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2014年8月

2014年8月31日 (日)

京王線高架化で無くなる風景

京王線が高架化するにあたり南側に接する民有地がごっそり取り壊されてしまいます。Boxing
明大前−下高井戸間には商店も多く立ち並びますがこれも全てなくなります。

建物は建築家の自分でさえ、ふと取り壊されていることに気づき、
元にあった建物を思い出せないということが多々ありますが、
今回はバリバリ現役で街の活性化に寄与している建物が多いだけに残念でなりません。

気になっている店はこのあたり。

・キタイ シシュー/珍しい刺繍の路面店。
・広島風お好み焼き 一番/行きつけ。美味しいので近場に移転して欲しい。
・ラーメン 春夏冬/知る人ぞ知る店。店名は「あき」が来ない、から。
・フレンチ ビストロ イッシュウ:閉店、町田に移転/行きつけでした。残念。
・喫茶 山猫珈琲店/スタバ、ドトールが猛威を振るうなかコーヒー専門店として頑張っている。
・だがしや もりかわ/比較的歴史は浅いが、なくなると子どもは寂しいのではないかなあ。
・大川ボクシング:昨年12月閉店/地域の名物だったピンクのボクシングジム。(写真)
・飯塚畳店/店名の看板すらないが現役バリバリの路面店。

過去の例で言えば、明大前のガードをくぐった左手の、今、栄新楼がある場所、
昔は井の頭線の斜面に張り出すように木造の理容室が建っていました。
ほとんどバラックでしたが強烈な存在感があって、写真に収めておけばと後悔しました。

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2014年8月30日 (土)

GoogleMapで東北被災地の2

復興度合いを言うと、あれだけの瓦礫を撤去し処分したのはすごいと思います。
が、それ以外では例えば鉄筋コンクリートの新築マンションなんかは見られません。

堤防は小さな入江、集落では海岸線近くに白く細い線が見られ、新築したように見えます。
一方、昨日挙げたような比較的大きな街となると海岸線の長さがあるので、
未だ、何の対策も取られていないところがほとんどのように思われます。
東北の太平洋岸の街の主産業は漁業や養殖業でしょうが、海沿いに住むのは無防備すぎる。

なので海と生きる人達は堤防が効果的でかつ避難しやすい小さな入江に
分散してしまうのがいいのかもしれません。
大きな街では海から一定の範囲は非居住地として、防潮林を植えるのが現実的か。

ただ産業はどうか、農業も津波が来たら一発アウト。工業もリスクを考えると二の足を踏む。
観光資産もなければ果たしてその街は再び自立することができるのだろうか。

住民の高齢化も進んでいると思います。厳しい仮設住宅での生活の対処療法として
その近くに高層ケア付きマンションを建ててしまうという方法はあるかと思います。
しかしそれはイコールその街を捨てるということになります。それがいいかは難しい。

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2014年8月29日 (金)

GoogleMapで東北被災地

一度ちゃんと被災地を見なければと思いながら東日本大震災からもう3年。Hukushima
ふとGoogleMapの航空写真で福島第1原発を見てみました。

航空写真は結構な頻度で更新されているようで、瓦礫のようなものは見られませんでしたが
ぐねぐねに曲がった建屋の鉄骨はそのままであることが確認できます。
気になったのは、福島第一原子力発電所という記述が消えている。

そこから海岸線沿いに視点を北に移動させてみます。
程なくして更地に住所だけが虚しく残っている地域が目に入ってきました。
恐らく街であったのでしょうが、津波で跡形もありません。(写真)

しばらく進むと仙台空港。本当に海に至近なところにあります。
仙台港近辺の工業タンクはまだ放置されているものが多い。
松島や塩釜は被害が少ない。それより北に行くと宅地造成のために山が削られている。

石巻には被害のあとが一部見られる。女川近辺では幾つもの小さな入江が壊滅していて
女川の山では造成が始められています。北上川が見えてくると大川小が確認できました。
しかしここにも小学校という記述はありません。機能していないものの名称は消すのか?

被害の大きい南三陸町が見えてきます。仮設住宅も徐々に目に入ってきます。学校の校庭にもある。
気仙沼にも被害はありますが部分的。より被災規模の大きい陸前高田では山を造成している。
大船渡は北への入江になっているためか被災範囲は限定的。

三陸町ではごっそり被害が見えます。釜石はなんとか部分的被災で済んだ感じ。
大槌町はほぼ全滅。山田町も被害が大きく造成を始めている。宮古は南以外は被害が少ない。
田老は壊滅状態で造成中。これより北は徐々に被害が見られなくなっていきます。

上に挙げたのは報道でも聞いた比較的規模の大きな集落ですが、
これ以外に、全滅になったであろう入江が数多く見られました。
そこでも気になったのは名前。地域の名称が記されていない。

人が住まなくなったら地名って消えるものなのでしょうか。
岩手、宮城では福島に比べて地名の削除率が大きいように思いました。
地名を決めるのは自治体なのでしょうがどうなんでしょう。

地元民は地名で今回の被害を記憶していると思うので、それは変えるべきではない。
先日の広島の土砂災害でも報道されていましたが、地名というのは教訓も含んでいる。

東北もインフラが復興しコンビニなどが戻ってくれば、防災用避難タワーなどとともに
また家は建ち始めると思いますが、その時に津波の記憶だけは風化させてはいけないと思います。

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2014年8月28日 (木)

Ideas to Remember コンペ案

2011年に起こったニュージーランドのクライストチャーチ地震のNzcompe_2
犠牲者を追悼する碑と施設を設計提案するというコンペです。

締め切りが東欧旅行明けにあって、英文の要項を読み込むことを考えると
スケジュール的に提出は断念せざるを得ませんでした。登録だけはしましたが。

要項をざっと読んだ段階でのイメージはあり、それが今日のスケッチです。
水の波紋のような薄く白い円形が高さを微妙に変えながら地上より浮いている。
円の内側の床はガラスで、現状の景観へのダメージを最小限に抑えます。

左下にあるもっとも大きい円が追悼の場で、高さは最も低く設定。
他の円はそこから徐々にせり上がっていくというイメージです。

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2014年8月27日 (水)

旅疲れ

半年しかあけずに海外に2回行ったことと、その間の清水峠で旅疲れしている状態です。R0010548

今年の9月は王滝には参戦しません。今に至るまでの猛暑で自転車にもまともに乗れず
体重は70キロを越え、運動不足でとてもダート100キロなんて走れない。

そのかわりが10月の大弛峠になりそうです。さすがにその頃には涼しくなっているでしょう。
林道なので山サイではなくツーリング。距離と高低差を見るとむしろ王滝100キロと近い。

なので5月の王滝に準じた形でボトルケージを付け、フラスクをバックポケットに入れ
サドルバッグをつけ、なるべく休まないようにする走法を選択することになりそうです。
遭難の危険も少ないので軽装備になると思います。

さてそんな感じなので最近は無気力気味でブログの話題もことかき始めていますが、
清水峠の話を少し。

もう一度行きたいかと言われると、行ってみたい気もします。
ただその時は、旧道を外れた段階から峠まで、MTBの車輪を外して背負う装備が必須。
両手がフリーでないと白樺避難小屋以降のトラバースはやはり危険です。

清水峠は写真のような状態でした。雨が横殴りに降ってくるのでカメラも出しづらい。
ガスっていて視界は殆ど無い状態。上の写真の巨大な監視小屋には矢印の部分に
わずかに風雨を避ける場所しかありません。

この少し東側に白崩避難小屋というのがありますが、監視小屋からは見えませんでした。
結局その前を通るも、早く下山したかったのでスルーしてしまいました。

やはり天候の良い時に登りたい。新潟側から十五里尾根、居坪坂でループするというのもあるかな。

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2014年8月26日 (火)

光過敏性発作

1997年のポケモンショックで有名になったあれです。Pokemon
視覚に飛び込んだ光刺激に対する異常反応。

ぼくはこれで打ち上げ花火が見られなくなりました。ヴィデオで見るのもきつい。
頭の奥がきな臭くなって、めまいのようなものが発症してしまいます。

子供の頃は花火は平気だったのですが、カメラのフラッシュと雷の稲光がダメでした。
それは恐怖の対象で、直面すると過度に緊張し驚いてしまいます。

今はそのふたつは克服したのですが、視神経が弱いのか、
生活があまりに視覚依存しているということなのでしょうか。

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2014年8月25日 (月)

運命じゃない人再び

2005年の映画でぼくは2007年にDVDで見たようです。mixiの記述によれば。612rxcawnsl
見たのはもっと前だったような気がしていました。PFFスカラシップ作品ですが
ぴあってもうだいぶ前に廃刊になってるし。PFFは存続しているみたいですが。

で、主演の中村靖日を久しぶりにテレビで見てから再びDVDを借りてみようと思ってました。
2度めの印象はというと初回とそう変わらなかったような気がします。
一部の役者がイメージに合わず著名な俳優も出ないことから自主制作ぽさはありますが、
緻密なストーリーや画の構成や演出など作品としての完成度は高い。

公開されて9年が経っているわけですが、今も名を聞くスタッフ、キャストは板谷由夏くらい。
もっとも彼女は当時インディーズではよく知られていて、ゲストみたいな扱いでした。

DVDの特典映像でこの作品は将来の名監督の記念すべき第一作になる、
みたいな評価を聞いていると痛い。この監督はその後豪華キャストで2本の映画を撮っていますが
未だマイナーな域を脱していません。まあまだ42歳と若いので将来はありますが。

彼ももう20年早く生まれていたら巨匠になっていたかもしれません。
それだけ今、フィルムというのは厳しい状況にある。テレビドラマすら低視聴率な時代。
2000円近くの金を払って面白くてもそうでなくても2時間近くスクリーンの前に
座っていなくてはならない。それはいつでも中断できるゲーム、パソコン世代には苦痛です。

実際ぼくもほとんど映画館に足を運ばなくなったしDVDすら借りなくなった。
ネット上にアップされる動画でも10分を超えるものだと敬遠してしまいます。
世の中のすべてのことが迅速になり、皆待つことが苦手になってきている。

フィルムに未来というのはあるのだろうか?正直、建築なんかよりずっと厳しい道が
続くように思えてなりません。俳優も映画や舞台に絞るのではなく、
いろんなメディアで細かく消費されることが必須な時代に入っていると思います。

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2014年8月24日 (日)

同行者緩募 大弛峠、中津川林道/1010変更済

奥秩父の主脈のど真ん中を越えている峰越林道・大弛峠。Dscn9237
車道の峠としては日本で最も標高の高い峠であり、長い間サイクリストやオフローダー
それに4WD愛好者に愛されてきた。MTBライダーなら、やはり一度は越えてみたい。
今回はさらにようやく開通した三国峠を越えて西武秩父を目指します。

メインは大弛峠の長野県側と中津川林道のダートなので自転車はMTBかシクロクロス、
パスハンター等の山道走行を楽しめる自転車推奨とします。
山小屋泊となりますのでヘッドランプ、ティッシュ、水、トレッキングシューズ、雨具、山地図などの必要装備は用意ください。
また補給ポイントは限られているのでボトルや行動食は十分にお持ちください。
■集合
2014/10/11(土)7:00
中央本線塩山駅北口
例)阿佐ヶ谷4:47−5:34高尾5:43−6:19大月6:23−6:51塩山

■コース
2014/10/11(土)
7:10塩山駅発
12:30大弛峠、昼食休憩、ここより徒歩(登山)
15:30金峰山小屋

2014/10/12(日)
7:00金峰山小屋
9:30大弛峠、自転車ピックアップ
11:00秋山分岐
13:00三国峠、休憩
15:00西武秩父駅

■金峰山小屋 http://homepage3.nifty.com/kinpousankoya/jin_feng_shan_xiao_wuweb/Welcome.html
1泊2食7500円、おにぎり500円。

■山と高原地図
1/5万 金峰山・甲武信

走行距離:約118km 獲得標高差:約2934m:2日間計、自転車パートのみ
2014/10/10
参加希望者はブログにコメント記入をお願いします

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2014年8月23日 (土)

電球難民

国内の大手メーカーが白熱灯の製造から撤退してから久しいですが、R0010572
今回遂にビーム球の在庫も切れてしまい、通販でGE製のものを購入しました。

既にビーム球と同型のLEDは開発されていて、エネルギー効率がいいのはわかります。
自転車のライトはほとんどLED化されているのでどんなものかも知っている。

ただうちはローテクなイメージでつくっているので感覚的に思い切れません。
エアコンやEVのようにLEDもデフォルトな時代が来るのは確実なのですが。
引き止める心はノスタルジーなのでしょうか。

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2014年8月22日 (金)

日本への旅行

Wikitravelというネット上の海外旅行ガイドがあります。20140821_115140
まだ今はロンリープラネットのような冊子の形態のほうが需要があると思いますが、
Wi-Fiが近い将来整備されれば、デバイス+このページにとってかわる日が来るかもしれません。

残念ながら日本語版は整備が遅れていて、まだ実用段階にあるとはいえません。
かわりに外国人向けの日本のガイドを見てみました。

Japan
日本

ぼくがまだ20代の頃は東南アジアやインドに行く人はいても、
ただ物価が高いだけの日本に来る観光客などいないだろうと思っていましたが
このガイドを見ると意外と日本って面白く、すべて体験するのは難しいほどだと感じました。

例えば
「休日」のお正月、花見、祭り、七夕。
「宗教」の生け花、茶道、神社。
「遊興」のカラオケ、囲碁、将棋、麻雀、パチンコ、アニメ。
「チケット」の青春18切符。
「第二次大戦」の広島、長崎。
「買い物」の100円ショップ。
「食事」の豆腐、漬け物、お好み焼き、たこ焼き、親子丼、カツ丼、牛丼、懐石、そば、
 うどん、(回転)寿司、刺し身、ふぐ、天ぷら、焼き鳥、うなぎ、鯨、すき焼き、しゃぶしゃぶ、
 オムライス。
「コーヒーショップ」のジャズ喫茶。
「飲み物」の居酒屋、日本酒、甘酒、どぶろく、焼酎、梅酒、お茶。
「風呂」の露天風呂、銭湯。
「トイレ」のウォシュレット。
「就寝」の旅館、カプセルホテル、ラブホテル、インターネットカフェ。
他にもメイド喫茶とか歌舞伎町とかもありますね。

ただ日本語版には記載されていませんが、高速道路のサービスエリアでのヒッチハイクや
都心の公園での野宿など、安全面でちょっと無責任な記述があるのは気になりました。

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2014年8月21日 (木)

GoogleEarthで清水峠復習

GoogleEarthで清水峠のkmlログファイルを開いてみました。Photo
昔はGoogleMapの地形にあった機能がそのままGoogleEarthに移植されていて、
ストリートビューも表示できるようになっていました。

ただ完全に登山者視点にしてしまうとルートが見えづらくなってしまうため
若干視点は上げています。

上は白樺避難小屋から清水峠方面を見る。右上が清水峠です。
下は清水峠へのトラバースからの振り返り。中央が白樺避難小屋。左端が谷川岳です。
天候が良くても景色は朝日岳を望める程度だったことがわかりました。

軌跡を見るとゆるやかな登山コースに見えますが、足元の状態が悪い。
下草は刈られていないし、沢の渡渉では大きな岩がゴロゴロしています。

上の写真の軌跡の上がった部分が谷筋で岩盤に沢が流れています。滑落注意。
逆に下がった部分は尾根筋。同じパターンの繰り返しで単調です。

全体を見ると山をとにかく巻いていきながら少しずつ標高を稼いでいて、
最終的には谷川岳と同等の高さにまで達しています。達成感というのはありました。

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2014年8月20日 (水)

東欧旅行2、8日目、最終日

ウィーンを離れる、この旅の実質的な最終日です。R0011088

ザルツブルク往復も考えたこの日、さすがに無理があるだろうとクリムト作品の観賞と
ぼくの要望で現代建築を見に行くこととなりました。後者についてはウィーン経済大学と
ガソメーターで悩みましたが、より今に近いプロジェクトの大学を選択。

結局この日も24時間フリーパスを購入し、パン屋に行こうとしたら日曜で休店。
仕方なく近くのマクドナルドに入りました。日本の朝マックとは違ったメニューでした。

早速メッセ=プラーター駅まで。降りると既に現代建築っぽい建物が。
そのまま歩いて行くと門もなく、新しいCampus MUが現れます。
が、なんだろう。ぐねぐねうねうね頑張っているのですが皆、小手先に見えて弱い。

CRABスタジオやエストゥディオ・カルメ・ピノス、阿部仁史はまさにそれだし、
ザハの建築はまるで東工大100年記念館であとは表層をいじくっているだけ。
BUSアーキテクチャーZTの作品がかろうじて魅力を放っていますが、
恐らくみんな地力はあるのだと思います。クライアントの問題な気がしてなりません。

日曜なためかなかにも入れず、やや気落ちして駅に向かいます。
Sバーンのウィーン・ミッテ駅にて空港行き列車のスケジュールを確認し、
そのままSバーンのレンヴェーグ駅からベルヴェデーレ宮殿上宮を目指しますがちょっと迷う。

上宮に入れたのは10時半過ぎとなりました。ホテルのチェックアウトが12時なので急ぎます。
2階部分が19世紀前半からウィーン世紀末の展示とのことなのでここだけ集中して回り、
クリムトの接吻とかここでしか見られないものもありましたが、あまり記憶には残らず。
あとで行ったレオポルト美術館の方がまとまっている感じはしました。

ここでいったんホテルに戻り、荷物をまとめてチェックアウト、と同時に
フロントに荷物を預かってもらいます。このあたりの依頼はとてもスムースにいきました。

昼食をとりにトラムでカフェ、ラントマンまで。ランチ前菜盛り合わせとグラーシュをシェア。
リキュールの入ったホイップクリームの乗ったコーヒーを飲みました。チップは2ユーロ。

再度同じトラムを逆走し、クヴァルティアー・ベルヴェデーレ駅まで。
今年末に開業するというウィーン中央駅を見に行きましたが、未だ工事真っ最中で
なかにも入れない。ホームの屋根はさっき見たようなうねうねぐねぐねでなんだかなあ。
これをやっている限り、ウィーンは自らの19世紀末の栄華を超えられない気がします。

最後はメトロでミュージアムクオーターまで。様々な美術館の複合体でメインは
白いレオポルト美術館とグレーのMUMOK。後者のほうがより現代寄りな展示。
今回の目的はクリムトだったので前者に入館します。

レオポルト美術館は屋内の中庭を抱えた方形平面で、地上4階地下2階と結構ボリュームあり。
また美術館としては異例な大きな開口が随所にあけられ、中庭や風景を望めます。
紫外線対策はガラスにフィルムを貼ることで解決されているのだろうか。

展示はまさにぎっしり。クリムトも多いですがエゴン・シーレの作品はさらに。
彼には10年ほどしか制作期間がなかったかと思いますが、ものすごい量とそしてセンス。
美術界においてもウィーンは未だに19世紀末の作家を超えられないでいるようです。

さて本当に時間がなくなってきたので、ホテルに戻り荷物を受け取って空港へ。
空港への列車は予定の一本前に乗れましたが、これがすごい混みようでまるで通勤電車。
日曜の夕方だったということもあるのでしょうか。空港には5時前に到着。

帰りはイスタンブールで2時間の乗り継ぎ。すんなり行くかと思いきや、
イスタンブール-成田便が空港の地上をぐるぐる回るばかりで一向に飛び立たない。
業を煮やしてふて寝しようとするも深くは眠れず、結局成田到着は1時間遅れとなりました。

あー疲れた!

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東欧旅行2、7日目

この日は朝イチでウィーンの24時間フリーパスを購入。近くにあったパン屋で朝食。R0010964
と、その前に宿でウィーン・モーツァルト・オーケストラの予約をしたんでした。
前回は結局断ったこのコンサート。フィルムフェスティバルに期待できなくなったのでかわりに。

さてまずは連れ合いの希望で朝からやっているケッテンブリュッケンガッセののみの市へ。
骨董品から家具、雑貨、服飾品、食料品までいろんな店が既にたくさん開いています。
ざっと見て回りましたがぼくが期待した自転車関係はなし。
連れ合いは真鍮の小物に惹かれたようでしたが、予想をはるかに超えた額を提示されて終了。

次はぼくの希望でカールス教会へ。27年振りの対面です。楕円を多用したバロック建築の
力強さは健在でした。ただ中へ入ると天井のフレスコ画の修復のための足場がありました。
邪魔ですが、この足場は上ってフレスコ画を間近に見ることができます。

引き続きぼくの希望で前回宿泊したハースハウスへ。下階のガレリアを見るのが目的でしたが
入り口が見当たらない。なかに入るにはZARAの店舗を通らねばならず、
しかし2階も地下1階もZARAの店舗となっていて、吹き抜けのかけらも残っていませんでした。
ホラインは最期まで国内では不遇であったなあ。残念です。

次は連れ合いの希望でドロテウムという大規模なオークションハウスへ。
馬鹿でかいじゅうたんや年代物の家具、宝飾品などいろんなものが展示されていて、
記された値段も良心的、と思いきやこれは最低入札価格だそうな。
実際のオークションはこの日は開かれず、見ることはできませんでした。

国立オペラ座まで戻ってくると、11時から英語のガイドツアーがあるのでチケット購入。
40分ほどで舞台裏まで含めて館内をひと通り見ることができました。
舞台裏の機構のスケールの大きさには圧倒されました。

オペラ座を出て昼なので目の前にあるカフェ、ザッハーに入ります。ちょっとだけ並んだ。
ホイップクリームが乗ったアイスカフェーを頂きました。チップを1ユーロ。

さて次はクリムトを求めてセセッシオンへ。こちらも27年ぶりでしたがちょっとやつれたか?
ここのクリムト作品は地下2階の壁画のみ。他は企画展示室となっていて、
その割には入場料が高い。カードも使えなかったし。

ここらで午後1時をまわったので、ぼくが是非行きたかったアム・シュタインホーフ教会
へ向かいます。ウィーン西方にある精神療養センターにある、ワグナーの作品です。
ドクターカールレナーリングからバスで30分ほど。バス停の横が療養センターの門となっていて
そこから敷地奥にある教会まで階段を上っていきます。

と、見えてきました!金色のドームと青銅色。カラフルでポストモダンの建築のようです。
外壁の大理石に打たれた鋲も青銅色。郵便貯金局とは随分色使いが異なる。

この日は3時からガイドツアーがあるとのことでしたが、2時には着いてしまいました。
が、2:40くらいには玄関が放たれ、なかに入ることができました。

なかの印象はというと、そこには空間がありませんでした。それは意図的なのか?
教会建築の原則である上方からの光はなく、側面の大きなステンドグラスから採光しています。
天井はヴォールト状なのですが、ひどく緩やかな弧を描いていて緊張感がありません。

恐らくワグナーは空間を軽くしようとした。その宿題は約20年後にアスプルンドの
ストックホルム市立図書館にてようやく回答を得ることになったように思います。

3時からはツアーならぬドイツ語の講義が始まり、1時間抜けることができなくなりました。

バスで戻って、前日と同じく市庁舎前の屋台に立ち寄り、この日はここで夕食。
連れ合いは小魚のフライ、ぼくはビーフステーキとリンゴの入ったリキュールを頼みました。
連れ合いの行った方の屋台の店員の接客が悪かったらしく、おかんむり。

ここでいったんホテルに戻り、8:15開演のコンサートに備えます。
楽友協会に30分ほど前に着いたところ、客はいっぱいでそのほとんどが東洋人、
インド人、アラブ人など海外からの旅行客。まあ想像はしていましたがちょっとうんざり。

館内に入り長い列に並んでチケットを購入したあと、何人もの人に聞いて席を探すはめに。
結局、席は2階席の舞台裏でした。まあ一番安いチケットだったからね。
会場は黄金のホール。が、壁のマーブル状の模様は石ではなく塗装でした。

時間になりモーツァルトの格好をした楽団員が現れます。演奏は、まあ無難。
幕間前とラストには指揮者による観客への拍手の要請があり、これがネタ含みで面白く
観客が盛り上がった分、この時は楽団員も張り切ったような印象を受けました。

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2014年8月19日 (火)

東欧旅行2、6日目

ウィーンへの移動日ですが飛行機が14:55発と遅かったので、朝方旧市街に足を運びました。R0010894
9時からボートが営業していると書いてあったのですが、行ってみると10時から。
その空いた時間でフランシスコ会修道院に入りました。しかし入れるのは1階の中庭周りのみ。
結局また旧港に戻ってベンチでボートの営業を待ちました。

乗ったのはグラスボートというもの。船の中央の底がガラスで出来ていて海底が見える
仕組みですが、結局小魚以外を見ることはありませんでした。ボートは1周50分。
ロクムル島の近くまで行って帰ってきます。ガイドは一切なし。うーん期待はずれ。

ホテルにいったん戻ってから荷物を持ち、チェックアウトしてから路線バスを拾います。
今度は順調に空港バス乗り場であるロープウェイ発着場にたどり着きましたがまた一難。

時間に来た空港バスの乗務員がこのチケットは違う会社のバスだから乗せられないという。
しかしそのバスはいつ来るかわかったもんじゃなく、既にスケジュールは押している。
周囲も似たような状況だったらしく、無理やりその会社のバスに乗せてもらいました。
スーツケースはもう本当に最後の最後にようやく積めました。ホッ。

空港で出国手続きを済ませたあとは、ジュースと地元のクロワッサンでひと息。
ウィーンへはクロアチア航空の飛行機でしたが、明らかに今までと乗務員の対応が違う。
恐らく彼らはオーストリア人。サービスには笑顔がありジュースもお菓子ももらえました。
ここで初めてクロアチアというのは田舎だったのだなと実感した次第。

1時間半ほどでウィーン着。センスのいい空港ビル。荷物もあっという間に出てきました。
なんというかスピード感がぜんぜん違う。そして大勢の人が互いに無関心かのように行き交う。
ウィーンは都会で、ぼくらは戻ってきたのだ。しかし意外だったのはその寒さ。
小雨がぱらついていて、半袖だと寒い。こんなに変わるものなのか。

カールスプラッツの駅を降りて少し迷ったあとたどり着いたホテルがトリエステ。
いわゆるデザインホテルですがそこそこの広さがあり、中庭に面した窓からの光も十分ある。
フロントの対応は1聞けば10答える感じ。さすがです。

さて夕食がまだでした。ガイドブックに7,8月は市庁舎前でフィルムコンサート・フェスティバル
が開かれているとあり、ホテルのフロントに聞くと雨の今日も開催されているとのこと。
それに付随する屋台を目当てに行ってみることにしました。

トラムに乗ればすぐなのですが、行けどもチケット券売機が見当たらない。
実は車内でコインでなら購入可能だったのですが着いたばかりで知るわけもなく、
結局、小雨降るなか傘をさして市庁舎まで歩いてしまいました。

が、屋台は賑わっていましたが、フィルムコンサート自体はやってませんでした。
出鼻をくじかれた形になり屋台に入る気もなくなり、連れ合いの提案で近くのカフェに行くことに。

それがツェントラルでした。2層吹き抜けの列柱のある空間はまるで教会のようで、
そのなかにテーブルがところ狭しと並べられている。夕食時とあってか入り口には行列が。
圧倒されながらも少し待ってから席に通されます。ウィーン風カツレツのヴィーナーシュニッツェル
とサラダをオーダーしましたが、これは残念ながらザグレブのレストランよりは劣る。

しかしデザートで注文した、20分で焼きあげるという巨大パンケーキ、カイザーシュマレンは
美味しかった。ケーキのふんわりした部分と焦げたカリカリ感が絶妙。アプリコットジャム付き。
これとその名の通り地元発のウィンナーコーヒー(メランジェ)でお腹いっぱいになりました。
チップの制度に戸惑いながらチェックアウト。店によってはチップは幾ら?と聞いてきたりします。

ホテルへの帰りはやはり徒歩で。ロースハウスは横を通り過ぎながら気づきませんでした。

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東欧旅行2、5日目

昼間はとにかく暑いので朝の涼しいうちにできるだけ行動するよう方針が決定。R0010817
6時半から朝食をとり、7時半ころに出発。さすがにビーチも旧市街も人はまだまばら。

8時から開くインフォメーションで翌日の空港バスの発着場とスケジュールを聞いたあと
城壁の遊歩道に上がります。この遊歩道、1時間と少しで旧市街を一周できるというもの。
曲がりくねったり高低差があったりして景色は変化に富み、飽きません。

最大の収穫は街路の上階にある生活を垣間見ることができたこと。
前日、街路をまわっただけでは生活感がなく、ともすればディズニーランドのような
印象すらありましたが、この街の上階、2−4,5階にはしっかり人が生活していました。

また恐らくユーゴスラヴィア紛争から回復していない廃墟となった部分も見られました。
後ほどその頃の写真展示を見ることになりますが、ここもかなりひどく攻撃されたようです。

一周を終え、歩き疲れたところでドルチェ・ヴィータという店でアイスクリーム休憩。
そこからはプラツァから1本上がったカフェの並ぶ通りを東に移動し北に抜けます。
目指したところはロープウェイ駅。ここからスルジ山頂(412m)まで一気に上がります。

ここからの景色は素晴らしく、城壁に囲まれた旧市街の形がはっきりと確認できます。
土産物屋やパノラマという名のオープンカフェもあります。
このときは前菜とデザートをシェアしたんだっけかな。ダルマチア風プリンが美味しかった。

山頂からはつづら折れの遊歩道を伝って下まで降りて行くことができます。
もう少しガレが少なかったらMTBにとって最高のトレイルでしょう。
ただ歩くとなると長かった。3−40分はかかったのではなかろうか。疲れました。

ロープウェイ駅の前の店で翌日の空港バスのチケットを購入したところで
暑さがひどくなってきたので、いったんホテルに戻って休息します。冷房は必須。

5時ころに宿を出て、それまで足を踏み入れていなかったビーチや
旧市街のいちばん南の街路まで足を伸ばしてみます。時間はあったので総督邸も覗いてみたり。

そのあと、細い街路に面した銀装飾店で連れ合いにペンダントトップを買ったのですが
なぜかぼくのカードが使えず、彼女のカードで建て替えてもらうという妙なことに。
これで怖くなって、この日の夕食も彼女のカードでお願いしました。

その後、宿に戻ってからiPadでネットを検索してみると、今までにないカードの使い方をすると
機械が自動的にストップを掛けるらしい。カードを最後に使ったのはイスタンブールのスタバ。
怪しいといえば怪しい。が、翌日、宿の精算にカードを使ったらすんなり通りました。
ウィーンまでカード無しで行くかもと思っていただけに拍子抜け。なんだったのだろう?

夕食のナウティカの方はというと、ドゥブロヴニクで最も高級なレストランらしいですが、
確かに値段は前夜の店の1.5倍以上はして高かった。けどそれだけ美味しかったかというと疑問。
クロアチアに高級さを求めるということ自体が間違っていたのかもしれません。

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東欧旅行2、4日目

朝食はまたバスターミナルのパン屋で考えていましたが、あまりにも単調になるのでR0010709
近いところにあるブルゲルというレストランに足を運びました。朝7時半から開店。
人気メニューというパブリカの肉詰めをオーダー。うーんクロアチアの郷土料理はどれも美味しい。

ホテルをチェックアウトしてトラムでバスターミナルへ。さらに空港バスで空港へ。
この日はこの旅のハイライト、アドリア海の真珠、ドゥブロヴニクへの移動日です。
プロペラの付いた簡素な飛行機で1時間ちょっと。飲み物が水しか出なかったのは残念。

が、青い海や地中海性の乾いた荒野などが目に入ってくると興奮を抑えられません。
飛行機のタラップを降りて、岩山と対峙した時は感動しました。

空港バスからは海や人家も見えてきます。赤茶の瓦とベージュの壁は統一され
それは別荘のように見え、まさにここは南欧風リゾートの極地です。
糸杉なんかも普通に植わっていてプラハや南仏のル・ピュイなども超えている。

が、このバスが旧市街の西、ピレ門に着いた時は印象は一変。
そこは夏場の江ノ島のように観光客で埋め尽くされていてカオス状態。
インフォメーションで乗るバスを聞いてバス停に立つも樹脂製の屋根を通して熱波が。
目の前ではラリったような若者が女の子をナンパしたりしている。暑いしうるさい!

遅れてきたバスにようやく乗り込むも、ループコースのはずが途中で運行が停まってしまう。
仕方なくスーツケースを押し、ゆるやかな坂を下ること10数分、ようやく本日の宿に到着。

この宿、アルゼンティーナはシーズン価格でザグレブやウィーンの宿の2倍以上の宿泊料なので
どうしても期待してしまいましたが、良かったのは窓から海が見えることと旧市街からの距離。
朝食は付いてきましたが部屋は狭く、EVがないので道路から3階分上らねばならないなど
不満もありました。

さて、とりあえず荷物を置いて旧市街へ向かいます。城壁の手前にはビーチがあり、
ここもまたひとひとひと。でも泳ぎたい気持ちはわかります。ドゥブロヴニクはザグレブより暑い。
で、ザグレブと同じくまずは涼を求めてアイスクリーム屋へ。ここが旧港。

海沿いを少し歩いてからクロアチアのコンビニのコンズムを目指して再び城内へ。
飲料を購入してから、レストランの予約をとりに土産物屋が並ぶ小道を西へ移動します。
門から出てすぐのレストラン、ナウティカに行ってみると今日は満席。
で、翌日の18:30に予約を入れました。この日の夕食はホテル併設のヴィクトリアに変更。

するともうすることもないので、目貫通りのプラツァをのんびり歩いて宿に戻ります。
ここでこの旅2度めの洗濯。レストランへの予約の電話で夕食は7時半になりました。

レストランの野外席からは城壁に夕陽が落ちるのを見ることができました。
日没は8時位だったのでタイミングはばっちり。が、日没後から下階にあるバーから
音楽や歌声が聞こえてきて少々うるさかった。メニューは前菜、リゾット、メインから
1品ずつ選んで2人でシェアしてちょうどいい感じの量でした。

セクシーなウェイトレスとちょいワルなウェイターは好みによるでしょうね。

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東欧旅行2、3日目

クロアチアの世界遺産であるプリトゥヴィツェ湖畔国立公園への往復日です。R0010645
バスでザグレブから片道2時間ちょっとかかります。

朝は早めに出て、長距離バスターミナルに見つけたパン屋で朝食をとります。
この店、24時間営業なので便利なのですが忙しい時は外国人は面倒がられがち。

公園を成しているのは大小16の湖とそれをつなぐ92箇所の滝。湖水の色はエメラルドグリーン。
水が豊富なせいか、ザグレブに比べると涼しく過ごしやすかったですが
世界遺産なだけあって、観光客もかなり多かった。

入場券を買ってカフェで飲料を購入、まずは公園中間部にあるコズイヤク湖へ。
ここで船で対岸まで渡り、さらに湖の下手まで船を乗り継ぎます。
透き通った水の中には小さなマスがたくさん。鴨もいます。対岸に小さな滝が見えたり、
きれいな景色が続き、飽きることはありません。

2本目の船を降りてからは遊歩道を湖と滝を眺めながら進みます。
滝はストンと落ちるというより急な渓流といったタイプのものが多い。

さらに下って行くとシュブリャラ洞窟。なかに入って上ることができます。
最後にあるのは落差最大のヴェリキ滝への往復。見上げる感じですが迫力ありました。

そこからはつづら折れを上って、尾根上から湖を俯瞰することができます。
それが終わったところからシャトルバスが出ていて、入場した場所まで戻ります。

ここで遅い昼食。ポヤナというセルフサービスの学食のようなレストランでマスのグリルを頂く。
ポテトもつけてもらいましたが、やあこれも美味しかった。
そのあと、土産物屋も物色して、満足して帰途につきました。

夕食は朝と同じ所で買ったパンとなりました。ヨーグルト用のスプーンも見つかりひと安心。

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東欧旅行2、2日目

そういや飛行機はクリミア半島のすぐ西を飛んでいた。危ないよね。帰路では改善されてたが。R0010599

イスタンブールの空港は新しいがモダンで特に特徴も見られない。
唯一イスラムを感じさせるのは窓から見えた1本のミナレットのみ。これも代々木上原で見られるし。

ただ、ハブとしては賑わっていました。とりあえずスタバに入ってクリームのない、
マンゴークリームフラペチーノを飲みます。この席ではWi-Fiが使えました。
しかし乗り継ぎの4時間というのはさすがに長く、いろんなところに移動していたりしました。

クロアチアの首都、ザグレブまでは2時間ちょっと。空港は首都とは思えない平屋構造でした。
屋内はちょっとハイテク風。荷物を取り両替をして市内へのバスに乗り込みます。
クロアチアの通貨単位はクーナ。1クーナ=18円ほどです。

バスから見た風景は高原風。特に何に使っているでもない草原が広がり、奥には低山が。
道路は整備され、家屋や車はきれいで、裕福な国といった印象を受けました。
ただ、特徴的な何かがあるわけではない。

バスは市街地の長距離バスターミナルに着きます。まずは翌日のプリトゥヴィツェ国立公園への
バスチケットを購入。ここから鉄道駅前にあるホテルまでは歩きましたが、
15−20分ほどかかり、意外と遠かった。さらにこの道中の街は荒れていてちょっと不安に。

しかし2泊するホテルのエスプラナーデは十分に豪華でした。部屋や水回りも広いし。
ただ朝食が別で高いのと、Wi-Fiがリードオンリーなのが残念でした。
荷物を部屋に置いて街に出ますが、ここで暑さにやられます。

なるべく木陰を選びながら観光資源のある北の小高い丘を目指します。
しかしこれも15分ほどかかり微妙に遠い。

ザグレブで中世からの建物が残っている地域は中心部のごく限られた地域のみです。
これらはよく整備されていますが、街の周辺部に見られる恐らく社会主義時代に建てられた
高層アパートは概して荒れていて対照的。

さてようやくイェラチッチ総督広場に到着。と言っても人が集う気温ではない。
とりあえずアイスクリームを食べてクールダウン。ここから丘に上りますが気力が湧かない。

聖母被昇天大聖堂、青果市場、石の門、聖マルコ教会とまわるも興味わかず。
土産物屋に入っても何かを買おうという気にもならない。結局このあとロトゥルシャチュク塔
を見て近くのカフェで水分補給するも回復せず、結局30秒で終わるケーブルカーに乗って
丘を降りて、そのまま宿まで歩いて一旦休むことにしました。

汗だくで気持ち悪かった衣類を洗濯し、水のシャワーを浴びると少し回復してきました。
それで少し眠ったのかな?夕刻になって日が傾いた頃、再度街に出ました。
今度は体力消耗を避けてトラムに乗ります。この青いトラムが近未来的デザインで
古典的な風景の中を走るさまはちょっと不思議な感じがしました。

目指したのはスターリ・フィヤケル900という郷土料理の店。
メニューがわからないのでお勧めをお願いするとザグレブ風カツレツと、
グラーシュというシチューが出てきてこれがどちらも美味!
後でウィーンにて同様のメニューを頼みましたが、この店のほうが美味しかったです。

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東欧旅行2初日

成田発22:30の飛行機なのでゆったり構えていましたが、本州を縦断した台風の影響がR0010590
出始めていたので、予定より1時間早めに出発。

暑くて新宿駅で飲み物を買い、涼む。NEXに遅延はありませんでしたが飛行機は30分早まった。
恐らく台風の進路による影響と思われる。チェックインしてからスタバでひと息。
出る頃には免税店はほとんど閉まっていた。

ターキッシュエアラインの飛行機は新しくグレードは高いが運用するソフトに欠けている。
役割分担という意識がないのか、ひとりでなんでもしようとするからミスが出てくる。
食事もいまいち。主食などで味がついていないものがあり、付属する塩コショウを振るしかない。

機内ではランス・アームストロングの映画を見られたが、これが終わる2時間後に
ようやく夕食が修了。もっと早く眠りにつきたかったのだが。
結局8時間ほど浅い眠りを繰り返してから朝食。疲れが抜けない。

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東欧旅行2概要

お盆休み前後にクロアチア、ウィーンへ6泊9日の旅に行ってきました。R0010779

ウィーンは2007年以来ぼくは3度めの訪問。クロアチアは初めて足を踏み入れました。
宿泊地はザグレブ、ドウブロヴニク、ウィーンでHotels.comというところで予約しておきました。
ホテルに歯ブラシや剃刀類はありませんのでご注意を。

航空会社はターキッシュエアラインでイスタンブール経由。クロアチア国内はクロアチア航空。
前者はサービスが残念で、後者はケチとの印象を受けました。

8月のクロアチアは暑かったです。少し日程をずらしたほうが過ごしやすいかも。
一方でウィーンは長袖シャツがほしいほど寒かったです。天候も良くなく雨が降ったり。
両国とも日本人と韓国人の観光客が目立ちました。密かなブームなのでしょうか?

現地の物価はともにに高く、ウィーンではカードを使えないところもあるので注意。
クロアチアでは3万円、ウィーンでは1.5万円ほど両替していきましたが、後者は甘かった。
不用意に夕食をキャッシュで払ったりすると途端に困窮してしまいます。
ウィーンのカフェ、レストランにはチップの習慣があります。治安はともに良し。

・初日:成田−イスタンブール
 機内泊
・2日目:イスタンブール−ザグレブ
 Hotel Esplanade Zagreb泊
・3日目:プリトゥヴィツェ湖群国立公園往復
 Hotel Esplanade Zagreb泊
・4日目:ザグレブ−ドウブロヴニク
 Grand Villa Argentina 泊
・5日目:ドウブロヴニク
 Grand Villa Argentina 泊
・6日目:ドウブロヴニク−ウィーン
 Hotel Das Triest泊
・7日目:ウィーン
 Hotel Das Triest泊
・8日目:ウィーン−イスタンブール
 機内泊
・最終日:イスタンブール−成田

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2014年8月18日 (月)

帰ります

これから帰ります。

最終日もなにかと慌ただしく疲れました。
機中でゆっくり眠れますように。。

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2014年8月17日 (日)

20ユーロしかない!

ウィーンは寒いです。ふところも寒くなってきました。

ウィーンの滞在時間はあと24時間。手元には20ユーロのみ。
入場料とか高くてカードの使えないとこ多すぎ。

果たして足りるのか?

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2014年8月16日 (土)

ウィーンでウィンナーコーヒー

やっとウィーン到着です。
ウィンナーコーヒーと山のようなパンケーキで腹を膨らせました。

ウィーンは都会であり現実です。
帰ってきた安心感の一方で力尽き、脱力感にも襲われています。

ワグナーの教会が見られればもういいか。
食事をとるのも面倒い。。

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2014年8月15日 (金)

明日はウィーンへ

暑い中、歩き回ってばててホテルに一時避難中。

やあとし食うとこういう旅もしんどくなってきます。
タクシーとか普通に使うと楽なんでしょうが。

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2014年8月14日 (木)

ドブロヴニクにて

ようやくWi-Fi環境の整った宿に到着。

ドブロヴニクは良く出来たテーマパークのようです。
昔、商業施設を手がけた時に参考にした引用元がそのままw。

2014年8月13日 (水)

ドブロヴニクへ

ザグレブからドブロヴニクに移動中です。

暑さが意外でばててます。

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2014年8月11日 (月)

飛んでイスタンブール

はい、経由地です。

これからクロアチアに飛びます。

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2014年8月10日 (日)

上原の家オープンハウス

谷尻誠さんによる上原の家の内覧会に行ってきました。R0010583
メインストリートから一本入った細めの道路に面するビル状の建築。

全体はグレーの左官に覆われ、コーナー部分に不定形な開口が幾つかありますが
何階建てかなど、外からなかの様子を伺うことはできません。

なかに入ると空間は階段吹き抜け部分と居室部分に大きく別れて、
壁面や階段は外壁同様、グレーに塗装されています。

階段室部分は台形平面となっていて、各階で階段の走り方が異なり、
変化のあるシーンを演出しています。

居室部分はそれと比べると暗く、狭い感じはしますが、
階段部分もひとつの居室だと考えれば快適な生活がおくれるかもしれません。

この建物の最大のポイントは地上部分が木造だということでしょう。
地下1階地上3階で最高高さは11.9mにまで達しています。
それで開口が少ないのでしょうか。RC壁構造ならもっと開けられると思います。

木造にしたのは恐らくコスト。内部塗装工事は自家施工のようですし。
たぶん恐ろしく安く上がっているのだと思いますが、それでもこの高さに
こだわったのはさすがだと思います。外観も階段室もこの高さがあってこその質です。

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2014年8月 9日 (土)

アオイホノオ

島本和彦の漫画作品で今、テレ東でドラマ化され放映されています。主演は柳楽優弥。51nuealoyfl_aa278_pikin4bottomright
内容は学園モノで島本氏の学生時代を描いたノンフィクション?自虐ネタ満載。

島本氏の作品はぼくが学生時代に触れた炎の転校生以来ご無沙汰していました。
(←江川達也のBe Free!との勘違いでした。未読です。)
いつのまにかこんな作品が描かれていて、既に単行本は12巻に達しています。
さすがに全部チェックするのは辛く、先日漫喫で7巻までまとめ読みしました。

やあ面白い。自虐モノとしては吾妻ひでおの失踪日記に近いものがあり、
ともにどこか他人ごとではない感じがして共感することしきり。

島本氏にとって最大の不幸であり、ギャグネタとしては最高なのが、
同じクラスにあのエヴァンゲリオンで有名な庵野秀明がいたということ。
他にも雑誌に持込してスルーされたり、運転免許試験で何度も落ちたりと
挫折ネタは多いですが、庵野の存在は突出している。

作中にも描かれる卓越した描写力をもって、3回生時にて既にマクロスの制作に参加し
あの宮﨑駿の風の谷のナウシカの作画担当として上京しとっとと退学してしまうのである。
エヴァンゲリオンは庵野35歳の時の作品。

ぼくも危うく似たような状況に陥る可能性がありました。
もし大学入学が1年遅れていたら、西沢立衛、下吹越武人と同級生になるところでした。
同級生が45歳にしてプリツカー賞受賞、母校の教授就任ってどうよ。

建築はギャグになりませんからね。もし彼らと面識があったら嫉妬ばかりが渦巻いたでしょう。
いやあ研究室に近づかなくて本当に良かった。(笑)

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2014年8月 8日 (金)

シュロ

以前留守番をしていた祖父母の洋館の庭にはシュロの木が立ってました。800pxsatsuki_and_meis_house_01
2階の窓くらいまでの高さがあり、切るのはもったいなく感じましたが、
土地を売買するときは更地にするのが原則なのであっけなく伐採されてしまいました。

今の自邸の敷地内には、中庭になかなか育たないハナミズキ、
アプローチには隣家から飛来した種子から自生した中木が育ちつつあります。
基本、成り行き任せなのですが築14年にもなるので少しいじってみてもいいかも。

案としてはアプローチと中庭の樹木をシュロに換えるというもの。
特に急がないのでどこかで伐採工事があるときにお願いして譲ってもらえないかなあ。

写真はサツキとメイの家の横に立つシュロ。

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2014年8月 7日 (木)

対岸の彼女

角田光代さんによる直木賞受賞作。発表されたのは2004年。Kakuta

ぼくが角田さんを知ったのは空中庭園が映画化されたと聞いたとき。
それは2005年のことで、たぶん空中遊園の小説を読んだのもその頃だったかと思いますが
小説は2002年に書かれていて、対岸の彼女のほうがあと。

空中遊園の文はうまくまとめてるなあというぼんやりした印象しかなかったので、
対岸の彼女での即座に絵が浮かんでくるようなリアルな描写には驚きました。
特にここぞという時のセリフのリフレインはやばい。

高校時代に救ってくれた友人との濃密な時間。そこにあった明るさと自信、信頼。
それは決して彼女を取り巻く何かが裏打ちしていたものではなく、
ただ人間を、相手を信ずるという強さ、それだけにあったという事に気づいた彼女は
20年という月日を猛進して疲れ果てた末、遂に逆の立場としての相棒に出会う。

こう書くと単純ですが、全体は主人公の高校時代と現代がパラレルに描かれていて
さらに主人公の設定もスイッチされてW主役のような複雑な形式となっています。
すさまじい展開を見せる高校時代と比べ、現代の主人公はなんとも煮え切らない。
しかしそのぶん現実的で、共感する読者は多いのではないか。

この小説のテーマは友情です。
私たちの世代って、ひとりぼっち恐怖症だと思わない?というセリフが挿入されています。
角田さんは学年でいうとぼくの2つ下。37歳の時に35歳の主人公を描いているので
ぼくにとってもこの小説の主人公2人はほぼ同年代です。

マジョリティにとってはそうなのでしょう。ぼくはもとからマイノリティと自認しているので。
友人らしきものができたのは社会に出てからでそれも長続きせず、終わった時は戸惑いました。
あれはなんだったのだろう?バカにされても怒らず信頼されているという感覚。
一緒にいることが嬉しいし当然で、相手もそう思っているという確信。

それは今、連れ合いとの関係の中で受け継がれているように思います。
それはやはり強さなのでしょう。そう思うとぼくは彼女に助けられてばっかりです。

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2014年8月 6日 (水)

沼尻峠、安達太良山無期延期

一応、当初に予定に入れていたこの山サイ企画。
とりあえず以下の様な感じで考えてみました。

・初日:猪苗代駅−中ノ沢温泉 中ノ沢温泉泊
・2日目:中ノ沢温泉−硫黄採取場−沼ノ平−沼尻峠−くろがね小屋−二本松駅

が、調べていくと沼ノ平で1997年、硫化水素ガスにより登山者4名が死亡する事故があり、
それ以降は沼ノ平やくろがね小屋と鉄山を結ぶルートが通行不可になっている模様。

ルートとしては北の胎内岩もしくは南の船明神へ迂回して通れないことはないですが、
ともに自転車にはつらい岩場があり、なにより沼ノ平が走れないんじゃ魅力半減。

結論としては転付峠と同様、無期延期とします。
今回ばかりは事故にあわなくてラッキーだったといえるかもしれません。
チャレンジングな山サイは今年は恐らくもう終わりです。

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2014年8月 5日 (火)

清水峠のダメージ

・自転車R0010562
 ディレイラーハンガーは前回のでは修正が足らず再度曲げ戻しをしました。
 一瞬にせよものすごい力がかかったのだなあと実感。
 フレームもクラックこそないものの表面は傷だらけ。特にダウンチューブの左側。
 フロントフォークのROCKSHOXの自作ロゴは雨で染料が滲んで赤っぽく変色。
 ディスクブレーキパッドは今回も減らず。アリゲータ、すげー。

・身体
 2、3日は全身に痛みがあり喉にまで達しましたがそれは引いています。
 お腹の調子の方はむしろ悪化していて下痢続き。がぶ飲みした沢の水に何か入っていたのか?
 発熱はなし。左肘のダニのようなものに食われた痕もまだ少し腫れています。
 足の爪は切って臨んだのに右脚親指爪に内出血が発症。痛みは今のところなし。

 もう少ししたら海外なのに大丈夫かな…。

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2014年8月 4日 (月)

メガネ曇り止めの効果

去年の9月の雨の王滝のあとに購入し、実戦で使うのは清水峠が2度め。R0010563
5月の王滝はコンディションがよかったのか問題ありませんでした。
必要になるのはガスに包まれたり、小雨が降っているような状況。

今回は自宅で事前に塗っていきましたが、これが失敗。
大した荷物ではないので持って行くべきでした。

初日の短いヒルクライムと猛暑で滝にように汗をかいて流れてしまったのが、
その日の晩、風呂場でメガネが曇ったので気づきました。

当日は白樺避難小屋の先からガスが出て案の定、メガネが曇りました。
両眼とも、中心に僅かな視界を残して。
しかし今回はタイムリミットがなく押していたのでその都度拭いて対応しました。

曇り止めの説明書によると、米粒大の液を垂らしてのばし、ティッシュなどで拭き取る
とありますが、完全には拭き取らないほうが効果は持続するかも。
しかしこれはちょっと期待はずれだったかな。

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2014年8月 3日 (日)

不動産業者不信

うちの父親は祖父が起こした小さな不動産屋を営んでいて、母親もアパートを所有しています。
不動産業は身近な存在なのですが、建築家の集まりでそれを話すと羨ましがられました。
でも不動産業もそれぞれですから。ぼくはそこから仕事をもらったことはありません。
むしろぼくはその職種に人間に不信感を持っています。

祖父は生前、不動産はヤクザな商売だから父親には継がせないと言ったそうな。
当時、ぼくはその言葉の意味がわかりませんでしたが、今は確かに向いていないと思います。
やり手の不動産屋というのは客に金を使わせることばかり考えていますが、
契約している大家のボロアパートを新築させることすらできないようじゃ通用しない。

以前、母親のアパートの敷地を少し売ってくれないかと初老の紳士の不動産屋が来たことがあり
それは奥の敷地が2m接道していなくて死に地になっていたからなのですが、
親切心からそれに応じ、契約のためにその不動産会社を訪れたところ殆どヤクザみたいな所でした。
彼らはそのまま土地を転売して、今はアパートが建って別の不動産屋が管理しています。
ヤクザな彼らにしてみれば金が入ればOKで、アパート経営なんてやってられないのでしょう。

また大学の後輩が不動産の道にに進み、共通の知人のぼくの同期が彼から家を買ったのですが
それを売ろうという段になって苦労しているのを見て彼にそれを伝えると、
ああ、売れませんよあれは、と一笑されました。同期は親切心から買ったかもしれないのに。

まあ例を上げていけばキリがありません。やり手の彼らにとっては義理より金なのです。
なんでそうなるかというと、扱う金額が他の商売と比べて桁違いに大きいからでしょう。
その額に目が眩んでしまう。しかもそれは汗水たらさずしてたやすく手に入る。

大学の後輩はその道に進んでから眼の色が明らかに荒んだのが印象に強く残っています。

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2014年8月 2日 (土)

サイフ復活

雨にやられてすっかりよれよれになったサイフ。R0010561
どうにかならないかと検索したら手入れ方法のYouTube動画がありました。

まず指で暖めながらクリームを財布全体にのばす。今回は靴用クリームを代用。
次にドライヤーで表面を温めたあと、柔らかい布で拭き取る。

これだけでサイフの内側は回復しました。外側は傷が多いためか難航し、
その後も気が付いたらこまめに拭くようにしています。

サイフのアイデンティティだった小口のマルチストライプはどうやっても回復せず。
かわりにマイブームである水色のカッティングシートを貼っています。
まあまだ何とか使えそうにはなりました。

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2014年8月 1日 (金)

Rapha Cycle Club Tokyo

言わずと知れた高級自転車ウェアブランド、Raphaの直営店が北参道にオープン。R0010556

通りから一本入ったところのRC造の新築ビルの1階と地下に入っています。
場所はこちら

1階がカフェ、階段を下りた地下の吹き抜けがショップとなっています。
かなりおしゃれな造りで、さすがRapha。また狭いながらも在庫は豊富です。

気軽に買える値段ではありませんが、日本のサイクルデザインシーンを引っ張ってもらいたい。
pandaniがパンクなら、こちらはエスタブリッシュメントとでも言えるでしょうか。

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