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2012年9月 6日 (木)

日本人宿

過去、世界各国には日本人バックパッカーが集まる日本人宿なるものが点在していて、
旅の情報を交換したり、沈没したりしていました。

バラナシのクミコハウスについては前に書きました。
そこにあるように、内輪で固まる感じがぼくは苦手なところはありましたが、
たしかに便利は便利でした。
ぼくがまわったのはすべて1995年。

・ジュライ・ホテル/バンコク
例のごとく何の下調べもせずドンムアン空港からの列車に乗ったところ、
日本人男性とイタリア人女性のカップルと知り合いました。
旅の初日だったし、安全を考えご一緒させていただいたところ、
泊まることになったのがジュライでした。

他の日本人宿と違ってシングルorダブルルーム主体でドライな感じが気に入り、
以降、バンコクでの常宿となりました。

ただ、オーナーと警察がグルになっていて、
ホテルがあらかじめ麻薬を部屋のどこかに隠しておき、
警察に踏み込ませて旅行者を逮捕させる、という噂があり、
実際、ぼくが泊まっている時も夜中にいきなりドアをドンドンがちゃがちゃやられた経験があります。
内側からドアに南京錠をかけていたので難は逃れましたが。

ジュライはその後つぶれてしまった模様。

・ニャンダルワ・ロッジ/ナイロビ
ナイロビの日本人宿だとイクバル・ホテルが有名でしたがあえて外しました。
とはいえ、こちらも日本人は多かった様子。

ナイロビは近年、治安が急速に悪化していて、2つの宿とも今は危険地帯にあり、
ガイドブックには絶対侵入不可とあります。
今、google mapで確認するとイクバルはともかくニャンダルワは随分奥にあって、
よく何事もなく過ごせたなと思います。

ニャンダルワはとにかく水が出なかった。
郊外から水を引いているのですが、途中で水を泥棒する輩が多かったらしい。

イクバルもニャンダルワも今も地図には載っていますが、日本人宿ではなくなった模様。
ニャンダルワでは盗難が多発したらしい。
そういえばドアとかもまともに閉まらなかった記憶があります。

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