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2016年3月11日 (金)

アカ嫌いな歴史

ぼくは単純に極右とか極左が嫌いなノンポリ文化人です。

まず警察権力とか管理教育とかが嫌い。これはロックを聴いて育ったた子供にとっては

まず普通な反応なのだろうと思います。直接的には私服刑事の腐った目を見て虫唾が走った。

一方で共産党とかアカにアレルギーがあるのはもう少し複雑な経緯があります。

横浜の公立小、中と進んだぼくは当時日教組の強い影響のある環境にいた。

中学校は制服がなく、髪型も自由だった一方、国歌国旗類は軍国主義的で危険と言われてきた。

高校は私立のバリバリの管理教育で朝晩の国旗掲揚時に国歌が流れている間は直立不動。

ロック少年だったぼくは中学の教育のほうが水が合う思え、大学に入学すると、

さしたる精神的抵抗も感じずに生協運動に関わることになります。

生協は基本的には政治色は排除されていますが、学生組織内には共産党の青年部である

民青の構成員が勧誘をしていました。ぼくは熱心な学生ではなかったので対象外でしたが。

ここで左は左でえげつないことを初めて知ります。大学には学外から中核派や革マル派が

紛れ込んでいて、ぼくらが入学する前には学食内で内ゲバ殺人もありました。

実際革マル勧誘員と対峙したことがありますが、私服刑事と全く同じ目をしていた。

70
年代前半には連合赤軍が凄惨な事件を起こしたし、毛沢東やスターリンやポル・ポトによる

虐殺など、結局マルクスの唱えたものは理想論で人間の感情というものが抜け落ちている。
だいたい自分らを指導者などと呼ぶあたりが高校の暴力教師と何ら変わりない。

ぼくを勧誘の対象にしなかった生協の先輩はこいつはダメだと最初に思ったそうな。

まあただの反逆ロック少年でしたからね。結果的にはそこで評価されなくてラッキーでした。

ここで左に取り込まれたひとたちは、いまだに不遇な生活を送っているケースが多い。

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