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2014年7月21日 (月)

モダニズムvsポストモダニズム

L.A.MODERNなる洋書の写真集を購入しました。R0010484_2
米国ロサンゼルス近辺に建てられた住宅から秀作が選ばれ、現在の写真が掲載されている。

前にぼくが挙げたシンドラー自邸、イームズ自邸、ゲーリー自邸は選ばれていて、
審美眼が自分と似ているなと思い購入。他ではライト、ノイトラ、ロートナーの作品が多い。

面白いなと思ったのは、1920年から年代順にほぼコンスタントに選出されているのに、
1968年から1983年まで15年の空白がある点。ちょうどポストモダニズムの時期と重なる。

住まいの図書館出版局のケース・スタディ・ハウスから以下の様な記述を見つけました。
ノイトラ設計のCSH#20に住むスチュアート・ベイリー氏へのインタビュー。

事実、こうしたモダン建築は、1966年頃には「終わった」のではないでしょうか。
ある晩、ノイトラさんが訪ねてきて、ソファに深々と座って
「今日、僕はこれまで設計した家のことを考えたよ…」と言うんです。
ロサンゼルス近郊で、多分百あまりの家を設計してきた彼が、そう言うんです。
それから彼は、その日ある映画女優のビーチサイドの家を見たことと、
これまでやってきた設計の仕事で、自分は結局、何を達成したのかを改めて
自問しているんだと、私に話しました。なんだかとても憂鬱な表情をしていました。
その日見た映画女優の家に、ポストモダンの兆しを見たのかもしれません(笑)。
何かフランク・ゲーリー的なものをね。いずれにしてもその女優の家が彼を憤慨させたことは
確かでした。私には、彼の気持ちがよくわかります。フランク・ゲーリーはノイトラさんと
私を不愉快にさせるために生まれたのだと思います。

ゲーリーの建築を忌み嫌う人は今でも多いですが、このインタビューには誤認があります。
ゲーリーが自邸でデビューしたのは1979年。ノイトラが亡くなったのは1970年。
おそらく女優の家はゲーリーによるものではなく、ノイトラを脅かす存在でもなかった。

ノイトラを追い詰めたとしたなら、たぶんそれはロバート・ヴェンチューリではないか。
1963年の氏の処女作、母の家はモダニズム批判に溢れ、ポストモダンの殆どのことを成している。
すべてはここで始まると同時にここに終わった。そして全てが変わりました。

モダニズム規範のタガは一気に緩み装飾が復活し歴史的参照が爆発します。
それが一息つくと、今度は3D設計が普及したことを受け、複雑な曲面の美が追い求められます。
いずれにしてもモダニズムの禁欲的「主義」は葬り去られました。

しかし建築家が上の世代の建築家を名指しで批判したり、明白な対立の構図をつくるのは
長い建築家の歴史においてもこの時が最初で最後じゃなかろうか。

具体的には前者はロバート・ヴェンチューリとミース・ファン・デル・ローエ。
後者は磯崎新と丹下健三を指しています。

それが暴力的発言を含んだということは当時、それだけ優れたモダニストが崇拝され、
若手は皆、抑圧を感じていたということなのでしょう。

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