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2015年7月13日 (月)

教職と僧侶

ともに人格としての適正を問われる職業という認識で、30年前からそう思っています。

昨日、ドトールが教職試験を受けるスーツ姿の学生で埋まっていましたが、

あの子どもたちが1年後には先生と呼ばれる職業に就くのですよ。考えられない。

医者や弁護士だって研修期間はあるし、一級建築士でさえ2年間の実務が必要です。

教育実習というのもありますが2−4週間と短い上、子供側もこれは模擬として捉えている。

だいたい教職に就きたいという人は、学校が楽しかったひとがほとんどでしょう。

学校嫌いやいじめられた生徒の感情なんて理解できるわけがない。

実際ぼくの知人で教職の道に進んだひとは、鈍感、単純というイメージが強い。

今はモンスターペアレントとかいますから、鈍感でもないとやってられないのかもしれませんが。

ぼくにとって学校は動物園のようなものでした。しかもライオンとシマウマが同じ檻にいる。

先生なんて何もしてくれないし、好かれてると思わないからハナから何も期待していない。

多くの人がネットで発信していますが、自殺するくらいなら学校に行かなくても良い。

公的なシステムもそれを許容するものになるべきだと思っています。

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