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2014年6月12日 (木)

米国西海岸

海外旅行というのは建築家の卵に多大な影響を与えるものです。800pxgehry_house__image01

ぼくの場合、まず卒業旅行で行った西欧州。アルド・ロッシやハンス・ホラインの現代建築に
強烈なインパクトを受けました。そして帰国後に国内を見渡して磯崎さん、安藤さんを再発見し
最初に務めた事務所では「建築」や「空間」といった西洋の建築史にどっぷり浸かります。

その事務所を辞め、再び海外に足を運ぶとまた違った影響を受けました。
欧州からトルコ、エジプト、モロッコとまわってから米国東海岸へ。
ニューヨークからシカゴを経て辿り着いたのが西海岸のサンフランシスコでした。

米国西海岸の都市はおおむね地中海性気候に分類され、特に夏場に雨が少ない。
一方、日本の首都圏は温暖湿潤気候で夏に雨が降り、四季が明瞭です。
気候上はまったく違う土地と言ってもいいかもしれないし、
民族的にも米国先住民がモンゴロイドだという程度で歴史的な交易も浅いにも関わらず、
ぼくがサンフランシスコで太平洋の匂いを嗅いだ時、帰ってきたんだと感じました。

ぼくは何故かそこに魅力とともに親近感のようなものを覚えました。
あとから考えるとそれは1960年代末のフラワームーブメントでつながっていたのかもしれません。
ウッドストックやイージーライダーの世界ですね。それがすべてではないですが。
建築ではその流れでサンフランシスコ郊外にシーランチ・コンドミニアムというものが
建てられています。1965年竣工。素朴派と呼ばれる佇まいに学生時代に大きく惹かれていました。

さてその西海岸、旅行の最後の都市ロサンゼルスで大きな出会いが待っていました。
それがフランク・ゲーリー。今や米国建築界のスターです。ただ評価は人によって大きく違う。
ぼくはTemporary Contemporaryとゲーリー自邸と立て続けに見て一気にファンになりました。
どこか投げやりなところがありつつもとても強い。それは未完の美とでも呼べるもので
初期のゲーリー自邸に関して言えば悪意さえ感じ取れます。音楽で言えば極上のパンク。

が、帰国して磯崎、安藤からゲーリー、篠原へ宗旨替えするには時間がかかりました。
再就職先候補に選んだのは相変わらぬ磯崎、谷口といった「建築」をつくる事務所でした。

しかしバブル崩壊後の再就職活動は困難を極め、結局、四谷テンポラリーオフィスや
村松邸といった仮設性を前面に出した作品が多いフェイズに拾われたのも運命なのでしょう。
そこでぼくはロサンゼルス郊外バーバンクに本社を構える企業と仕事をすることになり、
このとき出張という名目でロサンゼルスに2度めの訪問を果たしています。

その後独立して事務所を構え、今に至るまで20年、ぼくのつくる建築のベースには、
フランク・ゲーリーを通して触れた、カリフォルニア・モダニズムがあります。
古くはシンドラー自邸(1922年)ちょっとそれるかもしれませんがイームズ自邸(1949年)
そしてシーランチとゲーリー自邸(1979年)。
シンドラー自邸のL字平面は、今見ると世田谷s邸や杉並o邸のそれと酷似しています。

さらにもう少し先を見ると、巨大化したロックミュージックを再び解体した、
グランジ、オルタナティヴロックの発祥の地であるやはり西海岸のシアトルにつながります。
彼らが掲げたDiY精神もゲーリーのつくるプリミティブな未完の箱と通じるところがあった。

ウィスラーなどMTBも盛んな地域もあるし、ぼくと西海岸は何かと縁があるようです。

--
興味深いのはシンドラー、イームズ、ハルプリン、ゲーリー皆、西海岸以外の出身で
イームズ以外はユダヤ人です。この中ではイームズの活動が最もユダヤ人ぽい印象がありますが。

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