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2013年6月

2013年6月30日 (日)

区の検診

今年も健康診断の書類が送られてきました。

ある朝、いつものようにk医院へ向かうも扉に事情により閉院したとの札が。
ああ、先生ご高齢だったからなあと思い近所の別のy医院で予約をとりました。

で、金曜の朝、検診を受けてきたのですが、k先生は5月に亡くなったとのこと。
食事のときに倒れられてそのままだったそうな。合掌。奥様大丈夫かな。
でもおそらく80歳を越えての生涯現役だったことは素晴らしい。

一方今年からお世話になるy先生は、多摩川オフで何度かご一緒した方でした。
町内で何度かお見かけし、ご近所さんだとは思っていましたがお医者さんだったとは。
正直そういうイメージを持っていなかったのでびっくりしました。

いや、しかし人は意外なところでつながるものですね。

2013年6月29日 (土)

春夏ジャケット

京都旅行のときに着ていった春夏ジャケットの袖に虫食い発見。__tn_rimg00012
それと左袖口もすり切れてきていました。

このジャケット、20年ほど前に買ったキャサリン・ハムネット。
無難な紺のものでしたが、シルクが入った素材が気に入っていました。

しかしさすがに今回は買い替えを決断。
ちょうど昨日からセールが始まっていた新宿タカシマヤに行ってきました。

薄いジャケットは多く並べられていましたが麻のものなどはどうにもチープ。
かといって、普通の紺のジャケットだとフォーマルすぎます。

紳士服売り場をずーっと見て回って、試着してようやくこれだと思ったのが、
タケオ・キクチの濃紺の細い縦ストライプの入ったもの。
適度にかっちりしていてカジュアル。お値段2万5千円と手頃。

しかしまだまわっていない売り場があったので保留として店を出て、
なんとなく頭に引っかかっていた、Y-3ブランドの店を再訪。
ヨウジ・ヤマモトとアディダスがコラボしたブランドです。

ここでジャケットとカーディガンの中間みたいな黒のアウターを発見。
そのパイル地のだらっとしたシルエットにひかれました。
フォーマルな場ではどうかと思いましたが、結局これを購入。1万7千円なり。

振り返ってみると、ぼくはかっちりしたアウターも買うのですが、
なんとなく着るのがおっくうになり、結局だらっとしたものに流れてしまう。
その方が性分に合っているのでしょうね。
地の色が薄いものは汚れやすいというのも気にかかりました。

2013年6月28日 (金)

幾つ遺せば満足か

果たして建築家は幾つの作品を遺したら満足するだろう。
一発屋の建築家って結構いるけど、ぼくはそれでもいいように思います。
逆に数が少ない方が見る側が勝手に想像を膨らませ、神格化されやすい。

以下例。
安東勝男:早稲田大学理工学部新校舎
東孝光:塔の家
岩元禄:京都中央電話局西陣分局
大谷幸夫:国立京都国際会館
高崎正治:結晶のいろ
玉置順:トウフ
土浦亀城:土浦亀城邸
中尾寛:暗箱と鳥籠
村田豊:大阪万博フジグループパヴィリオン
林泰義:起爆空間
堀口捨己:紫烟荘
渡邊洋治:第3スカイビル

ま、でもある程度は話題にならないとダメですね。
紫烟荘、起爆空間、結晶のいろに関しては現物が失われているので、
まさに伝説と化しています。

2013年6月27日 (木)

京都旅行3日め

3日めは行程に余裕があるため8時半頃の遅いチェックアウト。Rimg0228

しかしこの日はあいにく朝から雨。
とりあえず京都駅のコインロッカーにキャリーバックを預けたあと、バスで西芳寺方面へ。

西芳寺は別名苔寺といわれる世界遺産です。連れ合いのたっての希望で、
事前に往復はがきで拝観の申込を済ませていました。
ぼくは桂離宮を見たかったのですが、こちらは募集開始と同時に定員に達する人気で断念。

西芳寺までは嵐山経由で50分ほどかかります。ただ運賃は安く270円。
13時という指定をされたので、それまで付近の寺院をまわって時間調整をします。

まずは竹の寺こと地蔵院へ。なんでも細川元首相とゆかりがあるらしい。
照明もない暗い座敷から見る雨の庭園は奇麗でした、が、それだけ。
500円でお茶菓子を食べられるとのことですが、もう拝観料で500円払っているし。

で、とっとと退散し次、鈴虫寺こと華厳寺へ。ここは茶菓子付きで500円。
しかも面白い説法を聞くことができます。まあお札、お守りのセールスなんですが。
1回めを聴いたのが途中からだったので、2回めも聴きました。
お話しされるのは別の方で、内容も微妙に違っていました。
2回目もちゃっかり茶菓子は頂きました。

鈴虫の鳴き声は部屋中に響いていましたが、正面のガラスケースのなかに
数千匹の鈴虫を飼っていて、室温調整をして1年中鳴かすことに成功したとのことです。すごいな。

庭園を見て回ってまだちょっと時間があったので、バス停前の茶店でぜんざいを頼みました。
内装はちょっとあれでしたが、意外とちゃんとしたものが出てきました。美味なり。

ようやく13時になり苔寺こと西芳寺の鉄の門が開きました。
が、すごい数の観光客でした。100人くらいいたのかな?
拝観料はなんと3000円です。すごいですね。

参拝者は本殿にずらりと並べられた机と座布団に通されます。
あぐらをかくスペースもないくらいぎちぎち。
そこでまずはお坊さんに合わせて般若心経を3回音読させられます。
紙に読みはふってあるのですが、速いので追いつくだけでも大変。

その後、読んだ般若心経の写経が待っています。
半紙に薄く印刷された字を筆でなぞればいいだけなのですが、
総文字数、なんと278文字!これはもうお坊さんがする修行ですね。
まあ一応、お願いごとも書くようにはなっているのですが。

で、ようやく苔むす庭園にご案内。苔にとっては雨は好条件。
が、どうしたことかあまり感情を揺さぶられません。
うーん、屋久島でもののけ姫の森とか見たことあるからかなあ。
写真の撮りかたもまた意外と難しかった。

この旅の最後の締めは錦市場にしました。
京の台所と呼ばれるアーケード街で鮮魚などが並びますが、
なかにはちょっとつまめるお菓子屋さんなどがあります。

ぼくらはおはぎ豆フ、豆乳ドーナツ、葛餅、じゃがポックルを練り物で包んだものなどを食べました。
どれも安くて美味しかったです。

京都旅行2日め

朝7時から朝食。周辺環境に期待できず、ホテルでとってみたのですがこれが正解。Rimg0141_1
ある程度選べる半ビュッフェとでもいうような形式。
しかし量は多いし身体にやさしそうだし、美味しいし文句なし。
翌朝も迷わずここにしました。昼食はいらなくなります。

この日最初に訪れたのはなぜか今まで見る機会がなかった原広司による京都駅ビル。1997年竣工。
まずホテルのある駅南面は何もしていない。というか駅から南は京都ではないような雰囲気。
そのおかげでいいホテルには巡り会えたのですが、こうなっている理由はわかりませんでした。

駅ビルには南北自由通路よりアプローチ。と、駅中央のガラス吹抜けが見えてきます。
コンコースは両脇を階段で囲われたこの時期の原さんにはめずらしい西洋風な空間。
磯崎新による東京都庁舎コンペ案のパースを想起しました。

エスカレーターを上っていくと展望台あり。この辺りが周辺ビルと同じ高さ。
ここからさらに大階段が12階の屋上まで続いています。
行ったのが平日の朝だったせいか、人は誰もいませんでしたが、
吹抜け各所にうまく場をつくっているとは感じました。

外にまわってみると、景観論争で言われるほど悪くはない。
ミラーガラスは写真に撮ると違和感を放ちますが、現地で見ると空の色を反射しているので、
周囲の空気にうまくとけ込んでいるのがわかります。
横方向を3分割して中央を下げたのもうまくいっています。

まあ、もともと京都駅前って無個性なビルの集合体だったわけで、
ここだけ和風にしてもね。黒川案にしなくて正解だったと思います。
一方、安藤案はゲート上部が避難経路とかを考えても使いづらくなりそう。
ぼくが推していたスターリング案は今となればもう平凡でしょうか。

さて次は奈良に向かうのですが、JRは列車が出たばかりだったので近鉄にまわります。
結局近鉄でも待つことになるのですが、もうひとつ難が。

急行電車は奈良直通のものがなく、途中で乗り換えることになるのですが、
これをぼくは終点での乗り換えだと勘違いして橿原神宮前まで行ってしまいました。
約1時間のロス。あらら。でも近鉄を選んだのは正解でした。理由は後述。

近鉄奈良駅前の観光案内所で奈良公園のマップをもらいます。
鹿はどこにいますか?と聞くと、この地図のどこにでもいるとのこと。

果たしてそれは正解でした。正しくはたくさんいる鹿せんべい屋さんの周りに普通に存在していました。
餌をあげないとわかるとフレンドリーではないですが、身体は触らせてくれて平和的関係。

ちょっと満足したところでまずは興福寺国宝館へ。目指すは阿修羅像。
果たしてそれは良い展示環境のなかにたたずんでおり、その安らかなる顔は
ツタンカーメンのマスクを想起させるものでした。この1体はやはり傑出しています。

次は春日大社方面にだいぶ歩いて鹿苑に。
ここには鹿の生まれて間もない母子が集められ、保護されています。
ただ柵の上から見るだけで、近づくことはできません。残念。

さて、ちょっと戻って東大寺。大仏で有名なところとあって修学旅行生がいっぱい。
ここの鹿は先程と違って雌が主体のようです。
南大門をくぐってまずは大仏殿へ。世界最大の木造建築と呼ばれることもあります。
しかし参拝料を払って正面から見たそれにはどこか既視感が。

去年、インドで見たタージ・マハルでした。厳格な左右対称、大規模、大勢の観光客…。
さすがにうるさいガイドはいませんでしたが、なんだかがっかりしてしまいました。
なかに入っても、空間や構造の力強さは感じられませんでした。

辛うじて救われたのは、帰りの南大門で木造金剛力士立像を見たとき。
運慶快慶作のこの巨大な像には迫力がありました。手前の網がなければもっと良かったのに。


ここで奈良公園を離れ、JR奈良駅方面へ進みます。Rimg0183
近鉄の駅は公園に隣接しているのですが、JR駅は15分も歩かないといけません。
しかもJR線は高架で、それをくぐると殺伐とした風景が広がっていました。

そのなかにぽつんとあるのが目的地である、なら100年会館です。
磯崎新の設計により1999年に竣工しました。
この計画はもともとはオープンコンペでぼくも提出し、
あえなく落選したわけですが、漆黒なマッスである磯崎案には共感していました。

それだけに、その後幾つもの決定的な設計変更があったと聞いて、
見たいような、見るのが怖いような感覚を持っていました。

果たして実物は第1印象は良かったです。磯崎さんの最後の花火が見られたかと。
が、動き回って視線を移動させていくと気になるところがだんだん出てきます。

内部は休館日とあって見ることはできませんでしたが、ガラスから覗き込むと大階段は縮小され、
エスカレータとの取り合いもうまくいっていない。
大階段の外壁上部には庇のようなものが回されていて違和感があるし、
なにより大階段上のガラス屋根の勾配が均一でないのが上から遠景で見るとおかしい。

まあ、このなかにはコンペ時からそうだったものもあるのですが、
デザインを詰めていく段階で修正してほしかったです。

ただそれ以前にこの敷地に多目的ホールを設定したのが間違いだったと思いますが。

帰りはJRで京都に戻りました。直通運転。
いったんホテルに戻ってから夕食をとりに出ます。

鴨川の納涼床の店を考えていましたが、あいにく定休日。
で、連れ合いの希望でフレンチになりました。市役所前駅近くのアターブルという店。
コスパは良かったですが、客は他に誰もいませんでした。

京都旅行1日め

連れ合いが仕事で京都に行くことになり、同行しての旅行。Rimg0098_2
京都に行くのはおそらく18年ぶりかと。

初日は京都駅八条口からホテルまで歩いて15時前くらいに到着。
天候は曇りだが、盆地のせいか蒸し暑い。

ホテルはネットで見つけたもので、学習塾の寮だったところをコンバージョンしたもの。
スペースにゆとりがあって、中庭やアート展示などもありました。
部屋も含め全体に今風のセンスでうまくまとめあげられている。

部屋は2階でテラス付き。これが広がり感があって良かった。
ビジネスホテル的に使うなら3階以上のテラスなしの部屋でもOKでしょう。
サービスもアメニティも文句なしです。ネットはロビーで使えました。

荷物を置いてまず向かったのは大谷幸夫による国立京都国際会館。地下鉄で1本。
1966年の作でコンペ段階で菊竹清訓案が話題を呼びましたが、いやいやこれもなかなかなもの。

会議場はその後、アネックス、イベントホールと増築されていますが、
やはり最初の本館がインパクトあり。何せ外回りは何から何まで小叩きの石で覆われている。
おそらくものすごい労力とお金がかかっています。

立面は6角形をモティーフにディテールまでがデザインされ、独自の日本的なるものを追求していて、
その結果、斜めの柱や壁が頻出しています。
しかし、メインラウンジを少し覗いた感じでは、意外と気持ちのいい空間となっているようでした。

しかしまあこれはやりすぎではある。
一応すべての造形に機能が付与されていますが、とっくにモダニズムの範疇から飛び出しています。
後年の菱形をモティーフとした東京武道館と何が違うのだろうか。
そう考えるとポストモダンのルーツとしてもこの建築は評価できそうな気がします。

次は道路を挟んで隣接するグランドプリンスホテル京都へ。
村野藤吾が基本設計をするも完成はその没後の1986年。

ドーナツ状のプランが同じ設計者によるザ・プリンス箱根(1978年)を想起させますが、
モティーフが似ているだけの全くの別物で幻滅しました。
石張りのアーチ壁基壇上部は芝生が植わっているようですが、なぜかアプローチできません。

夜はせっかくだからということで祇園に行ってみることに。
まずは石塀小路へ。昔ながらの街並が残っていて濡れた石がいい感じでした。
祇園の方も民家がすだれを下げたり道路際に緑を置いたりしていて雰囲気がいい。

食事は祇園くらしたという店。コスパで選んだだけあってテーブル席だし、
店員を呼ぶベルボタンがあったりしてなんだかなあ。9品の会席で5500円でした。

2013年6月26日 (水)

京都・奈良より帰着

とりあえず見たものリスト。Rimg0086_1

・6月24日
 国立京都国際会館
 イベントホール
 グランドプリンスホテル京都
 祇園、石塀小路

・6月25日
 京都駅ビル
 興福寺国宝館
 東大寺南大門
 東大寺大仏殿
 鹿苑
 なら100年会館

・6月26日
 地蔵院(竹の寺)
 華厳寺(鈴虫寺)
 西芳寺(苔寺)
 錦市場

宿泊:ホテルアンテルーム京都 テラスツインルーム
6800円/泊・人 朝食1000円

宿は当たりでした。お勧め。

2013年6月25日 (火)

キネシオロジーテープ

京都からの書き込みです。

今回、腰とひざではライド2日前から、首はライド後にキネシオロジーテープを貼り、
ライド後も2日間貼り続けてみました。

結果的には腰は装着感が薄く、今回は荷物を背負わなかったこともあり
効果は明確には感じられませんでした。

一方、膝は装着感が高く守られている感じがあり、最後まで痛みは出ませんでした。
ただ、はがした後すぐは不安なところもありました。

首は痛みが出たので応急処置的に書いてある通り、前面の首筋に沿って貼りましたが、
効いたのかは微妙なところ。痛みはたいがい背後の首筋に出るのでそっちに貼った方がいいのかも。

あまり日常で頼りすぎるのもどうかと思いますが、決戦には使えると思いました。

2013年6月24日 (月)

1都6県LSD2013

早くに目が覚めてしまい、することもなかったので、Dscn9406
5時半過ぎには家を出て6:10頃、集合地点の二子橋に着きました。

草地で寝転んでいると集合15分前辺りからメンバーが続々集結。
7時のスタート時には10名のパーティとなりました。

駒沢通り経由でまずは東京タワー見物。良くわからないゆるキャラを確認。
その後、和田倉門にて1名合流。水戸街道をスカイツリーに向かいます。
ここらは結構観光ポイントが増えて、身体にはやさしい。

金町のコンビニで補給して、40kmノンストップ補給なしの江戸川CRに入りますが
この日はなぜか南風ではなく東風が強く、難儀しました。
10:17-11:51なので平均速度は26.6km/hくらいだったか。

関宿城博物館で休憩したあと、利根川CR、渡良瀬川CRを経由して谷中湖へ。
今年のオプションとして道の駅きたかわべに向かう前に谷中湖を1周します。
それまで追い風で楽してきたせいか、思ったよりしんどかったです。

谷中湖ではトライアスロンの試合が行われていて、それと別に朝、気球事故があったそうで、
警官が規制線を張ったりして、物々しい雰囲気がありました。

道の駅では大根そばとソフトクリームを食しました。
手前にあるラーメン店より余程まし。1時間ほど休憩して出発は14:24。
ちょっと時間的に押してきたか。ここでtさんが離脱。

埼玉大橋を経由して、再度利根川CRに入ります。
ここはこのコースでいちばんしんどいところですが、今回は追い風で楽。
時に30km/hオーバーで巡航します。

行田のサイクリングセンターには15:20頃着。
nさんがかなり辛そうな感じ。結局高崎線で輪行離脱されました。

武蔵水路の辺りは左前からの向かい風。それは16:40頃荒川CRに入っても変わりませんでした。
それでもグループ走行をしている間はなんとか力が入りましたが、
17時過ぎに太郎衛門橋で離脱してソロになってからはペースががたっと落ちました。

左膝がテーピングのせいか痛みは出ないのですが、力が入らない感じ。
18時頃秋ヶ瀬公園に到着した時は結構ぼろぼろでした。

それでも20分ほど休むとだいぶ回復し、18:55と暗くなる寸前に笹目橋に到着できました。
あとは勝手知ったる道で帰宅したのは19:53頃。今まででいちばん早かったです。

2013年6月23日 (日)

1都6県LSDより帰着

FCYCLEのtさん企画の恒例のロングライドに参加してきました。1to6ken

今年も前年に続きYNUCCの大先輩であるnさんも参加され
総勢11名となりました。

今回の秘密兵器は膝と腰のキネシオロジーテープと、
主に首筋の日焼け止めです。

天気は強い日差しもなく、かといって雨に降られることもほとんどなく
なかなかいい条件でしたが、風が東風というのが例年と異なっていました。

詳細はまた明日に。

・走行距離:212km
・獲得標高差:649m(おそらく誤作動含む)
・最高標高:83m
・平均速度:23.0km/h(離脱前は23.9km/h)

2013年6月22日 (土)

スパムコメント

19日の記事のコメントで犯人探しのような展開になったところ
この日の記事にスパムコメントが100通ほど入りました。

モグラたたきのように消していたのですがきりがなく、
犯人探しには興味がないのでその部分のコメントを削除。
さらに最新のコメントリストを載せないようにしたら、
スパムは19日の記事からは離れたものの、過去の記事に広がっていきました。

こうなるともう消していくのも時間の無駄なので放置します。
ブログをご覧の方はくれぐれもスパムのリンクを踏まないように。
英語の短文のコメントがそれです。

2013年6月21日 (金)

高橋公子さん

ようやく高橋公子さんの経歴が明らかになりました。Rimg0079
彼女の師である池辺陽さんは建築メディアと度々摩擦を起こしていて、
愛弟子である高橋さんはその波をかぶってしまったのかもしれません。

1932年東京都世田谷区生まれ
1955年日本女子大学家政学部卒業、東京大学池辺研究室補佐官
1965年建築ユニット設計事務所設立
1987年日本女子大学家政学部教授
1997年死去

女性建築家でいうと女性建築家のパイオニア、林雅子さんが4つ上で同窓、
東大建築学科女性第1号の富田玲子さんは6つ下に当ります。

住宅の工業化を進めた池辺陽は1920年生まれ、広瀬鎌二は1922年生まれ。
海外ではジャン・プルーヴェは1901年生まれ。ピーター・スミッソンが1923年。
ケース・スタディ・ハウスのピエール・コーニッグが1925年生まれ。
皆、モダニズムが終わると同時にメディアから姿を消しました。

少し遅れてきた高橋公子さんの年代だとメタボリズムが盛んだった。
建築の工業化を都市レベルにまで拡大させるものでしたが理論で終わることが多く
建築はじきにフォルマリズムに回収されていき、ポストモダンに移行していきます。
高橋さんはこの波には乗らなかった。

その後、1977年のポンピドー・センターにて「ハイテク建築」が再発見されるまで
高橋さんは師の教えを愚直に守り、住宅をつくり続けました。その数25。
SD誌1985年1月号にて彼女は「いまハイテックと言われても」という小文を寄せています。
管の家を見に来た富田さんが「ハイテック」と言ったのを受けてのものです。

その富田さんは自邸でユニット住宅であるセキスイハイムM1を採用し、1972年に建てています。
なので、その言葉は一種の共感だったのかもしれませんが、
彼女は象設計集団にて風土性を重んじたポストモダン建築をつくっていて
その2面を器用に使い分け、建築メディアに受け入れられていった。
一方高橋さんはそれができなかった。師と同様に世渡りが下手だったのかもしれません。

「ハイテク」という分野が認知されたあとでも結局その作品は明確に評価されることなく、
高橋さんは65歳で亡くなってしまいました。「メディアの近くにいなきゃダメだ」と生前語っていたそうですが、
それは自らの軌跡を振り返って同じ轍は踏ませたくないという教育者としてのメッセージだったのでしょうか。

2013年6月20日 (木)

変奇館の真実

高橋公子さんに関する書物が届きました。Henkikan
詳細に渡る記述で、変奇館の真実も明かされています。

まず、変奇館の竣工時の写真をご覧ください。1969年竣工。
現代の感覚からするととてもモダンなデザインに映ります。
当時平行して設計が進んでいたIs邸やKi邸と比べても仮設性が薄まり
この写真を見る限りではCSHのような高級感さえ漂っています。

しかし山口瞳は反発した。「透け透けのガラス箱に入れられて堪るか!って」
いやあ妹島さんに聞かせたいです。こういう感覚のひともいるのですね。
変奇館という名前はこの外観に対して付けられたものでした。なんとも意外です。

「家の真ん中にある半地下の部屋が食堂」とは道路に沿った建物と写真奥に見える
道路から直角に延びる建物、平面で言うと変形したT字のプランの直線それぞれが
半層スキップしているということだけです。操作としては至ってシンプル。

これも受け入れがたいものだったようで、山口さんという方は意外と保守的です。
ただ2回見舞われた食堂棟の水没というのは事実だそうです。

建物は1978年に高橋さんの手で増築されています。それがほぼ現在の姿。
食堂棟の上は増築を見込んでいましたが、居間の上には考えていなかったので
支持材として玄関のコンクリート壁が打たれました。
上部のヴォールト屋根は道路への圧迫感を避けるためと記述していますが、
おそらくは施主の好みに合わせたのでしょう。そこには高橋さんらしい繊細さはありません。

さらに1996年に長年の雨漏りを解決すべく、ヴォールト部分以外の屋根すべてに
勾配屋根がかけられたことにより、ぼくらの眼からすれば変奇館はその名の通りの風貌となりました。
内部は4層のフロアがスキップしていて迷宮性は増していることでしょう。

結局は趣味趣向の合わない施主と建築家の不幸な出会いだったとまとめられそうです。

2013年6月19日 (水)

オークション詐欺

某誌編集長が自転車盗の被害に合い、ネットオークション詐欺にまで発展しています。

http://cyclo.exblog.jp/18990022/
http://cyclo.exblog.jp/18992836/
http://cyclo.exblog.jp/18996378/
http://cyclo.exblog.jp/19011054/

現地でターゲットの自転車を撮影し架空のオークションを立ち上げ、
終了したところで盗みに入り、盗品を落札者に渡すというもの。

おそらく架空名義もしくは他人名義でのIDでの出品なのでしょう。
犯行がバレる前に金だけ持ってとんずら。
が、手の込んだことをしている割に手口は雑でよくわからないところも。

オークション終了後に画像を削除すれば犯行の発覚を防げた、
もしくは遅らせることができたにもかかわらず、そうしていない。
結局、盗めなかった自転車もあり、それは詐欺としてすぐに発覚する。

だいたい元からとんずらするつもりなら、盗んで引き渡す必然性すらない。
オークションの質疑応答では暴言を吐いているし、
頭がいいんだか悪いんだかよくわからない犯行です。
その点で愉快犯である可能性もあるのではないかという印象を持ちました。

警察は刑事課が動いているようですが、これで解決できなかったら
Yahoo!JAPANという会社の危機管理意識を疑います。

オークションの出品にはプレミアム会員になる必要があり、
Yahoo!JAPANはそこから月額399円の会費を徴収しています。
そうしたシステムをとりながら本人確認が甘かったとしたら何のための会費かと。

2013年6月18日 (火)

変奇館

エッセイスト、故山口瞳氏のwikiの項目に以下のような記述があります。Henki1

 国立に移住する際、師と仰いだ高橋義孝の紹介による若手女性建築家に
 自宅の設計をまかせたところ、「コンクリート打ちっぱなし、家の真ん中にある
 半地下の部屋が食堂」という、非常にモダンで実験的な家ができあがった。
 山口自身は、和風な家が好みであったが、高橋との義理のため、このうちに
 我慢して住んだ。大雨の際に地下の食堂が浸水したり、晩年の足が不自由に
 なった際でも、食堂にいくため一々階段を下りなければならない等、
 「実験的な家」は住むには不自由な家であった。

氏は変奇館日常(1972)変奇館の春(1973)なる本を残していて、
変奇館なるネーミングは永井荷風の偏奇館をもじったものとか。
建物竣工はこの頃になるのでしょう。

で、国立に変奇館を見に行ってきました。ぱっと見の第一印象は無骨というもの。
RC造と鉄骨造の混構造という点では後年の作品と共通していますが、
むき出しの鉄骨が重量鉄骨でごつく、それを1/4円のヴォールトで
玄関上部にオーバーハングさせているものだから、確かに変奇な感じがします。

しかもこのヴォールトがいかにもとってつけた感じで、それ以外は至って普通な切妻。
Google Mapで見る屋根伏も普通のL字型で、過激な食堂の様子はわかりません。

設計した若手女性建築家とは日本女子大住居学科の高橋公子さんです。
ドイツ文学者だった高橋義孝氏の息子、高橋鷹志氏の奥様で
1997年に亡くなられています。

高橋公子さんは管の家と呼ばれる自邸の設計で知るひとには知られています。
こちらは1983年竣工。うってかわったイームズ邸を思わせる繊細な軽量鉄骨造で
伊東豊雄氏による類似した構成である花小金井の家と同時期であり、
同じようにユニットで組んだシルバーハットより1年先行しています。

と、いう時間軸は今回調べて初めて知りました。もっと昔の建物だとばかり。
しかし変奇館からの変化は大きく、この間に何があったのか。
高橋公子さんはメディアに載らない方で、経歴は生年すら確認できません。

で、とりあえず唯一の資料である「時間の中の住まい―高橋公子と五つの住まいの現在」
をAmazonでポチリました。楽しみ。

2013年6月17日 (月)

家ブーム

マイブームならぬ家(うち)ブーム。Rimg0065

先日の披露宴のスピーチを聴いていて、30-40年も別々に暮らしていたひとが、
いきなり同居してトラブルが出ない方がおかしいなる趣旨の新郎の発言に共感。

うちも同居8年目の今でこそ平穏な日々を送っていますが、
同居初日の絶望感っていったらなかった。

うちはふたりとも職種が全く違うし、主だった趣味も違います。
それでもなんとかやっていけるのは、毎日の習慣と家ブームのおかげかと。

ぼくが家ブームと呼ぶのはお遊びでのゆるい共感です。
キーワードは「かわいい」。そこでお互いある程度歩み寄ります。

いまの家ブームはバリィさん。ほとんど追っかけで3回ほど逢いに行っています。
昨日は東京国際フォーラムに行って、念願のふれあいと2ショット写真を。

連れ合いはバリィさんから2度目のツイートの返信をもらい、
昨日の集合写真ではぼくもバリィさんのtwitterに載りました。

いやあ、はまっていますが結構癒されます。
ぼくはこういうお遊びに乗るのが好きなのですが、本気だとおそらくダメ。

職業が同じというのはないし、同じ趣味でも片方が本気だとダメだと思います。
ここらへんは、まあひとそれぞれなんでしょうが。

2013年6月16日 (日)

お施主さんの結婚披露パーティ

世田谷s邸の施主の息子さんの結婚披露パーティに出席してきました。Rimg0050_1

初対面は1996年なのでかれこれ17年のおつきあいになります。
当時、彼は浪人生で大学を出てバブル崩壊後の社会に出てから
職を転々とし、楽な人生ではなかったろうと思います。

その彼が小さいながら安定した職場に就職し、
この度、めでたく素晴らしい伴侶を得たことには感慨深いものがあります。

なんというか、たくましいしぼくなんかより余程ちゃんとしている。
自分の17年と照らし合わせてそんな感想を持ったりもしました。

さて、パーティなるものは昔はよく誘われたものですが、
最近では本当に久しぶりでした。もうそういう歳なのか。
まあ、もともとパーティは苦手なので好ましいことではあるのですが。

なので人脈を拡げようとかそういう野望はみじんもなく、
今回は会費分は元を取ろうと飲食に集中。
結果、帰宅して体重計に乗ったらついに70kgの大台を越えていました。
今朝は胃もたれもするし、ちょっと食い意地を張りすぎました。反省。

2013年6月15日 (土)

本日の画像2

上佐ヶ野林道Rimg0012_1

何かをまとめて考える気が起きません。
昔から暑さには弱かったのですが、
6月中旬でこれでは先が思いやられます。

運動もしなくなるので、体型はメタボまっしぐら。

2013年6月14日 (金)

本日の画像

細野高原。Rimg0043

こう毎日が雨だと思うように外出できずに気が滅入ってきますね。
右膝の怪我はようやくかさぶたが半分剥がれたところ。

2013年6月13日 (木)

仕方なく

王滝で痛めた腰を2週間後のライドで再発させてしまいました。Rimg0045

とりあえず近々のライドでは火器の持参をやめるなど荷物を減らします。
しかしいったん治癒したとしても9月の100kmの対策は必要です。

で、使う機会は少ないかもしれませんが、大型のサドルバッグを購入しました。
リュックは2回背負ったことがあるのですが、疲労度が半端なく、
フロントバックはバイクの挙動が変わるのと見た目で候補から外しています。

製品はhさんも愛用されているLEZYNEのXL-CADDYです。
TOPEAKのは以前買ったことはあるのですが、デザインが気に入らない。
で、実際取付けてみると、でかい!シートポストの出がぎりぎり。
これだと下りでサドルを下げることができません。
まあ王滝程度なら問題ないのですが。

購入にもちょっと手間取りました。
海外通販はCRCだと送料込みで国内価格をオーバーします。
国内通販は送料別のところがほとんど。
実店舗ではグレーは見かけるのですが、黒が見当たらない。

見つけたのは意外なところで駒沢公園前のNicole EuroCycle。
ここで買い物をするのは初めてでした。

2013年6月12日 (水)

豪邸

建築家って一部の上流階級出身者を除けば最初からパトロンがいたわけもなく
初期の頃は極端なローコストの条件のなか、格闘してなんとか「建築」をつくっていた。

その頃はむしろ弱者の味方、マイノリティの救済者だったはず。
それが売れ始めると建築家はいつの間にかお金持ちに魂を売り払ってしまう。

豪邸っていうのはお金持ちの虚栄心を満たすためのものです。
いわば欲のかたまりと付き合うわけですが、それができるのはある意味偉い。

事務所の経営を考えたらお金持ちは神様のような存在だし、
その欲を満たしながら作品性をキープするしたたかさも必要となってきます。

ぼくはというと、まあやっぱり難しいだろうなあ。
豪邸の作り方は知っているつもりです。でもたぶんやってて楽しくない。
楽しくないことをしてまで今更売れようとも思っていません。

ぼくはあと1年半で50歳になります。そろそろ人生のまとめを考え始めるべきでしょう。
近年50歳で亡くなった建築家を2人知っています。彼らは幸せだったろうか?

仕事、家庭、趣味とあって仕事100%だったっていうのはやはり寂しい。
せめて仕事50%、家庭50%。ぼくは仕事33%、家庭33%、趣味33%くらいでもいいのかも。
それくらい仕事から引いてきつつあります。

その分、本当にぼくを必要としているひと、または困っているひとの役に立ちたい。
他人の欲に振り回される人生なんて想像すらしたくない。

欲はひとを不幸にするだけです。

2013年6月11日 (火)

パラグライダーとMTB

この前三筋山でパラグライダーの方達と話していて、Rimg0033_2
MTBkerと雰囲気が似ていると感じました。
考えてみるとやっていることは特にMTBのダウンヒルと近いものがあります。

パラグライダーの機材はパラシュートだけ。あとはヘルメットくらい。
パラシュートは畳んでパッキングできるようになっていますが、
かなり大きく、重さも20kgくらいあるそうです。

それを発射場まで担いで登れるはずもなく、搬送されます。
おそらくワゴン車みたいなのが1台以上あるのでしょう。

現地までの足もおそらく電車というのはない。
あの大きさの荷物は電車内で見たことはないです。
ということは各自が車を持っているか、乗せてもらっているか。

すると時間もお金もかかるので、子育てを終えた世代が多くなる。
それも比較的大企業で、サラリーが安定している人たち。

だいたいやっていることが空中のダウンヒルと言ってもいい。
まあ、気流に乗れば浮上することもできますが。
ある程度の危険を伴い、ヘルメットが必須という点でも同じ。

違うのは無線というハイテク?機器を使っていることくらいか。
まあぼくは高所恐怖症なのでダメなんですが。

2013年6月10日 (月)

同行者募集 魚野川水平歩道2013/8/10-11

延長約8kmにも及ぶ等高線沿いの導水路巡視道、魚野川水平歩道がハイライト。Uonigawa
山上の楽園、野反湖から1日がかりで山を越えて秘境、秋山郷を訪ねる上級者向けコース。
自転車はMTB系かシクロクロス、パスハンター等の山道走行可能な自転車限定とします。
特に水平歩道までの道のりは登山だと思ってください。橋のない川渡りもあります。
よって靴、装備も登山に準じたものとしてください。
例)雨具、防寒着、帽子、手袋、水筒、ヘッドランプや行動食、携帯電話など。
・前日17時予報で当日降水確率40%以上
・前日が大雨
の場合、8月24-25日に延期とさせていただきます。

■集合
2013/8/10(土)16:30
野反湖キャンプ場4人用バンガロー 群馬県利根郡六合村野反湖畔
約5畳、板の間ゴザ敷き、電灯、掛布団敷布団4組つき、コンセントなし、有料シャワー
トイレは共同、炊事は炊事場、バーベキュー棟を利用(自炊)売店(17:15まで)
1棟1泊6000円(男女同室)
※各自、翌日の行動食も含めて十分な食材を用意すること。
野反湖キャンプ場有限責任事業組合 090-5201-4782
http://lakenozori.web.fc2.com/

中之条町営バス六合地区路線バス時刻表
http://www.town.nakanojo.gunma.jp/2-kikakuseisaku/acsess/kuni-rosen.shtml
長野原草津口10:42→野反湖11:58、長野原草津口13:45→野反湖15:01

■コース
2013/8/11(日)
6:00野反湖キャンプ場発
7:00地蔵峠
9:30西大倉山の肩
11:00渋沢ダム、昼食休憩
13:30切明
16:30津南(越後湯沢までバス輪行か飯山線、ほくほく線輪行)

南越後観光バス時刻表
津南14:43→湯沢駅前15:33(越後湯沢15:47→東京17:04)
津南17:43→湯沢駅前18:33(越後湯沢19:11→東京20:40)

走行距離:50.3km 獲得標高差:1089m
ルートラボ(参考)>http://latlonglab.yahoo.co.jp/route/watch?id=ebab7e01dc1877d29ca07f69c6d5b932

■推奨国土地理院地形図
1/2.5万 野反湖、佐武流山、切明

募集期限
2013/8/5

2013年6月 9日 (日)

三筋山

予定表はこちらRimg0019

・河津駅 8:50
 時間に余裕をもたせるため品川-熱海間を新幹線としましたが、
 結果的には時間は余り、各駅停車でも日帰り可能なコースです。
 駅からは海も見ずにやや広めな道を北上。
 小さな十字路を右折すると激坂が始まります。
 それがおさまったあとも結構な勾配の坂が続き、
 たまらずヘルメットとグローブを外します。日が射していて暑い。
 鉢ノ山近辺になると勾配は一段落し、平坦に近くなります。
 この辺りまでは畑や民家あり。遠くに山が見えますが山頂はガスっている。
 ここですれ違った関電工のひとに呼び止められ、いろいろと聞かれます。
 迂回路は狭く、自転車を担がなければならないところがあるとのこと。
 いいですよ気をつけますと答えるも話は続き、どうも自転車で行ってほしくない様子。
 最終的には河津町役場に電話確認した旨を伝えると通してもらえました。

・ダート始点 9:50
 上佐ヶ野林道のダートに入ってから再度勾配はきつくなりますがさっきほどではない。
 路面が締まっていて上に登っても水量が豊富、緑が奇麗な点など、
 王滝と似たような印象を受けました。途中に通行規制あり。注意。
 ここで王滝で痛めた右腰の痛みが再発。試しに荷物を左右逆に持ってみてもダメ。
 課題が残りました。途中から工事音が聞こえました。いやな予感。

・林道ピーク 11:15
 旧登山道入口です。今は閉鎖され工事車両の通る迂回路に誘導されます。
 風力発電の工事はアプローチ道路の建設の真っ最中。土曜のこの日も工事していました。
 道路は未舗装で2車線程度の幅ですが、山がごっそり切り取られていて見るも無惨な姿。
 旧登山道のひっそりとしたシングルトラックとは全く別物です。
 で、迂回路というのもひどいもので、くりぬいた道路の縁の上の細いところを歩かせるというもの。
 もう雰囲気もなにもなく、観光者をなおざりにしているとしか思えません。
 展望台までの道のりの後半は旧登山道を通れますが林間のシングルトラックはいい感じ。
 ただ、下りでは木製の階段が設けられているので乗車率は落ちます。

・展望台 11:40 昼食休憩30分
 突如前方が明るく開かれ、小山を上ると三筋山が一望できます。ここが展望台。
 残念ながらガスが出ていてそのクリアな姿を拝むことはできませんでした。
 遠くに海らしきものも見える。が、近くの工事の音がうるさい。
 工事のない日曜に行かれることをお勧めします。
 カップラーメンを食べてまったりガイドブックを読んだりしていたらぽつぽつと雨が。
 ちょっと強くなってきたので雨具を着て撤収。が、雨は10分ほどで止みました。

 展望台から三筋山頂までが自分的にはこのルートのハイライトでした。
 一面緑のカヤト野原に高山植物っぽい低木。遠くに山。それとガス。
 見渡す限りの草原のなかに動物はぼくひとりだけ。最高に気持ちいい。
 こういうところに来たかったのです。これでひょっこり鹿とか顔を出したらなあ
 などと思っていたら、近くのすすき野からがさごそと音が。
 かなり大きな音の熊鈴を鳴らしながら進むも並走してくる。
 仕方なしに立ち止まると、重低音の足音を残して去っていきました。
 おそらくクマかイノシシ。登山道には動物の糞がそこかしこに落ちていました。
 この間は掘削はまだでも樹木の伐採は進んでいて、その関係で迂回路はありました。
 ただこれ、ロープを1本張っただけ。道はなく膝丈ほどの草をかき分けて進みました。

・三筋山頂 13:00 休憩35分
 山頂への最後の登りは担ぎ上げ。ようやく着いた山頂はガスで一面真っ白。展望はゼロ。
 時間はあったのでガスがはけるのを待ちます。大池方面にはやはり通行止めのロープが。

・パラグライダー発射場 13:40 ガスはけ待ち40分
 海方向が少し見えてきたように思ったので、細野高原方向へ30mほど下りてみると、
 絶景ポイントと呼ばれるところにパラグライダーのグループが待機していました。
 彼らと会話などしながら待つこと40分。ようやく麓が見えてきました。
 うーん、意外と海は遠かった。ダウン・トゥ・オーシャンというのは誇張かな。
 大池高原のあたりではがっつり工事しているのが見えました。やはり通れないのか。
 ここから細野高原方面に木の緩い階段を少し下ると、そこまで舗装路が上がってきています。
 草原のなかの細い道をダウンヒル。車も来ず気持ちよかったですがダートでなかったのが残念。

・伊豆稲取駅 14:55
 気づいたら伊豆急の線路を越していて国道135号に出ていました。
 少し走って伊豆稲取駅へ。ダイヤの関係で帰りは踊り子号で。
 品川まで2時間で着きました。その分交通費はかさみましたが。

2013年6月 8日 (土)

三筋山より帰着

風力発電の工事は思ったよりもひどいことになっていたけど、Rimg0041
展望台から三筋山までのカヤト野原は辛うじて残っていて、
ここを体験できただけでも行った甲斐がありました。

三筋山からの眺望はちょっと期待しすぎていました。
海は思ったよりずっと遠かったし、大島もうっすらとしか見えませんでした。

上佐ヶ野林道では暑くて汗だらだら。低地の林道の季節はもう終わりですね。
詳細はまた明日。

・走行距離:29.1km
・獲得標高差:1065m
・最高標高:864m

2013年6月 7日 (金)

人間工学?

うちの目覚ましは連れ合いが買ってきたものですが、面白い仕組みになっています。Rimg0010_3

ボタンが横に5つほど並んでいて、目覚ましを止める時は右から2番目を押さねばなりません。
いちばん右や左のボタンでも一応止まるのですが、その場合5分後にまた鳴りだします。

要は寝ぼけた頭で目覚ましをまさぐって止めて2度寝してしまうことを防止しているのです。
右から2番目のボタンを押すには結構冷静な頭が必要です。

こういうのも人間工学のうちに入るものなのでしょうか。
この研究をしたひとは偉い!

--
明日の三筋山、決行です。
元気をもらいに行ってきます。

2013年6月 6日 (木)

小屋においでよ!

王滝以降の無気力生活を払拭すべく無理矢理行動第2弾。Rimg0008
昨日に引き続き、今日はここです。昨日に比べれば全然近所。

*中村好文展 小屋においでよ!/ギャラリー間
 130622まで/日月祝休/11:00-18:00(-19:00)/無料

なんか一時期はもてはやされて、伊丹十三記念館までつくった中村氏。
いつの間にか住宅に舞い戻って、それも住宅文筆家と言った方が良さそうなこのごろ。

そんな氏が古今東西の「名小屋」を紹介し、中庭には実際にミニマルな建築物を建て、
上階では氏の手がけた小屋っぽい作品が写真展示されています。
中庭の小屋も含めて「自邸」が占める率が高い感じ。

興味を持ったのはやはり中庭の小屋で、吉村さんの下で修行しただけあって、
スケール感やディテールにはうならされるものがあります。

ただそこに新たなる何かを発見することはありません。
氏が提案しているのはハードよりむしろライフスタイルであって、
それが「建築」であることには拘泥していない。
そこは昨日の展示の坂本氏と対照的なところと言えるかもしれません。

氏は今やスローライフの伝道師(アイコン)とでも言った方がいいのかも。

2013年6月 5日 (水)

八王子往復

3月に豊田往復をやって散々迷走したばかりなのですが、
その時の記憶があるから大丈夫と、また地図、GPSなしで遠征してきました。
今回の目的地は八王子。豊田のちょっと先なので何も問題ないと思っていましたが。

甲州街道から高速の入口を入っていくんだったなと、稲城大橋を渡ります。
ここからして既に間違い。正解は府中の石田大橋でした。
間違えたのはなんとなくわかったものの、とりあえず上流方面に向かいます。

と、南多摩駅の記憶にある景色が。橋を渡らず左折するとさらに懐かしの風景が。
ここは連光寺坂ではないか。何年ぶりだろう。ひとりで来たのは初めてです。
久しぶりのじわじわ来る上りをなんとかダンシングのみで楽しみました。
いや、やっぱりここはきつい。自販機で補給。

下るとここも懐かしの聖蹟桜ヶ丘交差点。団地巡りとかしたよなあ。
とりあえず先に進むも交差点で八王子は左折とある。
南下?それって大回りじゃないのかな、と思いつつも他に情報もないので従います。

これが野猿街道。結果的にこの道が八王子の中心部に至るのですが、
ぐねぐねと曲がりくねっていてまあわかりづらいこと。

野猿街道といえば野猿峠。中学の頃、自宅からいちばん近い峠としてここを知るも
訪ねたことはありませんでした。
果たして峠はあっさりしたものでした。連光寺坂の方が辛かったな。

で、無事八王子到着。帰路は甲州街道で考えていましたが、
浅川にぶつかってふと記憶がよみがえりました。たしかCRがあったはず。

最初は右岸、途中から左岸に移りなんとか川沿いを下っていくも、
随分蛇行していて一時北上したりしてちょっと心配になったり。
でも、なんとか多摩川との合流点まで到達するも、先に道がない。

多摩川CRは左岸にあり、そこへは川を渡らねばならないのですが橋がない。
仕方なしに石田大橋まで延々戻ってようやく見慣れた多摩川CRに。

ちょっとハンガーノック気味だったので、ワイズロード隣のセブンで補給して、
ワイズの店内を物色しながら栄養吸収を待ちます。
再出発したのはもう6時半。久々のナイトランが決定しました。

相変わらずの向かい風の多摩川CRをハンドルに身体をふせながらクリアし、
帰宅したのは7時半過ぎとなりました。やれやれ。行きも帰りも結局迷走でした。

で、何を見に行ったかというと、これ。

*坂本一成 住宅めぐり/八王子市夢美術館
 130630まで/月休/10:00-19:00/500円

回顧展みたいなものでした。
模型は新しいし、巨大建築写真タペストリー等、展示に力ははいっています。
しかしいかんせん、全体を通して見てどうにも興味を引かれない。
いい作品はあると思うのですが、作家としては魅力を感じません。
なんだろう。このひとには建築に対する執着心みたいなものが欠けているような気がしてなりません。

2013年6月 4日 (火)

登坂能力

実際ぼくの体力ではどれほどの登坂能力があるのか。
過去の登坂の1時間での獲得標高を書き出してみました。

・ロードバイク1時間程度:640-720m程度
・ロードバイク2時間程度:550-670m程度

これはヒルクライムのノンストップの場合で距離が長いほどタイムは落ちてきます。
終わったあとはいくら休んでもいいので全力を出し切ったケースです。

マウンテンバイクの場合はどうか。
武蔵五日市あたりの里山へのアプローチで任意の1時間を切り取ると

・マウンテンバイク舗装路休憩あり:350-460m程度
・マウンテンバイク未舗装路休憩あり:310-370m程度

ツーリングということもあり、休憩が多くなります。
頑張って登っても10分も休んでしまうと意味がなくなります。

9月の王滝では1時間を越える連続した登坂は最初だけですが、
基本、1時間に340-460mは登らなくてはなりません。
今回の42kmでは登坂で休憩なしで370-440m程度でした。

うーん、微妙。やはり少しは走り込んでおかないとまずい状態です。
グリーンラインとか行ってみようかな。
白石とか実はまだ行ったことないし。

2013年6月 3日 (月)

山へ還る

ぼくがブログを始めた頃からたまにチェックしていたあるブログ主さんがガンだとわかり
余命1年と宣告されたそうです。そんな、ぼくと歳もそんなに違わないのに。

ガンという病気には死ぬ準備ができるというメリットがあると読んだ記憶がありますが
子供がいるのならともかく、そうでないなら残った時間をどうしろというのだろう。

ぼくはもうやりたいことはやってきたつもりです。
死ぬ前にお世話になったひとに挨拶してまわろうなどという殊勝で自己満足的な心ももうない。

たぶんぼくは親や連れ合いがいなければ死に場を捜しに行くだろうと思います。
海外の荒野や山。引き返せないくらい深いところまでとにかく進む。

それで力つきたところが死に場所です。あとは野生獣に食われるか腐食するか。
意識のあるうちに食われるのはいやですけどね。

やっぱりぼくの死に場は自宅の浴室でもなく、駅のホームでもなく、高層ビルの足元でもなく、
山なのだ。それを無意識に感じているからあれほど山深さに魅力を感じるのでしょう。

生きているうちの旅は生きて帰ってくることが大前提なので、決定的に危険な場所には近づかない。
たぶん死ぬ時はそのリミッターを初めてオフにする。今までどこかでそうしたかったように。

2013年6月 2日 (日)

円安

経済にはとんと疎いのですが、ぼくが直接円安の恩恵を受けるということはおそらくない。

日本はさしたる資源もなく、食料自給率も低いので多くのものを輸入に頼っています。
基本的には円安で輸入物の値段は上がり、生活はむしろ厳しくなるでしょう。

円安の恩恵を受けるのは、海外に輸出をする大企業で、彼らのサラリーは上がるでしょう。
それが消費にまわってようやくぼくらが少しずつ恩恵を受けはじめるわけですが、
その前に大企業は円安で苦しんでいる中小下請けを援助すべきです。

つまり部品を高く買ってあげることによっても景気は上向く。
逆にこれをやらないと貧富の差が開くばかりで景気も良くなりようがない。

こうした円安の恩恵を受けない人たちへの富の再分配のルールが
今、必要とされているように思います。企業の良識に頼っていては心もとない。

2013年6月 1日 (土)

テーピング

たしか1997年のミュンスター・スカルプチャー・プロジェクトを見に行ったとき、Rimg0001
石畳の街を朝から晩まで歩き続けて、高校時代に故障した左足首が悪化したことがありました。

ほとんど歩くことすらできずに、どうやって帰ろうかと途方に暮れていた時、
ふと紙の1cm幅のサージカルテープを持っていることを思い出し、
試しにそれで足首をぐるぐる巻にしたところ、劇的に改善したことがありました。

で、今回、9月の王滝用にキネシオテープを買ったのですが、これ、膝にも使えます。
ということは、毎回膝に異常を覚える1都6県LSDにも有効かも。

とりあえず膝と腰に試用してみようと思います。
それで調子良ければ、王滝でも膝にも使うかも。

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