像に残っています。
http://www.youtube.com/watch?v=uXf1AKmbY48
ギターソロパートあたりから後ろに見える塔のような建物がそれ。33号館。
耐震性に問題があるということでこの高層部は取り壊され、今別の建物が新築中です。
ピロティ下の階段を上ると塔のように薄い校舎がある中庭に出るシークエンスが
秀逸だったのでもったいない。新築建物はどうやらぼてっとしたプロポーションです。
鹿島による設計施工のようですが、原設計に忠実な復元という発想はなかったのでしょうか。
東京の丸ビルなんかもそうですが、腕もないのに新たなデザインを与えようとして失敗するケースが多すぎ。

*早稲田大学理工学総合研究センター/鈴木恂(1993年)
磯崎さんみたいなことやっているなあと思い、帰りによく見たら鈴木恂によるものでした。
若くして宍戸錠邸やGAギャラリーを手がけた早熟な天才もこの頃は随分影が薄くなっています。
奥にある安東勝男さんによる理工学部校舎(1967年)にも存在感でまったく負けている。
磯崎さんと野武士の世代にはさまれたARCHITEXT世代は結局埋没してしまいました。
あと63号館設計した小堀哲夫ってどなた?
最近のオフィス型建築はみんな古谷誠章っぽくなってしまうのはなぜ。

*一番館、二番館/竹山実(1969年、1970年)
歌舞伎町にある雑居ビルでテナントの出入りは激しいだろうに、きれいに残されています。
特に外壁にスーパーグラフィクスを施された二番館は今見ると新鮮な感じ。(写真)
グラフィックは粟津潔によるもの。竹山実も鈴木と同じARCHITEXT世代です。

*第3スカイビル/渡邊洋治(1970年)
通称、軍艦マンションで、近年改修された際に名称もGUNKAN東新宿ビルに変わりました。
外観ではユニット部の色がメタリックグリーンに変わっている他は
エントランスを若干いじっている程度で、きれいに保管されています。

*林原第5ビル/リチャード・ロジャース(1993年)
歌舞伎町にリチャード・ロジャースによるオフィスビルがあることはご存知でしょうか。
ぼくは1度見たきりで前を通りかかるまですっかり忘れていました。
いわゆるバブル建築で青黄を主とした色彩やテンション材を多用したディテールが過剰です。
つくられた時代の異常さを物語る作品ですね。

2012年4月 7日 (土)

都心・春の桜ポタ再走

先週の日曜日にあった花見ポタルートを5日後に再訪してみました。R0011074_2

前回はほぼ全滅だった桜がたった5日でほぼ満開を迎えていました。
この桜も1週間ぐらいしか持たないそうな。はかないですね。
以下は花見スポットの個人的な順位。

第1位:青山霊園
道幅が1車線しかないので両側から桜の木がせりだしていてまさに桜のトンネル。
結構長い距離、楽しめます。霊園なので座って飲むのは厳禁。(左上)

第2位:千鳥ヶ渕
今回行ったなかではいちばんのメジャーどころ。
それだけ人は多くてゆっくり楽しめる雰囲気ではない。
また桜はお堀に沿って咲いているので体感できる感じではない。
半蔵濠より南は座って飲める。(左下)

第3位:外務省前
意外な穴場。人が少ないのでゆっくり楽しめます。
咲きが早かった分、既に散りはじめています。(右上)

第4位:上智大脇(外堀)
木の丈がちょっと高くて桜を身近に感じられない。規模も小さい。

第5位:玉川上水(初台-代田橋)
全面に咲いているわけではなく、とぎれとぎれ。本数もまばら。
ただ時たまいい樹に巡り会えます。場所によっては座って飲める。(右下)

第6位:代々木公園
思ったほどではなくまばら。まだ満開を迎えてないのか。
前回咲いていた桜は既に葉桜になっていました。座って飲める。

第7位:和田堀給水所
ここも満開はまだな感じ。来週水曜までの一般開放で間に合うのか。

第8位:北の丸公園
満開はまだまだ。田安門をくぐったあたりは満開。座って飲める。

単木でのベストは国立劇場前の大きなピンクの桜と、
国立近代美術館前のお堀に咲いている小さなしだれ桜でした。

2012年4月 6日 (金)

ボクサー

建築家の安藤忠雄さんが若い頃ボクシングをしていたというのは有名な話です。44388577
どこかの国での完全アウェー戦で強烈な孤独感と恐怖を感じたというエピソードを
聞いたことがあります。
確かに1対1の殺し合いみたいなものですからね。察するにあまりあります。

ただ勝ったならともかく、負ければ命までとられることはない。そこはスポーツですから。
自転車でも同様、ツール・ド・フランスなどではサポートカーがついていて、
リタイアしたら回収されます。

むしろサポートのないブルベやセルフディスカバリー・イン・王滝あたりの方が過酷かもしれません。

程度の差こそあれ、自転車ツーリングも同様の危険をはらんでいます。
1日に幾つもの峠を越えるプランを組むと、途中で腰や膝などを痛めても
戻るわけにもいかなくなります。
ルートはたいがい公共交通機関から遠く、車の往来も人家もほとんどありません。
もし同行者がいたところで、自転車では引っ張っていくわけにもいきません。

リタイアできない厳しさというのはスポーツとまた違った精神的辛さがあります。

2012年4月 5日 (木)

REBECCA

それまでずっと洋楽漬けだったぼくが初めてはまった日本のバンド。615
1986年2月にアルバムを借りてますからほとんどオンタイムで聴いていました。

ご多分に漏れず、最初に聴いて引き込まれた曲はFriends。
女性による歌詞なのに相手をキミと呼ぶフレーズが新鮮だった。
今ならアニメの主題歌とかにもなりそうですね。

Friendsを収録したアルバムREBECCA�は冒頭からHot Spice、Private Heroineと
ヴォーカルのNOKKOの持ち味である吠えるような歌唱で始まり、
Cotton Timeの美しいバラードへつなぎます。
Friendsは意外なことに後半にあり8曲め。
最後はCotton Timeと同様、労働者階級を唱ったと思われるバラード、May be Tomorrow。

今聴いても素晴らしい完成度です。
ただNOKKOはライブになると音を外しまくっていた記憶があります。
またバラード調の曲をライブで歌うのも苦手。
そんなこともあってか大ヒットしたアルバムはこれを含めて2枚のみ。
Judy and Maryなど後進に大きな影響を与えただけに残念です。

この数年前にはアメリカでMadonnaがデビューしていて今も健在なのは、
持っていた野心の差なのかもしれません。
NOKKOにとっては作曲をしていた土橋と離れたのも痛かったか。

ぼくが今いちばん好きな曲はRaspberry Dream。
NOKKOのもうひとつの持ち味であるスキャットが存分に生かされています。

http://www.youtube.com/watch?v=3s-_svUk__8

2012年4月 4日 (水)

面白がる人たち

リリー・フランキーの歳が1コ上だと知って軽く衝撃を受けました。B014718523461411
老けて見えるなあ。それにしてもこの人の職業というのがよくわからない。

文筆業が主なのでしょうが、本人のキャラが立っていてそののらりくらりと
人生を面白がる人格が受けているように思います。

昔からこういう人はいました。
始祖はタモリ(1945年)や糸井重里(1948年)あたりでしょうか。カッコ内は生年。
この年代だと他に南伸坊(1947年)蛭子能収(1947年)渡辺和博(1950年)などと
まだ本業が明確な人が目立ちます。

年代が下がってバブルの頃となるとコラムニスト的な人が増えてきます。
泉麻人(1956年)神足裕司(1957年)山田五郎(1958年)みうらじゅん(1958年)
いとうせいこう(1961年)ナンシー関(1962年)。
バブル崩壊前になんとか駆け込んだのが西原理恵子(1964年)。
それからしばらくこの系譜は途絶えていて、リリー・フランキー(1963年)が
久しぶりに登場した感じ。

サブカルチャーに関わっていた人が多いですね。
今はオタク文化というものが台頭してきてサブカルチャーの定義も変容し、
それが人材を輩出しなくなっている遠因になっているのかもしれません。

写真は故、ナンシー関による消しゴム版画。

2012年4月 3日 (火)

クライン マントラプロ

米自転車メーカークラインが放ったMTBの異色作。1995年販売開始。B1m
クラインはその後、トレックに買収され、2009年を最後にブランド名も消滅しました。

ぼくがこの自転車を知ったのは、モーニングに不定期掲載されている
リーチマンという漫画を通じて。
独自規格で価格は高く、今では希少な名車という位置づけのようです。

かっこいいですが、とりわけ優れたデザインであるとは思いません。
しかし今のMTBはほとんどが変形ダイアモンド型で、
それが結局いちばん優れているのかもしれませんが、
もう少し遊び心がある製品があってもいいのではないかとは思います。

2012年4月 2日 (月)

合わない人、認めがたい人

社会生活を送っていると苦手な人に出会ったりしますよね。R0011063

ぼくの場合、敵意を見せる人、見下してくる人がだいたいあてはまりますが、
なぜだかうまくいかないという人もいたりします。

そういう時は無理に仲良くしようとせず、距離を置いたりスルーしたりします。
仕事がらみの場合は1、2年も経てば関係は切れるので、耐えることもありますが。

やっかいなのが建築関係。
たいがいの場合、建築家はひとよりも雑誌を中心としたメディアを通して、
作品に先に触れることが多いです。
写真は嘘をつくことが多いので要注意ではあるのですが、明らかにおかしい、
なぜ取り上げられているのか、認められているのか、で、調子に乗っているのか
まるっきりわからないというケースがしばしばあります。

なにせ生業なので情報を遮断するわけにもいきません。
また理屈がどうこうより美的感覚に直接訴えかけてくるので、その感情は峻烈です。

まだ駆け出しの頃は自分が認められればいいじゃないかと思ったりしていましたが、
雑誌編集者と仲違いしたあたりから待つことにスイッチしました。

どの建築家もいずれはメディアや社会から消えてゆく。
この20数年の経験則からすると、認めがたい人ほど消えるのが早い。
自分より年上の人であれば、ぼくより先に死ぬ可能性も高い。
だから待ちます。その分長生きして消えてくれるのを待っています。

2012年4月 1日 (日)

都心・春の桜ポタ

FCYCLE企画の花見ポタに参加してきました。R0011062
参加者は実に17名。この規模のオフは久しぶりです。
車種はポタ企画とあってブロンプトン3台など小径車が多かった。
次にランドナーか。女性参加者は5名。

今回はFCYCLE以外に雑誌関係の方3名も参加していました。
t編集長と、カメラマン、モデルのyさんで、随分と撮影していたので
今日のレポートは雑誌に掲載されるのかもしれません。

さて、朝7時に日比谷公園集合なので6:20くらいに家を出ました。
自転車は固定車。まだ眠く、気温も上がっていなくて寒かった。
しかし休日の朝に都心方面に自転車で向かうというのはおそらく初体験で新鮮でした。
アプローチでは他の自転車ともほとんど遭遇しませんでした。

井の頭通りから表参道、青山墓地、六本木経由でちょうど7時頃日比谷花壇到着。
メンバーが揃ってから円陣を組んで自己紹介をして、さて出発。
桜の名所をつないだルートをたどるわけですが、結果を先に言うと
まだほとんど咲いていませんでした。開花率数パーセントといったところ。
なので純粋な都心の緑地散策という感じになりました。

まずは内堀通りを左回り。北の丸公園を抜けて武道館へ。
靖国通りから千鳥ヶ渕。ここでは自転車を押してしばらく散策、歓談タイム。
再び内堀通りを国会正門前まで。そのまま日比谷公園へ戻るかと思いきや、
右折して国会議事堂を横目に見て溜池山王へ。今度は外堀通りを北上します。

赤坂見附の交差点を直進し、上智大学をぐるりとまわって四ッ谷。
迎賓館を左手に見ながら神宮外苑のイチョウ並木へ。
ここからちょっと予定変更が入って、青山霊園を縦走。

外苑東通りを少し戻ったあと赤坂通りに出ます。
山王下の交差点を右折して今度は行きに通った外堀通りを南下。
虎ノ門から桜田通りに出て、日比谷公園に帰着。思ったより長く走りました。

ここで9:40頃。20分ほど待って開店と同時に松本楼のテラス席へ。
この頃になると陽も高くなり、ぽかぽか陽気が気持ちいい。
名物のオムライスにもひかれましたが、週末限定のスペシャルメニューをセレクト。
コーヒーをつけて2000円になりましたが、牛肉とクリームコロッケが美味しかった。

ここで1時間ほど歓談して解散。
ぼくはtさん率いる東京西部桜巡り隊にまぜてもらい、5名で帰途につきました。
こちらはさらに裏道を使い、アップダウンに加え大きく南北に振られながら西進し、
代々木公園から玉川上水に入り、自宅近辺をかすめたところで離脱、13:00でした。

久しぶりの自転車でしたが、結構いい運動量となり、汗をかきました。
秋の紅葉の季節にも企画されるとのことで楽しみです。
その前に、今週末あたり桜が咲いたところでリベンジしようかしら。

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