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2015年6月28日 (日)

二笑亭綺譚

昭和の初期に今の門前仲町にほんの7年間ほど建っていた奇妙な建築、二笑亭。Unknown
メディアに載ることもなく、たまたま美術に詳しい精神科医の式場隆三郎の目に止まり
二笑亭綺譚というモノクロの写真、間取り図、テキストにて本として記録されました。

施主の渡辺金蔵は所謂奇人で、50歳前に見舞われた関東大震災のあとに突然世界一周に出かける。
その時の記憶を持ってしてか、帰国してからバラックの自邸の改築を始めます。
しかしこれは真に分裂気質の作風で、住みづらく家族は皆出て行ってしまった。

ひとりぼっちになってしまった彼は結局精神病院に収容されそこで亡くなってしまいます。
病名は統合失調症とつけられたようですが、どうも双極性障害のほうが近い感じ。
式場は結局この家を褒めことすれ解釈することはない。渡辺が病人であることを前提としている。

西欧建築のプロポーションを正式に学んだ建築家、谷口吉郎にとって調査に入った二笑亭は
縄文時代の土器のような妖気は認めるも、美的評価はしていない。

式場隆三郎の息子の式場隆成は豊かな想像力を持って。二笑亭は現代的な茶室ではなかったかと
推測しています。一見突飛で強引な解釈ですが、たしかにそう読めなくもない。

二笑亭の復元模型を手がけた岸武臣はシンメトリーに見せながら、実のところ
対称性を微妙に崩している所に渡辺の美的意図を読み取ります。
建築史家の藤森照信は時を同じくしたマヴォ、バラック装飾社とのつながりを指摘しています。

結局のところ、何が真実だったのかは誰にもわかりません。ただぼくは冒頭の電話を取り外すという
エピソードから渡辺に親近感をいだきました。ぼくも今50で事務所の電話を切った。
頑固で好きなことを押し通すというところも似ている。孤立することを恐れていないし。

彼がクリエーター気質を持っていたことは疑いない。ただ時代的にそれは受け入れられなかった。
もし彼が現代に生を受けたならば、おそらく異端の建築家と呼ばれるのではないか。
現物が失われたのは不幸ですが、そこらの売れない建築家より余程注目されているのは事実です。

ちなみに渡辺はデュシャンの10歳上にあたります。

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