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2013年2月

2013年2月28日 (木)

嫉妬

男性は同業者に嫉妬するものらしい。
確かにぼくは異性関係などでは全く嫉妬しませんが、建築家に関しては例外です。

ただ、本当に認める作品に対しては批判しません。無条件に褒めます。
一方自分の評価と世間の評価にギャップがある場合=過度に評価されている
と認識した場合に怒りのようなものが湧いてくる、という意味では
むしろ義侠心のような色合いが強いのかもしれません。

まあ、自分の感性を絶対だとし、社会にそれにならわしたいという
感情自体に無理がありますが、ものづくりする人間にはそれくらいの自尊心はありがちです。

で、今怒っているのは本日発売の建築家の本。
分厚い作品集を出し、コンペに勝ち、世界中にプロジェクトがあり一流大学の教授、
メディアにもよく取り上げられる建築家はまだ満足していないようで、
ぼくは過去にこんな苦労をしたのだと同情までひいている様子。

編集者は後記でこの建築家を天才だと評価していますが、
自分を天才だと思わせる天才ですね。決してものづくりの天才ではない。
おそらく周囲の建築家もそれをわかっていて放置しているのであって、
どこまで欲張りなんだ、という感じです。嫉妬ですかね?

2013年2月27日 (水)

東京の真ん中

東京には無数のスターバックスがあり、内装は基本、統一されていますが、
六本木のミッドタウンのスタバに入った時は、ここが東京の真ん中だと感じました。

真ん中と言ってもいろんな尺度があり、経済、文化活動、商業、交通、地形など、
総合的に見て、今はミッドタウンがいちばん場のポテンシャルが高いと思います。
ただこれは時間軸でも変化するもので、数年後にはもう異なっているかもしれません。

ちなみに一昔前の設計事務所は山手線の内側にあるのが不文律のようでしたが、
たしかシーラカンスが神泉に事務所を構えたあたりから崩れてきて、
今は横浜が設計事務所の第2の拠点となりつつあるようです。

2013年2月26日 (火)

急行停車駅2

昨日の続きです。

現横浜市青葉区近辺には鶴見川と恩田川が流れていて、その周辺は一面の田んぼ。
田園都市線の駅だと市ケ尾と田奈の近辺。
それ以外は急峻な斜面の林でした。いわゆる里山です。

たまプラーザのあたりは高台が続くので開発しやすかったと思いますが、
青葉台のあたりはそれこそ山だらけで、造成するのにものすごい手間がかかっています。

一例として、ぼくが通った中学校は山頂部分に1975年頃、つくられましたが、
グラウンドの平地をとるために山を大きく切り通してしまいました。
それまで山の上が通学路だったのでかなりびっくりした出来事です。

駅前の3棟の高層アパートも田園都市線開通後に建設されたもので、
それ以前には線路の高架下に東急ストアが入っていたのを覚えています。

そんな青葉台をなぜ急行停車駅にしたのか。
もう、用地取得費用が安かったとくらいしか理由を見つけることができません。
ただ小学校の隣に内井昭蔵さんによる桜台コートビレッジがあったので
実験都市的な位置づけがあったのかもしれません。

2013年2月25日 (月)

急行停車駅

これについてはkさんが詳しそうですが、個人的に感じたことを。

近年の鉄道ダイヤの傾向としては、急行運転の増設があげられると思います。
首都圏で最初に手をつけたのがJRで、それが湘南新宿ライン。
田園都市線の地下区間に快速運転が導入され、
しばらくしてから東横線に特急が、小田急線に快速急行が新設されました。

もともとは鉄道会社が開発した沿線住民のための路線が、
住民数が安定し、各社が郊外からのアクセスのよさを競うようになり、
トータルでかかる時間を削るようになったのだと思います。

しかし開業当時の急行停車駅というのはどういった基準で決められたのだろうか。
田園都市線で言えば、たまプラーザとか青葉台とか。
ともに、もとからさしたる街があったわけではありません。
東急が意図的に優先開発を進めたわけですが、
地勢的に見ると主要な南北方向の道路は市ケ尾近辺を通っているので不思議です。

小田急の向ケ丘遊園とか東横線の学芸大学とかもなぜ急行が停まったのでしょう。
前者は理由を聞いたような覚えはあるのですが、忘れてしまいました。

2013年2月24日 (日)

パンプトラックでスキルトレーニング

MTBにうまく乗れるようになりたいと思いWeb検索をかけたところ、Rimg0190_1
マニュアル(ウィリー)やスタンディングが基本らしい。

しかしこうした時に求められるバランス感覚が乏しいと自認するぼくには
厳しい現実で、軽い挫折でありました。

そんなとき、GIRAFFE主催でMTBの基礎練習を行うとのこと。
パンプトラックを使った体重移動のトレーニングとのことで
それならできるかもしれないと参加を決めました。

場所は千葉にあり、本来はBMXのコースなのかな?
小さな周回コースになっていて、そこに大小コブと穴が連なっています。

やることはひとつ、漕がないで体重移動だけでコースをまわること。
本来スピード減の要因となるコブを使って加速をしようということです。
とても単純なことなのですが難しい。

後輪が山を越えたタイミングでBBを踏み込むのですがタイミングがわからない。
やっていくうちに深いギャップではなんとなくわかったような気はしましたが、
最初の細かなギャップとなると速すぎて意識がついていかない。

仕方なく見よう見まねでできること、腰を後に落としてアプローチし、
とりあえずはハンドルを押えることに意識を集中する。
するとまあできたようなできていないような、くらいな感じにはなりました。

ただ、ここで集中しきってしまうと後半の大きなギャップをクリアする脚力が残りません。
結局最後まで納得できる周回というのはありませんでした。
やっぱ難しいなあ。道のりは長い。

や、でも楽しかったです。普段なかなかこういう体験はできません。
企画及び参加の皆様ありがとうございました。
また遊んでやってください。

2013年2月23日 (土)

初2トレ

ここのところずっと奥多摩の湯久保尾根を狙っていたのですが、Rimg0180_1
山頂付近は以前の雪が凍って残っていて簡易アイゼン推奨のまま。

あきらめて低山に行ってきました。まだ行ったことのなかった2トレ。
先日購入した秘蔵版MTBツーリングブックに3本のルートが掲載されていて、
それをうまくまわるGPSデータを入手することができました。

9:00青梅駅発
輪行して北側からアプローチすることにしました。コース1を上ります。
路面は中央がえぐれていて落葉が積もっており、走りづらい。
いったん勾配が緩くなったあと、またきつくなります。
このあたりも大きな石がごろごろしていてしんどいです。
たぶんこのコースは下った方が楽しい。

9:40旧峠
ここまで標高差200mほど。MTBerが脇道からひょっこり出てきました。
コース1はそのまま南下していますが、新道の峠に直行する道があります。
新道は切り通しになっているので、渡るのに急坂を押し下げ+押し上げ。

9:50コース2、3起点
押し上げが終わると左右に分岐があり右がコース2、左がコース3。
ここからコース2をピストンします。
ぐっと下りてから勾配は緩やかになり、再びぐっと急になります。
が、この部分でミスコース。何本もの倒木で行き止まりになっていました。
正しいルートはぐっと下がるところにある分岐の少し手前を右に入ります。
これはとてもわかりづらい。

10:30霊園駐車場
徐々に景色が開けてきて、道はダブルトラックにかわり、路面も良くなります。
最後は民家?の横を抜けて霊園の駐車場に出ます。自販機あり。
ただあまり落ち着ける雰囲気ではないので、10分ほど休憩して来た道を上ります。
が、これが結構な激坂でシングルトラックに戻るまでがしんどかった。

11:15コース2、3分岐
ここまで標高差175mほど。分岐を少しコース3に入ったところで3名のMTBerと遭遇。
速そうだったので先に行ってもらいました。ここまで他に4、5名のMTBerを見かけました。
コース3ではハイカーとトレイルランナーにも遭遇。気をつけましょう。

コース3は基本下り基調の尾根道ですが、ガッと下ってその勢いで上るの繰り返し。
脇道が幾つも見られますが、白い表札に沿っていけば迷うことはないです。
ところどころで路面の養生がされていました。おそらく地元のMTBerさんによるもの。
それだけこの東西に延びるコース3はメジャーなのでしょう。

機動隊のモニュメントのあるあたりで起伏はいったんおさまりますが、
右手にフェンスが出て来たあたりからはさらに急なアップダウンが。
特に最後の下りはきつくてさすがにサドルを下げてクリアしました。

12:00下山
フェンスから離れたあたりで峠。ここから北上するのが正解ですが分岐を見落としてしまい
南に大きく迂回した上、最後に階段が出て来てしまいました。あらら。

多摩川を渡ったところでそば屋発見。ちょうど昼だったので入ります。
が、結構混んでいました。失敗したかなと思いましたが頼んだ天ざるの天ぷらを食べて感動。
いや美味しかった。久しぶりにまともなものを食べたような気がしました。
そばもみずみずしくてなかなか良し。

13:00再スタート
帰路は自走です。基本、玉川上水沿いを考えていましたがミスコースあり。
拝島のあたりでようやく正規コースに入れました。
今回は五日市街道も随時取り入れましたが、道幅が狭くて走りづらい。

15:30帰着
2トレは6トレを延ばしたような感想を持ちました。乗車率はほぼ100%。
根が張った上りでは押しも入りましたが、山に比べれば楽です。
何よりちゃんと整備されているし。3時間たっぷり楽しめました。他のコースも走ってみたい。

・走行距離:62.3km
・獲得標高差:656m
・最高標高:363m

2013年2月22日 (金)

歯科通院終了

通院回数16回、期間にして2ヶ月ちょっと。長かった。

ひどい上顎洞炎の元を断つため、神経を抜いている銀歯を2つ撤去し、
再び根の治療を行ってから再度新しい銀歯を入れました。

片方の銀歯は比較的新しく、オーストラリア旅行のときに折れて入れたもの。
6年半の寿命でした。うーん、短命。

その他、上の前歯の歯茎との境目に2つ小さな虫歯があったので、
前歯すべてで施してあったセラミックの虫歯治療をすべてやりなおし。
それと口内全体の歯垢の除去。

いや、大工事でした。
ほとんどが上の歯の治療だったのは、おそらく食べ物がつまり易いから。
ぼくは表情筋に乏しく、口が下がった位置にあるのでそのせいではないかと思います。

2013年2月21日 (木)

陸前高田の「みんなの家」

建物に全く触れないのもどうかと思いますので、一応感想を。Rimg0166

設計:乾久美子、藤本壮介、平田晃久(コミッショナー:伊東豊雄)

プランがとても小さく、集会所等の機能を果たすのは現実的ではない。
むしろ「奇跡の一本松」のようなシンボル的な意味合いの方が大きいか。

工事段階の写真を見ていると、外壁下地のOSB合板を張った段階が最も強度がある。
これにサッシュ、鉄骨階段が取り付き、外壁、軒裏を白く塗ることで
平凡な東屋になってしまいました。

設計者のコメントを読んでいると、この最後の仕上げの段階において、
3人のイメージが共有され、意見の衝突がなくなったとのことですが
それは幻想だったのではなかろうか。

本当はみんなかすかな違和感を抱えていて、それを
和やかな雰囲気のなかで終わらすために抑えてしまったのではないかと推測します。

実際、今回の展示のチラシに使われた写真は上棟時のものですし。
冗談でも何でもなく、仕上げは藤森照信さんに依頼すれば良かったのに。

2013年2月20日 (水)

第13回ヴェネチア・ビエンナーレ国際建築展日本館帰国展

*第13回ヴェネチア・ビエンナーレ国際建築展日本館帰国展/ギャラリー間Rimg0169
 130323まで/11:00-18:00(19:00金)/日月祝休/無料

会場に入ると壁一面に引き延ばされた被災後の陸前高田のパノラマ写真が目に入ってきます。
それはガラスの外のテラスまで続いていて、カメラの視点が津波の高さであったという表記がある。

そこに存在したであろう無数の木造家屋は影も形もありません。
辛うじて残っているのは鉄筋コンクリート造と思われる幾つかの中層の建物だけですが、
よく見ると3階部分までは水没しています。ところによっては4階も。

ということはこの画角にあるエリアはほとんど水没したことになります。
建物に逃げ込んだひとはおそらくほとんど助からなかった。

上階の展示室では被災後の陸前高田を写真家の畠山直哉が撮影したスライドが流れています。
そこではありとあらゆるものが原形をとどめないほど変形してぐちゃぐちゃになっている。
にわかには信じられないほどの自然災害の猛威がそこにありました。

畠山氏は報道カメラマンではありません。くくりとしては美術家でしょう。
その彼がなぜ陸前高田を撮ったかというと、そこが彼の故郷だったから。
そして実家が被災して、母親を失ってしまったから。
それゆえ覚悟、もしくは使命感のようなものもあったのかもしれません。

そんな彼から見て、今回の建築プロジェクトはどう映ったのだろう。
ゲーム?かたち遊び?そんなところではないのか。

むしろ住民側の窓口になった菅原さんが決めた立地の方が意味が大きかったかもしれません。
それはパノラマ写真の奥、山裾の平地にあり、被災エリアです。
計画開始時、当然のようにまわりには建物は何もありません。
避難した住民も戻るか移転するか迷っていたと思います。

そんな状況で、菅原さんは私は住む、戻ると拠点をつくりました。
これはこれから始まる復興、街づくりの大きな起点になるかもしれません。

被災地では震災から2年が経とうとしている今でもおそらく混乱し、停滞が続いています。
まずは大量の瓦礫を撤去し、処分する一方で土地を捜して仮設住宅をつくるだけでも
いっぱいいっぱいだったろうと思います。費用拠出の問題もあるし。

さらにこれから先、区画整理の話などになると権利の問題が発生します。
土地所有者が亡くなったケースが多いと思われるので交渉は難航するでしょう。
そこで必要とされるのは建築家などではなく、行政のマンパワーです。
人手も必要だし、多くの独断を含めたリーダーシップも求められます。

しかし残念ながら現状としては全く不足していて、出向した人材から自殺者が出てきてしまっています。
ひとつの建築をつくって万歳三唱したり、ビエンナーレで賞をとって
この喜びを陸前高田のひとと分かち合いたいなどと言っている場合ではないでしょう。

ここに、建築は、可能か=ここに将来的に住むことは果たして現実的だろうか?であるなら
それは被災者ひとりひとりが判断しなければならないことで、今だ結論が出る見通しはたっていません。

2013年2月19日 (火)

雑誌

この1ヶ月間、自転車関連の雑誌の刊行を注視してみましたが、
毎月20日に発売される4誌、サイクルスポーツ、バイシクルクラブ、ファンライド、バイシクルナビ
以外では自転車日和とバイシクルプラスの2誌しか発行されませんでした。
バイシクルプラスは発行元がバイシクルクラブと同じなので実質的に、
定期刊行される4誌以外はほとんど淘汰されたと言っても良いかもしれません。

これは言い換えると、従来からの自転車趣味人は安泰なるも、
熱狂的なロードバイクブームは去ってしまったといったところでしょうか。
雑誌自身はそんなことを口にすると自分の首を絞めるばかりですから書きませんが。

雑誌が廃刊される最も大きな要因は広告収入の減少でしょう。
自転車が売れなくなる>会社、店の収支が厳しくなる>広告費を削る
>雑誌が薄くなる、廃刊する>寂れたイメージが湧いてくる>自転車が売れなくなる
という負のスパイラルを生んでブームは終焉してしまいます。

いったんブームが終わってしまうと再復活するのは至難の業です。
おそらくターゲットが1世代(20年くらい?)入れ替わらないとダメ。

なかなか難しい世界ですが、今はあらゆるものがブーム化し
いつ衰退するかもわからない世の中になってしまいました。
非正規雇用の割合が増加しているのもこうした背景があるからなのかもしれません。

さて一方で建築、住宅雑誌。バブル崩壊のあおりを受けて広告収入が激減し、
1990年代後半から2000年台前半にかけて次々と廃刊に追い込まれました。
新建築誌も最盛期の半分ほどのページ数に減ってしまいました。

ただ、こちらにはもうひとつの衰退した要因があるように思います。
それは建築史という学問が終わってしまったということ。
世界を席巻した近代建築が批判され記号としての建築、ポストモダンが勃興したとき、
R.ヴェンチューリとP.アイゼンマンの初期作品によって建築の歴史は終止符を打たれました。

それ以降には世界共通の課題というものはなくなり、すべて個人での試みに分解していきました。
するともう建築というのは大きな論議になり得ない。

雑誌での論文が激減する一方で、一線の建築家が全国の大学で講師を始めました。
それによって優れた建築家の手法は受け継がれ若手のレベルは上がったようにも見えますが、
おそらくそれを理論的に説明することはできないのではないか。
ただ無意味に手法のみが増殖しているというのが現状でしょう。

建築雑誌も評価基準を見失い、SANAAによるルーヴル・ランスをこぞってトップに起用する有様。
個人的には成功作だとは思えません。
プリツカー賞受賞後の海外のビッグプロジェクトということで
国際的評価におもねっているだけのように感じます。

まあ自転車誌と同じでせっかくのブームに水をさしたくないというのはあるのでしょうが。

2013年2月18日 (月)

スラムドッグ$ミリオネア

遅ればせながらDVDで鑑賞しました。2008年のイギリス映画。61qdvd6gwcl

内容はインド版クイズ$ミリオネアで2000万ルピーを獲得した
ムンバイのスラム出身の18歳の青年が警察の取り調べで
その壮絶な過去を振り返るというもの。

映像は素晴らしくスピーディーで特にスラム街でのシーンはリアル。
主人公が子供のシーンではヒンディー語が使われていたのも好感持てました。
しかしストーリーとしては気になるところが幾つかありました。
120分の寸に納めるのにカットされたのかもしれませんが。

・拳銃を発明したのがコルトとか主人公がなぜ知っていたのか描かれていないことが多い。
・鬼警部が後半主人公が言うことを素直に信じるなどキャラが変わり過ぎ。
・子供を集めバクシーシを強要させる男の意図が不明。収入は少なく割に合わない。
・元手もないのにどうやって列車内販売の仕事を始められたのか。
・タージ・マハルで適当な英語ガイドをするが、まともな内容をコピった方が簡単だと思う。
・賞金を支払う番組関係者が主人公の優勝を手放しに喜ぶのはおかしい。
・主人公のふたりが結ばれるのが運命だというなら主人公の兄が死ぬのもそうなのか。

そしてインド映画っぽいハッピーエンドにも素直に納得できません。
インドはいまだにカーストが根強く残っていて主人公が金持ちになっても
幸せになれるとは限らない。そもそも2000万ルピーというのは3500万円程度であって、
8.3%とインフレの厳しいインドにあってはあっという間に価値を失っていく。
金があってもそれを使う頭がなければ詐欺に遭う可能性も高い。

だいたい日本においてもクイズ$ミリオネアは時代遅れの企画だった。
これが1980年代に放送されていれば違っていたのかもしれないが、
金と女性が成功者の鍵であって皆そこに憧れるという時代は終わりました。
今の世ではホリエモンのような不名誉な金持ちというのもいて忌み嫌われています。

主人公はその金でアメリカに移住して大学に通うのが良いと思います。
そこで初めて彼は人生を謳歌できる自由を感じることができるでしょう。

2013年2月17日 (日)

モンスタークロス

昨日blue lug上馬店に行って引きつけられたバイクがありました。Monster

写真のものが近いですが、ハンドルはluv handleでした。
カテゴリーとしてはモンスタークロスに入るようです。

細身のスチールフレームにカーボンリジッドフォーク。
ホイールは29er。ブレーキはVブレーキ。ギアはフロントシングル。

こんな構成であればそこそこ軽量化もできるのではないかと思います。
29erの走破性が言われるほど高いのであれば、山サイもイケるのではないかと。

2013年2月16日 (土)

ガエ・ハウス

今回のBRUTUSの住宅特集。Rimg0161

やはり情報収集能力ではCASA BRUTUSにはかなわず、
特に見に行きたい建物も載っていませんでしたが、
アトリエ・ワンのガエ・ハウスの所在地名と施主名がわかりました。

帰宅して施主のコラムをネットで読むと、最寄り駅よりの所要時間と
幹線道路とのおおよその位置関係が判明。Google Mapで特定しました。
で、早速今日、固定車で見に行ってきました。

結果から言うと、道路面のファサードはとてもいい。
操作がスティーブン・ホールのパクリっぽいですが、完成度は高いです。

しかし第2のファサードである南面はいただけない。
なぜ2階の屋根部分に勾配をつけずに垂直にしたのか。
屋根だか壁だかわからなくなっている上、頭でっかちなボリュームになっています。

内部に関しては図面もないので雑誌の写真でしか判断できませんが、
ジューシー・ハウスと同様、1階部分の位置づけがよくわからない。

アトリエ・ワンは初期の頃、半地下1階地上2階とすることで容積を稼ぎ、
その分建築面積を抑えて建物周囲に空地をとるという手法を多く使っていましたが、
結果的に3等分された平面がうまく納まっていないことがほとんどです。

同時期に同じ手法をとっていた佐藤光彦さんに比べると見劣りしてしまうのは残念。
立ち姿は魅力的なのですけどね。

2013年2月15日 (金)

今年のバレンタイン

GIOTTOのArt TartとChocolate Carolでした。Rimg0140
ありがたや。

体重は1kg減っていたけどチョコで微増。
これは仕方ないね。

2013年2月14日 (木)

ドレスよりハウス

女優の室井滋さんが変形狭小敷地に一戸建てを建てるまでのことをまとめた本が出ています。Muroi
「ドレスよりハウス 家を建てて一人前!」マガジンハウス刊

へ?室井さんというとRC打ち放しの豪邸を建て、その法規解釈をめぐって、
近隣住民とトラブルになったことは週刊誌にも載り、記憶に新しいところです。

この本はその目と鼻の先になる旧住居を取り上げているのですが1990年代の話。
なんでいまさら、というかんじです。今も住んでいるようではありますが。

この本では建物の写真も図面も一切掲載されていません。
設計者は豊島区のIさんとぼかしてありますが、おそらく泉幸甫さん。
しかし泉さんのHPに行っても画像検索をしてもこの家はヒットしません。

こういう本は建築家にとってはメリットがあるので普通実名を出しますが、
室井さんとの間に何かあったのか。
もしかしたら新居の方も泉さん設計で、近隣トラブルの件で関係が悪化したのかもしれません。
そういう意味で家づくりというのはこの本の内容以上に大変なものです。

さて、最近は施主目線で書かれた家づくり本が増えていますが、様相が変わってきています。
10数年前の「我輩は施主である」赤瀬川源平著や「9坪の家」萩原修著では、
建築家をひとりに決めて、じっくりと家づくりをしています。

一方最近刊行された上記本や前に取り上げた「ねじれた家、建てちゃいました。
建築家アトリエ・ワンとすすめた家建て日記」橋本愛子、永井大介著や
「体験的高齢者住宅建築作法」中原洋著では建築家の提案を断り、乗り換えるのを堂々と書いています。

アトリエ系建築家はハウスメーカーなどと違って施主の意向を読み取り、
最初からその裏側まで探ってベストな提案をしようとするので断られると結構堪えるものです。

その内心的ダメージは意外と大きい。
報酬を支払うひと自体が少数派だと思いますが。
お金を払ったから良いでしょうという話でもないのです。

正直な感想を言うと、最近の施主は辛抱が足らないなと思います。
ダメだと思ったら次へスイッチする。提案には膨大な労力がかけられていることなどイメージできないのでしょう。
それは一時流行った玩具、たまごっちで安易にリセットボタンを押す子供のようです。

ドレスよりハウスで断られた毛綱毅曠さんは2001年に早逝してしまいました。
体験的高齢者住宅建築作法で依頼された小川広次さんも2010年に亡くなっています。
なんというか、施主と建築家がお互いに不信感を持ってしまい
歩み寄らない、不幸な世の中になってしまったのかなと思います。

2013年2月13日 (水)

減量

昨年インドでお腹を破壊してから腸が弱くなったのか、
その後、軟便と便秘、時に下痢というパターンが多くなりました。

ただ原因は食の方にもあるのかもしれません。
間食と軽い飲酒がここのところ習慣化されています。

そんななかの一昨日、山に入るので予備の食料をたくさん購入し、
結局それをすべて食した上で夕食を外食。
ちょっと食べ過ぎたかなと就寝前に体重計に乗ってみると70kg弱!

67kg前後でちょっとメタボ気味だなと思っていたのがあっという間に3kg増。
これはまずいと昨日から間食、飲酒はストップしていますが今のところ数値に変化なし。

そしたら今日はまた軟便です。
まあ便秘よりは良いですが、それにしても調子が安定しません。
正露丸飲むとまた便秘になっちゃうしなあ。

2013年2月12日 (火)

房総トレイルライド

集合場所は上総湊。アクセスは比較的容易ですが朝の冷気が半端ない。Rimg0128
それでも駅に着く7時半頃には陽もさしてきてなんとか乗れそう。
輪行を解いてコンビニで買い出ししたあと集合場所の公園へ。

参加者は3名ほどなのかと思っていましたが、大型トランポで続々集合。
予定時刻の8時半に出発。先導は企画者であるsさん。
お年を召している方なのですが、この日のコースはハードでした。
標高250m程度の山3つを越えるのですが、随所に激坂あり。最後に担ぎあり。

20分ほど舗装路を走り山へアクセス。最初の上りは舗装路だっけ?
100mちょっと上って休憩。ここから50mくらい上がってからはダブルトラックのアップダウン。
途中で往復20分ほどのピストンが入りました。気持ちよく下って10時。

ふたつめの山は舗装上り。しかし後半はダートの激坂でした。
その手前の休憩で着替えていて出遅れ、どん尻になってしまったことで気持ちが切れ、押しが入りました。
山頂には10:40着。仮設の展望台がありました。天気がよければ富士山が見えるらしい。

ここからはかなり道幅が広く、凹凸のある下り系好みのダートダウンヒル。
ただ最後の方の日陰でどろどろのマッドなパートがあり自転車は泥だらけに。降りて11時。

3つめの上りも激坂でしたが舗装路だったのでこちらはなんとか乗車でクリアしました。
11時半に登山道入口到着。ここからはシングルトラック。10分ほど休憩して突入。
しかしこの道、あまり使われていないのか荒れているところが随所に見られます。
先日の雪で竹が倒れてきてしまっているところもありました。

途中で補給休憩してまったりしていると2人の猟師のひとが早く降りてこいと言う。
どういうことかよくわかりませんでしたが、犬を放したがっていた様子。猪猟?

山道はアップダウンを繰り返しながら徐々に下っていきますが、ぼくはここで2回落車。
最初は左ブレーキレバーを立ち木に引っ掛けて前へ投げ出される。
2回めは斜面で両輪滑らせて、2度ともふくらはぎに打撲を負いました。
骨は問題なく、自転車は無事だったのが不幸中の幸い。

この山道、最後の最後でぬかるんだ急斜面が出てきてクリアするのに苦労します。
降りたところで12時半。少し走ったところにある川辺で自転車の泥を落とします。
が、粘土質の泥のせいか思ったようには落ちませんでした。川のなかを走る猛者数名。
駐車場に帰着したところで13時。

ここで車に分乗して昼食場所に向かいますが、長蛇の列を見て断念。
上総湊近くの食堂に入ります。しかしここも混んでいた。
サバ煮込み定食を頼むも冷めたものが出てきてがっかり。
サバ焼き定食にすれば良かったな。

と、もう2時半近くになっていたので先に離脱して上総湊から輪行。
しかし次の電車は1時間後というのに愕然。
土産物屋のひとつもなく、冷え込んでくるなかをひたすら待ちました。
でもそのあとはスムースに接続してなんとか6時半には帰着。
ご同行の皆様、ありがとうございました。

2013年2月11日 (月)

房総より帰着

GIRAFFEさん主催のMTBライドに参加してきました。Rimg0133
参加者数、13名。健脚揃い。
場所は南房総。ダブルトラックはもちろんシングルトラックもありました。

楽しかったです。
でもさすがに3つも山越えるとばてました。激坂だらけだったし。
詳細はまた明日。

・走行距離:32.3km
・獲得標高差:962m
・最高標高:279m

2013年2月10日 (日)

PCからスマホへ?

このところwifi環境が整備され、スマホが急速に普及しています。
連れ合いは既に使っていて、自宅の無線LANはほとんど使わなくなりました。

ぼくの方はいまだに携帯電話すら所持しておらず、Yahoo!BBでLAN接続しているのですが、
PCが古く最新のネット環境についていけなくなってきています。

で、ふと思ったのですが、Yahoo!BBのADSLを解約して電話回線はもとに戻し
浮いたお金+αで携帯電話に加入+スマホを購入して、ネット閲覧はスマホで、
HP整備、アップロードなど細かな作業はスマホをPCに接続して行う、というのはできるか?

うーん、でもYahoo!BB解約するとHPとメールのアドレスがかわってしまうから面倒か。
なら逆に、スマホだけ購入して通話のみの契約をして、webはスマホをPCに接続して閲覧するとか。

要はストレスのないネット閲覧と携帯電話番号をローコストで入手したいのですが、
何かいい方法はないでしょうか?

--
前者はテザリングというのか。iPhone5から使えるようですね。
HPはレンタルサーバで解決するのか。ブログの移行がめんどいが。

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WiMAXなら制限ないのか。でも将来的にはどうなんだろう。

2013年2月 9日 (土)

超高層住宅

この前、東雲近辺を通りかかったとき多くの超高層住宅が建設されているのを見ました。

都心から近くて眺めもいいとニーズは多いようです。
地元としても既存住宅のない埋め立て地ゆえ景観に配慮する必要がないので、
高さ制限を取り払った特区とすることで超高層住宅を可能とし、
郊外の住民を呼び戻して地域活性化を図っています。
高層階であるほど高く売れるので、建物は競うように縦に伸びている。

しかしぼくは高所恐怖症ということもあって、こういうところに住もうとは思いません。
六本木ヒルズの展望台から住居棟を見下ろして、そこで生活することをイメージしただけでダメです。

また、超高層住宅はやはり想定外の災害に弱いと思います。
それが9.11であり3.11でもありました。

9.11では建物最下層もしくは中間層で悪意を持って火薬物を爆発させた場合、
上階の住民の避難経路が断たれるだけではなく、建物倒壊の恐れもあることがわかりました。

3.11では災害で電気が止まるという可能性が高いことがわかりました。
エレベーターが止まれば高層階の住民は身動きが取れなくなります。

また津波の恐れもあります。一般に建物は津波の力までは計算して設計されていません。

津波があった場合、原発がそうであったように補助動力装置にもダメージを与えます。
たとえ自家発電システムがあったとしても機能しない可能性は高い。

液状化という問題も発生しました。建物自体は影響を受けないかもしれませんが、
敷地内やその外では地盤沈下を起こす可能性があり、上下水道ガスなどの配管が破断されるかもしれません。

そしていまだに答えが見つかっていない長周期地震動。
実際に首都直下地震が起こった場合、超高層にどんな応力がかかるかわかっていない部分は多い。
阪神淡路大震災では芦屋浜シーサイドタウンが倒壊は逃れるも鉄骨柱が破断しました。

高い所を好むという人間の本能は、自然地形を指す場合理にかなっています。
一般に高所の方が地盤がしっかりしているし、洪水などの恐れもない。
しかし低地に建つ高層住宅にはそれはあてはまりません。

本能のまま動かずにちょっと考えてみてほしいところです。

2013年2月 8日 (金)

荒野好き

リチャード・ロングという美術家がいます。Long

彼の作品は、ただひたすら世界各地の荒野を歩いて、場所を決め、
周囲の石や木枝などを集めて円形もしくは直線状に並べることで作品とし、
写真を撮って、歩いて立ち去る。作品は誰の目にも触れられることなく風化していく。
間や諸行無常を地でいくような作品は日本的な感じを受けます。

ぼくはその作品はもちろん、製作過程にも強いあこがれを感じます。
荒野の単独行。近くに人家などないでしょうから、一種の冒険です。

いいなあ。ぼくはひとりでいることは不安でも寂しくもありません。
単独行はアクシデントがあると命が脅かされますが、
そうなったら潔く死を受け入れてしまうような気がしています。

2013年2月 7日 (木)

木材会館

先日見た2時間ドラマで、建築家のオフィスと言う設定でロケされた建物。Rimg0105
存在は知っていましたが、こんなかっこ良かったっけ?
壁にさし色のようなものが入っていてお洒落なイメージでした。

で、実際のところはどうなのか、実物を見に行きました。場所は新木場。
駅前すぐのところにあります。あれ?イメージより小さいなあ。
近寄ってみると、ん?木材が使われているはずですが、全体の印象はグレー。
コルビュジェによるチャンディガールの庁舎のような感じです。

理由はすぐわかりました。まず立地。既存建物の北側に建てているので日が当たらず、
せっかくの掘りの深いファサードが生きていない。
もうひとつは木材の劣化。檜材を使っているそうですが、太陽光や雨水には勝てず
退色してしまっています。これは外部に木材を使う際の最大の問題なので解決してほしかった。
さし色だと思っていた部分はバルコニーの壁面で、退色を逃れているというだけのことでした。

建物を詳細に見ていくと、基本はRC造打ち放しで型枠に杉板を使ったり、
表面処理された亜鉛に合わせてダークグレーに塗られたりしていて、
木材はそのバルコニー先端を飾るだけに用いられています。
EVシャフトと階段ではもっと露骨に、カーテンウォールの上に檜材でパターンを描いただけ。

プランニングも十分練られているとは感じられず、小手先のデザインであると思いました。
たしかに異種マテリアルの取り合わせや1階階段周りのディテールなどは美しい。でもそれだけです。
建物の裏側にまわってみれば、その中途半端さがよく理解できるでしょう。残念。

この日、他に見たもの。
・新歌舞伎座:高層部分の一部をガラス張りにしている理由がどうしてもわからない。
・CODAN東雲:周囲を超高層住宅に囲まれ環境悪化。スラム化しないか心配。

2013年2月 6日 (水)

昨日一昨日

今日が雪予報だったのでヤマレコで金比羅尾根を検索してみると、
先日の雪は残るも轍は溶けているっぽい感じだったので、
一昨日の晩、急遽湯久保尾根行きを決定。輪行、パッケージを済ませました。

が、翌朝起きてみると身体の方が今日は休めと言っている。
この2ヶ月くらいいろんなことがあって精神的に疲弊していたので、
山で気分転換をと思っていましたが、そんな力も残っていないようで結局DNS。

一方、SDA王滝の方はエントリーを済ませ、宿の方は周囲の動向をうかがっていました。
そんななかYouTubeで過去の42kmの映像を検索。
スタートに4、5分かかっていましたが、計測開始はチップ式のようです。
ならば後方に並んでも問題ない。飛ばす気もないのでむしろその方がいいかもしれません。

ということで7時のスタートぎりぎりまで滞在できる滝越の宿に予約を入れました。
ひとりでの予約だったので大丈夫かなと思いましたが受けてはもらえました。
宿名は三浦屋です。42kmに参加される方はいかがでしょう。

この予約をしたあとにyさんのブログで常宿を教えていただきました。
大又山荘。Webにはイベント専用の窓口がありました。次?はここにしようか。

それにしてもYouTubeで見る限りは42kmのコースはそんなにガレていない。
100kmのコースよりマイルドだということはあるのだろうか?
おそらく問題は雨。当日雨は最悪だし、ぬかるみや水たまりでも苦労しそうです。

2013年2月 5日 (火)

団地の給水塔

この前のライドの帰りに偶然通りかかった団地、多摩川住宅の給水塔です。Rimg0093
その造形の素晴らしさに思わず立ち止まり、撮影しました。
帰宅してネットで検索すると、給水塔萠えの方々にも有名なものらしい。

海外での計画案はコルビュジェなどの1920年代あたりから存在しますが、
日本の団地、郊外型大規模集合住宅は日本住宅公団のリードによって
戦後、1955年から建設が始まっています。

時代はモダニズム。形態は機能に従う。装飾は罪悪である。
団地そのものはその命題に乗っ取って計画されましたが、
給水塔というのは一定の規模が必要にも関わらず、機能というのは少ない。

具体的にはタンク、ポンプとそれをつなぐ配管とメンテナンス用ステップ程度。
ボリュームとしては頭でっかちになりがちです。
真面目なモダニストはこれを逆円錐と円筒の組み合わせで解決しています。
それがデザインの恣意性を消す最もスマートな方法だったのでしょう。

もうちょっと進んで、神戸ポートタワーやせんだいメディアテークで使われている
双曲面構造を用いたひとも現れました。
多摩川住宅の給水塔はそれに似ていますが、印象は全く異なります。

それは同サイズの円錐を片方を逆さまにして上下に組み合わされています。
構造的には横応力が屈曲部に集中するのであまり合理的とは言えない。
一方でその存在感は強烈です。

その印象はどこからくるのかと言うと対称性です。
プランが円形で全方向に対して同じである上、垂直方向にも対称。
これにより造形が前面に出てきて機能や重力といったものが後退し、
ひとつのオブジェクトとなって、呪術的イメージをまとっている。

球体などこうしたシンボリックな造形はむしろ旧東欧圏にて見られるものでした。
それは来るべき国家の未来像の象徴だったのか。
それが旧西側の日本の団地に5本も立ったものだから違和感ありあり。

個人的には好きなのですけどね。

2013年2月 4日 (月)

代田の町家の危機

梅が丘にある坂本一成さんによる代田の町家が取り壊しの危機にあるそうです。Photo4817

今売りに出されていて、買い手がなければ壊されるとのこと。
ネットで検索すると昨年の五月に訪れた方がいて、
施主さんもご健在で建物も気に入っている様子なのですがいったい何があったのか。

・所在地:世田谷区代田3-46
・竣工:1976年
・敷地面積:132.78m2
・延床面積:127.88m2
・構造規模:木造2階建て

坂本さんの作品はクオリティにばらつきはありますが、
この代田の町家とHOUSE F(1988年)は1、2を争う傑作だと思います。
ぼくが実物を最初に見た時は、アート作品のようなクールさを感じました。

代田の町家の頃はアメリカの建築家、R.ヴェンチューリの影響が色濃く見えますが、
この家ではそれを日本のボキャブラリーで完璧に翻訳しています。

去年の写真を見る限り、建物はまだ十分に使えるレベルにあります。
同時期に竣工した伊東豊雄さんによる中野本町の家は取り壊されてしまいましたが、
そろそろ戦後に建てられた住宅の保存を考えてもいい時期ではなかろうか。
スカイハウス、塔の家、上原通りの家、住吉の長屋…。

欧米の建築では住宅であっても重要な作品は入場料を取ってきちんと保全しています。
わずかに江戸東京たてもの園への移築くらいしか取り組みのない日本はいかに遅れているか。
こういうケースがあるたび、実感します。

2013年2月 3日 (日)

今年のイベント参加

もともとレース指向ではないぼくは、周囲が参加するから、
また、下りの景色を楽しみにヒルクライムに参加してきましたが、
参加者が減り、景色にも飽きてきた今年はおそらく参加しないでしょう。

一応、草津(4/21)富士(6/2)乗鞍(9/1)と日程は確認しましたが、
どれも連れ合いのスケジュールとうまくかみ合いません。
誘われたら乗鞍(3/8-エントリー)くらいかな。

ヒルクライムではありませんがエロイカ・ジャパン(5/19)なるものが今年はある様子。
クラシックな自転車でダート走行するイタリアのイベントの日本版ですが
どうもネーミングからクレームがついたようでL'英雄という名前になるらしい。ださ。

準備の方も遅れているらしく、河口湖で開催されるようですがダートなんてあるのか?
なんかいつもの濃いメンツによる自転車自慢に終わりそうな予感。
だいたいスケジュールが連れ合いの誕生祝いと重なっているし、
ちょっと興味は引かれましたが、これはないかな。

で、本命がSDA王滝(5/26)です。5月と9月に開催されますが9月は暑さがきついでしょう。
短い42kmであればHTバイクでも何とかなるのではなかろうか。
問題はアクセスでしたが、木曽福島から自走しても20km、標高差300mくらいらしい。
ならば宿だけ確保できれば単独でも参加できます。

震災後、富士見が開催されなくなって、実質的に唯一のMTBイベントなった王滝。
随分とハードらしいですが、まだ体力があるうちにトライしてみたいです。

2013年2月 2日 (土)

石かわ

連れ合いとのおつきあい記念日(9年)で神楽坂の石かわに行ってきました。

今回の店のセレクトは連れ合いによるもの。
記念日はたいがいフレンチだったので、日本料理店というのはめずらしく、
過去でもセルリアンタワーの梢くらいしか記憶にありません。

予約がとりづらく、金曜の8時からということでなんとか確保。
行ってみると、6席あるカウンターに通されました。
基本はお弟子さんが作業しているのですが、料理長も頻繁に顔を出します。

そこには徒弟制にありがちな緊張感が漂っていて、写真を撮るのもはばかれるような雰囲気。
品数は結構あり、お腹いっぱいになりましたがくつろげる時間はなく、
1時間半で店を後にしました。うーんどうなんだろ、これは。

でも日本料理というと旅先の旅館でくらいしか食べる機会はありませんが、
文句なしに美味しかった。まず熱々で出てくるのが旅館ではありえず、嬉しい。
味付けは最小限で素材の力を引き出していて、その素材もとても新鮮。
驚きはありませんでしたが、自分では絶対につくれない力量は感じました。

炊き込みご飯の残りはおにぎりにして持たせてもらえます。
最後は料理長と女将さんに見送ってもらえました。
記念日にはどうかと思いますが、いい店ではあります。

2013年2月 1日 (金)

また行くか?

例の里山へ。もう今期5度目になります。Rimg0084

前回のライドで発生した異音。いじったところはサドルとシートクランプしかないので、
増し締めしましたが、解決したのか、激坂のない近所では確認できません。
そういえば明日洗濯の日だから今日走れば手間が省ける、ということでGO。

アプローチ坂を上り、交差点を右折して周回コースへ。
途中、神社への接続を確認。畑のなかに薄く轍の跡が残っていました。

ぐるっとまわってドラゴン坂。ひとはいないがなぜかママチャリが停まってました。
面倒はごめんなのでささっとチャレンジ。
1回めでギア間違えて失敗したあと、2回めでスムースにクリア。
コンディションが良ければ直線なら問題なしか。

スーパーDHを下りてサスケ坂1stへ。ここまで異音なしでほっとする。
サスケ坂2ndは3回トライするも根っこをクリアするイメージが持てない。
その前のコーナーでバランスを崩しているのも良くないのだろうな。

そのサスケ坂、最初に訪れたのは昨年末。そのときは道は落葉で埋まり広場はすすきだらけでした。
それが先週にはきれいに撤去されていましたが、神社の方がメンテナンスしているのかな。
自転車のためではなくおそらく火災防止のためでしょうが、ありがたいことです。

ひとがいなくなったのを見計らって、まくられ坂を往復。ソロだとモチベーションが上がらない。
でも上りはきつかった。あとひと漕ぎ必要だったらクリアできないところでした。
サスケ坂を下ってコンビニで終了。最後に汗かきました。

少し時間があったので、山の逆側からアプローチして山の名前の由来となった石仏を見に行きます。
もうないかもしれないと思っていましたが、かろうじて残されていました。

戦後、何千という石をはるか東京の東からここまで運んだそうな。しかも急峻な崖地。
これは保存すべきでしょう。道路になんかしたら罰が当たる。

帰路はいつものようにふらふらと寄り道。何十回と参加した多摩川オフでは1度もコースを外れなかったのに。
今思えばルーティンワークになっていたのかな。自分のなかでは。

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