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2015年4月23日 (木)

より良い死を迎えるために、建築ができること

モダニズム期の機能最優先の病院と、ブルネレスキによるルネサンス期の捨子保育院を比べ、
昔のほうが死にゆく空間が豊かだったのではないかと問いかけています。

土葬が火葬に変わったように死に対する考え方は常に変化しており、
死に対する積極的発言がタブー視される現実も変わっていくのではないかと。

しかしより良い死というのはなんだろう?それは一義的に決まるものであろうか?
それはその人の帰依する宗教や死生観に関わってくるもので、千差万別なのではないのか。

畳の上で死にたいと思っている人もいれば、行き倒れて獣に死体をついばまれてもいい
と思っている人もいるでしょう。だいたい捨子保育院があの形になったのは当時の流行りで
あったからで、現代では現代の流行というものがある。どちらがいいという話ではない。

個人的に言えば、ぼくは病院の真っ白な何もない空間というのは好きです。
昔事務所に勤めていた時期のバブル期のただなか、連日連夜のハードワークから突然切り離されて、
10日ほど入院しました。白い壁に白い天井、窓の外はコンクリートの壁で梅の枝が一本見えるだけ。

そういう環境で毎日のスケジュールが空白となったときに、久しぶりに自分のことを冷静に考え、
事務所を辞めることと、こうしたことを考えさせてくれた、なにもない空間というものを
つくっていこうと決めました。それは今もどこかで続いています。

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