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2016年7月

2016年7月31日 (日)

作品性

ぼくは自邸をワンアイデアでルーズにつくったと前に書きましたが、住む分には

それは気楽で正解でしたが、最近よく思うのは「作品」ではないなということ。

象徴性がないと言い換えてもいい。これはもう変えられないというものではない。

作品性を出すにはこだわりが重要です。まずは余計な線は消してシンプルに見せる。

かたちについてはなるべく簡単な法則によること。例えば等分や対称、正方形、揃える。

アイデアや構成はもちろん大事ですが、それだけだと作品にならない。

まあ、しょうがないわな、という妥協がいちばんよくない。自邸であれば木の筋交いや

北側斜線で削られた線。安くあげようと思ったら木造一択ですが、作品性にこだわるなら

RCや鉄骨造のほうがふさわしかったでしょう。

自分ではそこそここだわる方だと思っていましたが、歴史に残るような住宅と比べると

明らかにそれは不足しています。例えば古い例ですが菊竹さんのスカイハウスとか。

では意識すればできるかというと、どうだろう?

今からだと難しい感じもします。

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2016年7月30日 (土)

リスク

山サイのことをブログに書いて、安易に真似したひとが遭難したりハイカーに

迷惑をかけたらと考えなくもありません。でもそれを言い出したら世の中の

冒険記というものは絶滅してしまう。リスクと責任は各自が負うべきです。

自転車に単独行というのはリスクですが、そもそも登山はリスクはつきもので

標高はせいぜい2000m止まりで泊まっても1泊、岩場や冬山には近づかない、

沢登りはしないという点ではかなりリスク回避に動いている面もあります。

ただそれでも絶対に遭難しないとは言い切れない。1700件ものヘリによるレスキューを

一度の二重遭難もなくこなした篠原秋彦さんでさえ、2002年に転落事故で亡くなっている。

享年54、加齢による瞬時の判断ミスはあったかと思います。ぼくも山に自転車を持ち込む
のはあと4,5年かなとぼんやりと思っています。

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2016年7月29日 (金)

Tポイントカード再発行

2年半前につくったTポイントカードの両端に亀裂が入り、機械で読み込めなく

なったようなので、発行したTSUTAYA渋谷店に行って再発行の手続きをしました。

と、新規加入は無料なのに再発行は345円の手数料をとられました。有効期限は

変わらず。ただ一度脱会するとポイントは引き継げないので再発行としました。

あとから考えるとこれは失敗。毎年更新のたびに渋谷に行くのが億劫に感じて

いたので、周囲の店でポイント使いきって脱会。地元の店で再加入というのが

正解だったと思います。

しかしなんでカードに亀裂が?と思っていたのですが、財布のジャンパーホック化が

原因かと判明。昨年の5月の日記です。

http://studio-blank.cocolog-nifty.com/blog/2015/05/freitag-f51-dal.html

安易に既成品に加工するものではありませんね。今は破損の恐れのあるものは

後ろの方に移動させて再発防止としています。同じ所に運転免許証も入れていて

危ないところだった。

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2016年7月28日 (木)

優生学

神奈川の知的障害者施設で元職員が入居者19名を殺害するという戦後最悪の事件が起きた。

19人も殺せばまず死刑は逃れられない。なのにこの容疑者は事件後すぐに自首した。

自殺する素振りすらなく。そこには反省はおろか怒りの感情さえ伝わってこない。

容疑者は半年ほど前に政府首脳に知的障害者の抹殺計画書を送っていたそうです。

意思の疎通もできない社会のお荷物は安楽死させるべきと訴えていた模様。

容疑者は自らの考えが社会的に正しいと信じきっていたのではないか。

生物的に劣るものは淘汰されるべきという考えは戦前、優生学と呼ばれ、世界各地で
いろんな形で展開され、その最悪の結末がナチスによる障害者のホロコーストです。

戦後、その実態が明らかになるに連れ、優生学は一種のタブーとして封印されます。

人間の優劣など、絶対的に決められるものではありません。実際戦前のアメリカでは

東洋人は劣等民族としてアングロサクソンや北欧人の下に位置づけられ排除された。

容疑者自身が優等民族の一員だと思っていたとしたら滑稽もいいところです。

今は優生学がタブーだと教えてくれる人は少ないでしょう。そして世界的に保守的で

排除的な過激な発言が目立ち、それが受け入れられていると勘違いしてしまう。
もしかしたら逆にそれがかっこいいと思っているのかもしれない。

日本人はもっとモラルについて教育を強化すべきではなかろうか。それはいじめの問題にも

つながります。こんな事件は2度と起こしてはならない。容疑者は当然極刑に処してほしい。

ベッキーやら舛添さんやら完全に平和ぼけした日本において、本件は比較にならないくらい

重大な事象です。決して他人事ではない。

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2016年7月27日 (水)

雁峠、笠取山、将監峠2日め

何度か目は覚めましたが10時間くらい眠っていました。寝具は湿っていましたがR0015394

体温で乾いた。けど重くて寝返りはうてなかった。2回ほど動物の鳴き声を聞いた

覚えがあるのですが、夢だったのかもしれません。

4
時半頃起きだすと流石に寒く、上半身だけ雨具をかぶる。空は部分的に青空も見えて

ほっとひといき。朝食は昨晩と同じ棒ラーメンです。

片付けて5時半前に出発し、水場の方に降りて行くもこれはミスコース。正しくは

小屋裏から山側に伸びている路です。しばらくは木立の中の気持ちのいいシングルトラック。

将監峠までの乗車率50%のほとんどはこの前半部分で使いきってしまう。

基本は比較的緩斜面のトラバースで清水峠を思い出しますがあれほど危険ではない。

特に前半は回りこんだ先にある沢にも真新しい木橋がかかっていて快適。

しかしそれも黒えんじゅを少し過ぎたあたりまで。ここまで100mほど下りですが、

ここからは逆に200m近く登る。しかも木橋は朽ちてきたものが多くなり、

橋がなくがれた沢もある。途中で雨具を脱ぎます。

沢と沢の間隔が短くなり、乗車箇所も限られてきて終盤は担ぐ場面も出てきます。

最後の最後に大きく崩壊した沢が2箇所。一応道はありましたが、いつまた崩れるか

わからないような状態。ペースはがたっと落ちました。

8
20にようやく尾根筋と合流。ここから下りで路は良くなり、乗車できます。

今回最も気持ちよかったパート。10分ほどで将監峠着。雁峠同様南側に草原が

開けています。逆に北側への眺望はない。

ここからスキーゲレンデのような斜面を下って将監小屋。小屋主さんが昨年亡くなった

こともあってか無人でしたが、テーブルのあるエリアは開放されていた。

バイオトイレも稼働していたのでお借りする。

トラバースでかなり疲れていたのでお湯沸かして野菜スープで間食。やっぱ具入りは

美味しい。持ってきてよかった。甘味の補給はもう少しあってもよかった。

9
20に小屋出発。ここからはダートのダブルトラックで完全な林道です。

走りやすいですがその分面白味には欠ける。この日は結局ハイカーと遭遇することは

なかった。15分ほどで林道走破。そのまま一ノ瀬高原の舗装路を下ります。

10
10道の駅たばやま着。ここまでほとんど下り。まずは自販機でアイスを食べる。

靴の汚れを落としてから吊橋を渡り、のめこいの湯へ。新しめな温泉です。

3時間600円で露天、打たせ湯、サウナあり。食事処はまだ開店前。

道の駅に戻ってレストランで再びソフトクリームとピリ辛鹿丼を食す。

売店で土産物を購入したあと、自転車の汚れをざっと落とす。

11
40にリスタート。ここから奥多摩駅まで23kmほど。結構アップダウンがあって

しんどかった。途中でコーラを補給した以外はノンストップで駅着が1305

次の電車が12分後で慌てて輪行して飛び乗りました。やれやれ。

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2016年7月26日 (火)

雁峠、笠取山、将監峠初日

バスは新地平で降りるも周りには何もない。自転車を組み立て、結局みとみまで行ってR0015381

トイレを済ませ、食堂で天ぷらそばを食べます。バスは終点まで行くのが正解。

10
15発。新地平のあたりまで戻って林道に入ります。途中にゲートがあって私有地らしい。

作業小屋があったりするので平日に行くのは避けたほうがいいかも。登山道ではある。

しばらくはダブルトラックのダートですが結構な勾配でインナーローから動けない。

横を流れる川の水量は豊富で、東京側とは対照的です。が、この川のせいかしばらくは

藪蚊に悩ませられることになります。

軽いガレ場のあとからはシングルトラック。徐々に勾配が増してきて押すようになる。

路面が細く盛り上がっていたり、ガレ場など担ぐ場面も出てくる。路はいつしか

森林の中に入り、川の渡渉を何度も繰り返す。防水靴必携。

この川との関係がなかなか終わらず勾配が稼げずじれてきます。が、気づくと川を

離れていて峠らしきものが見える。雁峠。標高1782m2000m程度あると思っていたので

拍子抜けしました。13時着。峠の雰囲気は昨年行った雁坂峠と似ていてぱっと開けた草原。

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人のハイカーがいてそのうち2人組と話す。この日はこの後笠取山で結構な数の

ハイカーと遭遇する。メジャーな観光地なのかレジャーシートを敷いてピクニック

みたいなことをしているグループもいた。

ここから分水嶺まではまた登り。分水嶺は多摩川、富士川、荒川への水が分かれるところ。

景色はよく、笠取山がやや遠目に見える。躊躇したが時間はあるので自転車を置いて

登ることに。コースマップによると所要時間は片道45分。

距離的には近かったですが高さは思ったよりあり、最後は勾配がきつく手を使って登るほど。

山頂は狭いですが山梨方面も見えて景色はいい。ただ直射日光がきつく、暑い。

最高標高地点は別にあるようで奥に進みます。

程なくして到着しますがやはり狭く、標識があるくらいで行ってもあまり意味は無い。

ここから登山地図にあるループ状のコースで分水嶺まで戻るべく、さらに東へ進み

分岐から下り始めますがこれがミスコース。結局コースがわからず引き返します。

下りは勾配がきつかっただけあってつま先が痛くなった。ブーツの紐はしっかり

結んでいたのですが。

分水嶺から笠取小屋までは下りであっという間。1510着。が、3つ建物があるのですが

どれも閉まっているっぽい。水場まで下ってみましたが手がかりなし。最悪一ノ瀬に

下るかなあと思いながら宿の携帯電話にかけてみます。携帯便利。

すると開放小屋は離れたところにある一見作業小屋に見えるものだそうな。

開けて中に入ってみると開放小屋の入り口がありました。いやいやほっとした。

寝具はあるが広さは3組くらいしか敷けない。調理は庭で自炊。12000円。

日が明るいうちに夕食をつくります。雁坂峠で飯物で腹持ちが悪かったので今回は

棒ラーメンなるものを試しました。が、これが具が一切なく寂しい。何かと組み合わせる

のがいいでしょう。肝心の腹持ちもあまり変わらなかったような。

この日の宿泊者はぼくひとりだけ。いろいろと些事を済ませて早々と寝床に入ります。

獲得標高を書き留めるのは忘れてしまった。

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2016年7月25日 (月)

雁峠、笠取山、将監峠より帰着

25−26日で走る予定でしたが26日の天気予報がよくなかったので1日前倒してR0015365

走ってきました。当初予定になかった笠取山にも自転車を置いて登りました。

http://studio-blank.cocolog-nifty.com/blog/2016/07/post-b428.html

当日午前1時に睡眠時間4時間でなぜか目が覚め、天気予報を確認して急遽

準備を始めました。2時間ほどで終えて出発まで横になるも全く眠れない。

体調悪いなと思いましたが、やはり今回はしんどい場面が多かった。

前倒しして気になったのは2点。塩山から西沢渓谷行のバスが日帰り客で

混むかも、と、宿泊地の笠取山荘が通常営業していて気を使うのではないか。

バスは当たりました。先頭近辺に並んでいてよかった。ただ客の多くは

乾徳山登山口で降りました。山荘は塩山で電話を入れ、開放小屋しか開いて

いないのを確認しました。これはこれで後に問題になるのですが。

詳細はまた明日。

初日

・走行距離:14.7km

・獲得標高差:920m

・最高標高:1957m

2
日目

・走行距離:53.0km

・獲得標高差:693m

・最高標高:1885m

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2016年7月24日 (日)

映画におけるスクールカースト

桐島、部活やめるってよとソーシャル・ネットワークという日米それぞれの学校の

スクールカーストが出てくる映画を立て続けに見ました。

スクールカーストのジョックとナードについては一度日記で触れています。

http://studio-blank.cocolog-nifty.com/blog/2011/03/post-2e5a.html

桐島は高校が舞台。主人公は眼鏡チビのナードで映画部。校内で幅を利かせているのは

桐島らバレー部など運動部ジョックやその女子を含めた取り巻き。最後はそのなかの
ひとりが主人公に対して自分はなにもないと気づいて涙を流しますが、説得力は薄い。

一方、SNは大学、ハーバードが舞台。主人公はユダヤ系チビで挙動不審なナード。

ボート部のガタイのいいイケメンジョック3人から学内SNS設立への参加を求められるが

裏切って比較的社交性のある友人のナードとともにFacebokを立ち上げ大成功。

SN
は実話に基づいたフィクションですが、さすがアメリカ、スケールが違う。

もちろん高校と大学という違いや、モデルとなったザッカーバーグの圧倒的能力

というのはありますが。

一方で、主人公が想いを寄せる女の子に未練を残すという点では共通している。

そしてその想いはかなわない。なぜならそれがかなってしまったらそれだけで

人生の勝者だから。それではジョックvsナードという構図が霞んでしまう。

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2016年7月23日 (土)

Another Glasshouse

1991年に提出したアイデアコンペ案。審査員は安藤忠雄とフィリップ・ジョンソン。R0015360

5点ほど提出経験のあるアイデアコンペの中ではコンセプチュアルで気に入っています。

ミースの作品がすべてグリッドから切り取られているように、同様のことを

現代の認識でやったらどうなるか、という試論です。地球上を周回する幾つかの線が

偶然重なりあい、そこに建築が生成される。地球の真裏には相似形がある。

設計要旨

近代建築思想はデカルト座標の空間を還元した。(略)

果たしてこのデカルト座標にどれほどの必然性があるのだろうか。(略)

実は直行グリッドで球面(地球)は覆えない。地図に用いられるグリッドは

極座標を強引に歪曲したものであるし、球面上においては平行線さえも存在しない。

平行直角に基づく座標は全世界的均質空間の表現と矛盾する。

今回のプロジェクトではロゴス中心主義に基づく予定調和をもたずに均質空間の

表出としての建築を試みる。その場において建築要素は、地球上に無数に周回する

直線情報をある地点において無作為に抽出し、その関係として設定される。(略)

建築は覆うもの(屋根)、囲むもの(壁、柱)、載せるもの(床)の重複部分に相当し

3要素すべてが重複すれば建築、2要素の場合は不完全な建築(半建築)となる。

この重複は偶然であり、大きな面積となる場合もあれば存在しない場合もある。

建築は速度を持つ各要素が交差する一瞬の出来事であり、生成と同時に消滅する。

イメージとしては伊東豊雄によるサーペンタイン・ギャラリー(2002年)が近く

あれを見たときはやられてしまったなと思いました。

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2016年7月22日 (金)

宗教

宗教は現世での民衆の不平不満をそらすために時の政権が利用した物語、

という話を昔聞いたことがあります。本当かどうかは知りませんが。

今辛くても来生では天国に行って報われて、云々。上に都合のいい法律。

一般的に経済的に余裕ができてくると宗教色は弱まります。だって神様がいなくても

十分生きていけるから。アメリカのユダヤ人なども、今彼らがつながっているのは

神様の共有よりはもはや商業的ネットワークなのではないか。

逆に貧しい国は宗教から抜けだせず、宗教は制約が伴うので、経済的発展には基本的に
マイナスに働く。つまり自由度が少ない。 その末イスラム教は過激派に意図的に悪用され、

富めるものへの攻撃のツールにされてしまっている。

共産主義も同じだと思います。20世紀に生み出された宗教。でもやっぱりそれは

夢物語で、学生運動が下火になってから失敗例が続々と明らかにされたように

革命後の世界は往々にして地獄だった。

で、結果的に日本は経済成長を遂げたので宗教の必要性はなかった。

西欧諸国も同様に豊かになったのでキリスト教の影響力は下がり、

日本は先進国の一部として一応、仲間として認められています。

それでうまくいくはずでしたが、昨今のイスラム過激派によるテロにて、

西欧諸国は内部分裂の様相を帯び始めている。異物を排除する動きです。

イギリスはEUからの脱退を決めました。融和への流れは後退しつつある。

日本人も他人事ではありません。なぜなら民族的にも宗教的にもぼくらも異物だから。

実際に欧米でモンゴロイドの子供がいじめに合う率は他の人種より突出して高いらしい。

日本人が認められているのは精神的に余裕のある大人の理性によるものでしかない。

しかしぼくらにできることは対立ではなく融和を唱え続けること。そして暴力に

訴えかけてくる過激派に断固たる態度をとること。それくらいしかないかもしれません。

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2016年7月21日 (木)

樹脂材による建築

隈研吾さん設計のPlastic Houseなる住宅があります。2002年竣工。(写真)R0015357

ぼくが先日書いた軽い建築というのは素材としてはカーボンファイバーが

最有力だと思っているので、さすが時代の潮目を読むのに長けたひとだというか。

これ、構造は従来からある鉄骨造です。建築では今のところカーボンファイバーは

構造材としては認められていない。ただ坂さんの紙管のように実験してデータの

裏付けが取れれば可能性はあるはずなので、そこまでのこだわりはなかったのか。

建材としてFRPグレーチングというのは1990年前後から存在しています。

ぼくも床のハッチで使ったことがあるのですが、これが樹脂なのに重い。

合板でつくっても重量差はほとんどなかったのではなかろうか。

加えて変色と破損という問題も抱えています。透明色を選ぶと短期間で紫外線で

黄色くなってしまう。写真のプラスチックハウスではちらりと見える茶色っぽい

塔屋がそれで、手前のバルコニー枠と外壁は竣工後に白く塗装し直されています。

破損に関しては同じ隈さんによるエスコルテ青山で全面的に使われていますが、

踏み面のジョイント周りが竣工直後からバキバキに割れていました。

納まりの問題なのかもしれませんが、不特定多数のひとが歩く場所には向きません。

変色は着色材であれば解決しますが、問題は主にジョイント方法とその強度か。
モノコックが理想ですが、焼かなければならないので大きさに限界はあるし、
カーボンを巻く型枠も大きくなるので、標準化しないとコストも掛かる。

建材としては比較的軽い木にとってかわるのはまだだいぶ先になりそうですね。
航空機で比較的大きなものをつくっているので参考になるかも。

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2016年7月20日 (水)

国立西洋美術館が世界遺産登録

経済効果としてはプラスに働くのでいいことだと思います。あの辺鄙な富岡製糸場にさえ1024pxnational_museum_of_western_ar

ひとは殺到しました。

ただこれは近代建築の巨匠コルビュジェというひとと、その世界への影響例として

拾われただけで、建築自体がコルビュジェの作品群の中で、また建設された当時の

日本建築界で影響力のある特筆ものだったかというと微妙です。

コルビュジェは現地視察として事前に1度しか来日しておらず、竣工した現物は見ていない。

彼の事務所が描いた図面は基本設計図面のみで、それも寸法すら記入されていなかった。

立面図では屋上部分の工作物が省略されていたり、概算見積もりもできない状態。

実施設計と現場管理を担当したのはかつてコルビュジェの事務所に在籍した

前川國男、坂倉準三、吉阪隆正の3人の建築家で、わざわざモデュロールから

ひとつひとつ寸法を起こしていったそうな。

当時はラ・トゥーレの修道院が平行して動いていたのでコルはおそらくそっちに注力していた。

ただ西洋美術館が特殊な例だったわけではなく、コルビュジェは構想にこだわるタイプで

仕上がりにはさほど興味はなく、現地事務所に任せるというケースは多かったらしい。

ただ西洋美術館に関してはコルビュジェはきれいに仕上がりすぎるのを危惧したという

話もあります。当時から日本の施工業者の技術レベルは高かった。案の定、竣工後

日本国内からもコルビュジェの当時の作品にしては迫力がないとの評が上がりました。

そうした事情は周知されていたため、西洋美術館に行く=コルビュジェの建築を体感する

という認識は今でも建築界では一般的ではありません。

西洋美術館の竣工当時は丹下健三の香川県庁舎や菊竹清訓のスカイハウスで伝統論争や

メタボリズムなどの動きが始まっていた。近代建築は日本でも既に次のフェーズに

入っていて、西洋美術館が特段のインパクトがあったとも思えません。

なのでぼくから見ると今回の決定は微妙な印象があります。西洋美術館は

阪神淡路大震災後に大規模な免震工事が行われ、オリジナルが損なわれないように

細心の注意が払われましたが、一方で日本の近代名建築は次々と壊されています。

DOCOMOMO
にはもっと頑張ってもらいたい。

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2016年7月19日 (火)

デザインの大きな流れ

デザインというのは基本的に技術革新とともに変化していくものです。R0015350

エレクトリックデバイスについて言えば、軽く、小さく、薄く、シンプルに。

iPhoneが大きくなったりと例外はありますが、大きな流れはこんな感じでしょう。

建築は20世紀初頭に技術革新があり、鉄筋コンクリート、空調、エレベーターが

発明され、やはり軽く、薄く、シンプルな方向にデザインは展開しました。

これはいわゆるモダニズムの言語で、技術的革新が目に見えづらくなった現代でも

この流れは続いていて、妹島さんがそうだし窪田勝文さんもその文脈で評価されてる。

もちろん、カーン、ボッタ、安藤やズントー、内藤といったあえて重い方に戻るような

動きもあって、その作品を否定するつもりはありませんが、歴史として見ると

それらはあくまで特異点であって、連続性は見いだせない。

構造家の故ピーター・ライスの言葉。

建築家は課題に対してクリエイティブに対応するが、エンジニアは本質的に革新性に満ちた方法をとる

おそらくこれからも構造家の担う役割は大きくなる。そして建築家は歴史に名を

残そうとしたら、軽く、薄く、シンプルであることを意識せざるを得ないでしょう。

坂さんの紙管の建築も物理的に軽いし、いずれは建材も、倒壊しても人的被害の出ない

ような軽いものが開発されるのではないかと思います。

写真は故ヤン・カプリツキーによるプロジェクト。早すぎましたね。

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2016年7月18日 (月)

売れる

今、そのひとがその業界で売れているかどうかはwikiの有無である程度判断できます。

wikiが出来立ての頃は、載っている人が羨ましかったですが、一部の人のように

自分主導で立ち上げようという気にまではならなかった。

結果的にそれは正解でした。wikiは一度できると更新を迫られる。

更新しないということは落ちぶれたことを示すからです。

特に依頼がないと仕事が無い建築家、漫画家、役者などではそれが辛い。

建築であれば作品がなければ大学の教員であることが代わりになります。

そっちで食べているという説明になりますが、何で食っているかなんて

いうのは余計なお世話です。赤の他人に説明する責務などない。

建築にせよ漫画にせよ、人に影響や感動を与えた歴史に残る作品がひとつあれば、

そのひとはもう立派な作家だと思います。あとは何して暮らそうが構わない。

wikiはその精神的自由を奪うものではなかろうか。

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2016年7月17日 (日)

トルコ

トルコで軍部によるクーデター未遂が起こったとの報を聞いて驚いています。

クルド人に対する扱いに非難の声もあるでしょうが、トルコは今やISらイスラム過激派に対する

西欧民主勢力の最前線になっています。アラブの春のような政局の混乱がトルコにまで

及ぶということは、その重要な牙城を失うことになりかねない。

行ったひとによって感覚は違うと思いますが、ぼくはトルコ人はイスラム系の社会に

ありながら、エジプトやモロッコのひとと比べると親日的で聡明だと思っています。

1992年にイスタンブールとカッパドキアを回りましたが、イスタンブールでは

ホテルに泊まらず両親と幼い娘2人の4人家族の家にお世話になりました。

空港から市街に向かうバスの中で声をかけられ、ぼくが泊まろうと思っている

ホテルがある地区は治安が悪いからうちに泊まらないかと提案された。

これがエジプト、モロッコ、インドあたりだったらまず裏に何かあったでしょう。

警戒しましたが、幼い子供連れだったこともあり、受諾しました。

結局2泊ほどして食事も頂きました。西欧諸国でもこんなに親切にされたことはない。

街を歩いているといろんなひとに声をかけられました。たいがい絨毯屋に連れて行かれ

チャイをご馳走になるのですが買わなくても無問題。アジアの東端と西端、また宿敵の

ロシアを倒したことがあるということで、当時は親日的ムードに満ちていました。

関西地方でラジオ番組に出たことがあるというひとにも会いました。

日本は今、急激に伸びているがいずれ勢いは衰える。トルコはスロースタートで

現状では差があるが、いつか追いつき、追い抜くと言っていました。

あれから24年、トルコを見続けてきましたが、混乱は増しているように感じています。

アタチュルクがなした大きな一歩から先になかなか進めないどころか、後退するような
動きすら見える。それだけトルコの地勢や歴史、民族、宗教というものは複雑で難しい。

最近はテロも頻発していてまさに正念場。が、合理的な判断をする能力のあるひとたちです。

なんとか乗り切ってもらいたい。

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2016年7月16日 (土)

同行者緩募 雁峠から将監峠山サイ

※スケジュールを前倒ししています

自転車はMTB系かシクロクロス、パスハンター等の山道走行可能な自転車限定とします。

押し担ぎが多いため、装備は登山に準じたものとしてください。

例)雨具、防寒着、山地図、熊鈴、手袋、水筒、ヘッドランプや行動食、携帯電話など。

宿泊地での食事は自炊となります。十分な食料等ご用意ください。

前日13時予報で当日降水確率40%以上の場合、延期とさせていただきます。

集合

2016/7/24()812中央本線塩山駅

830山梨交通バス西沢渓谷入口行乗車(970円)

宿泊地

笠取小屋(開放小屋利用、寝具あり、食事なし、水場あり)

山梨県甲州市塩山三日市場2750-10

http://kasatorikoya.com

コース

2016/7/24(日)

927新地平、補給

1030出発

1200林道終点

1300雁峠、30分休憩

1400笠取小屋

2016/7/25(月)

700笠取小屋

930将監峠、30分休憩

1100三ノ瀬

1130丹波山温泉のめこい湯

14:30奥多摩駅

募集期限

2016/7/22

参加希望者はブログにコメント記入をお願いします

参加者がいる場合は登山届をまとめて出します

山と高原地図

1/5万 雲取山・両神山

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2016年7月15日 (金)

死ぬまで出来ること

体力精神力が落ちた老後でもできることってなんだろう?

もうそろそろ考え始めてもいいことかもしれません。

スポーツ全般は無理でしょう。ハイキングくらいならできそうですが、

判断力が落ちて滑落する危険性は高くなる。

構築が必要な複雑な作業もひとりでは難しくなる。小説なんかは下調べも含めて

意外と手間が掛かるし、構図などを決めたり背景描いたりする漫画はさらに。

建築も起こすべき図面は多いし、施主や役所との打ち合わせもあったりして、

トータルの作業量は膨大です。写真も結構体力勝負だったりする。

絵画とか詩とかですかね。自転車ならコレクトか。お金かかるけど。

エッセイっていうのも意外としんどいのはブログ書いてて痛感。

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2016年7月14日 (木)

scan it!

スケッチブックに何回か出てきたインスタレーションの案。初出は2004年頃。R0015349

コピー機やスキャナにある棒状の白い光の移動を部屋レベルに引き延ばす。

光源は蛍光灯と書いていますが、今ならLED。それもかなりの高照度のものを。

棒状の移動する光源は壁の3面もしくは4面に設置。天井に付けるという案もあり。

発光してゆっくりと横に移動して、端まで到達すると消灯して元の場所に戻る。

スケッチには光の移動の順番が書いてありますが、ランダムに動かすのも面白いかも。

床の中央に埋め込まれているのはモニターで、航空旅客機の下に設けられたカメラが

撮影した映像を延々流します。つまり出発地から目的地までの地上の風景のスキャン。

ギャラリーの開廊時間と同じくらいの長さのものが望ましい。

2016
年の今から見るとスキャナってもうあまり使いませんが。Google Earthとか

ストリートビューとかって、やってることはスキャンの一種です。MRIなんかもそうだし、

今ぼくらはあらゆる物理的なものをデータ化する時代に生きている。その象徴です。

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2016年7月13日 (水)

現代の茶室

今から30年前、こういうお題でアイデアコンペが行われました。覚えている方はR0015340

少ないのではないかな。ぼくは学生時代にアイデアコンペは2つしか出していませんが、

このコンペは強烈に印象に残った。

それはぼくの案がという話ではなく、2コ上の大学院の先輩が2等に食い込んだから。

しかもそのロシア構成主義とデ・スティルが軽快に混ざり合った詩的なオブジェクトは

どう見ても1等案より優れていたから。

1
等案は持ち歩き可能な組み立て茶室というアイデア勝負のもので、よく見るというか

よく見なくても実物は破綻しています。が、この茶室のロケ地は誰の目にもわかる

伊東豊雄の中野本町の家。著名建築家お墨付きという印象に打って出た。

審査員の評は歯切れが悪い。黒川紀章に至っては1等案が勝ったのは女性だったから

からでは、とまで言っている。1等案の作戦にまんまと引っかかったとしか思えない。

この2等案の作者、藤本裕之さんは他のアイデアコンペも入選しましたが確か佳作。

このコンペで1等とっていれば人生変わったかもしれないのに全く不運です。

氏は結局清水建設の設計部に進み、今も在籍しているようです。

ぼくと就職のタイミングは一緒だったので状況はわかりますが、就職活動中は

バブル直前で、有名どころの求人は全く無かった。1年遅かったら違ったのですが。

ぼくはこのコンペに結果が出る前に、2等案のドローイングの一部に大学の製図室にて

遭遇して思った。全くかなわない。あれだけの才能がありながらもったいない。

氏に限らず、頭が良くて腕のあるデザイナーというのは毎年山のように輩出されています。

氏と同年に学部を卒業した工藤和美さんは東大院に進み、シーラカンス設立に参加している。

つくづく建築家として大成するには才能だけじゃダメなんだなと思った次第。

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2016年7月12日 (火)

MTBステッカー顛末

MTBのロゴにブルーのカッティングシートを貼った件は以前書きました。R0015335

http://studio-blank.cocolog-nifty.com/blog/2016/06/mtb-95ba.html

シートステイにはブルーのラインを引き、その後シートチューブにブルーの

カッティングシートでメイプルリーフの葉形を切り抜き、貼り付けました。

カナダ国旗のあれです。デザインが前から気に入っていたので。

するとシートステイのデザインもこれに絡めたらと思うに至り、ラインは剥がして

blue leafというブルーのロゴを入れることにしました。最初は黒地に青文字で作図し

プリントアウトしたものの上から透明のビニールテープでフレームに貼りこんだ。

が、何度印刷しても鮮やかな水色が再現されない。ビニールテープには気泡が

入ってしまい、貼った見た目もいまいちです。

で、プリンターのインク購入ついでに耐候性シールなるものを買ってみました。

白地と透明のがあるのですが、前者は黒の顔料インクに対応していないので後者に。

黒下地のない純粋な水色のロゴを印刷するのですが、やはり色は再現できずプリンターの

限界か。さらに印刷が薄く、黒のフレームに貼るとほとんど文字が読み取れなくなり失敗。

結局、最初のビニールテープのに戻しています。カッティングシートでつくるには細すぎ、

曲線が多く、イラストレータのデータの加工も面倒。筆で手描きというのがいちばん適切

なのでしょうが、そこまでの器用さはありません。

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2016年7月11日 (月)

ギリシャの修道院

欧州の修道院のなかにはたどり着くのが困難な岸壁の上などにあえて建築されたものがある。800pxsimonopetra_aug2006

知られたものはギリシャに2箇所あって、それがアトス山とメテオラ。

特に後者は今や観光パンフレットに写真が載るほど有名になっているようです。(写真右)

アトス山は写真左のシモノペトラが主ですが、女性の入場禁止の他に外国人観光客の入場制限を

18名までとしているようで、俗化を逃れている。地形は急峻で勝手に見に行くことは難しい。

ただ今回、初めてシモノペトラの遠景写真を見たのですが、なんと勾配屋根がかかっている。

しかも建物のかなり高い位置の裏に道路まで走っています。つまりこの塔を延々登る必要はない。

屋根に至っては、リゾートホテルのような印象さえ受けてしまいます。

まあ実物を見たわけではないのでわかりませんが。ギリシャは1992年の正月明けにイタリアから

渡り、アテネとミコノスを見て回りましたが、シーズンオフでもありあまり印象に残らなかった。

サントリーニにさえ行かなかったので。

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2016年7月10日 (日)

バングラデシュ

バングラデシュは昔は東パキスタンと呼ばれ、パキスタンと同じイスラム教圏の国ですが、Jatiyo_sangshad_bhaban_roehl

地理的にアフガニスタンと隣接しているパキスタンと比べると、情勢は安定していると

感じていました。あんな危ないところへとは少なくともぼくは思わなかった。

パキスタンと違い、隣国インドとの関係も特段悪くない。が、昨年の10月から

殺害事件が頻発するようになり、この情報を日本メディアは取り上げなかった。

既に地球の歩き方も出版された国ですが、今行くのはとても危険なようです。

ぼくが行ったのは1995年の春。地球の歩き方も旅行人からでさえも情報は入手できなかった。

ジャカルタからバンコク経由でダッカに入るともう夜中。宿も決めておらず、とりあえず

空港ターミナルと出ようとすると、サーチライトに照らされた無数の群衆が。

恐怖感を覚えてターミナルに戻ると、シェラトンの窓口だけが開いていたので、

高いのを承知でお世話になることに。でも当時で11万円強だったように記憶してます。

マイクロバスで送ってもらい、久々なバスタブ付きのバスルームで身体を洗いました。

翌日、ツーリストインフォメーションに行ってマップを入手し、ホテルも2千円台くらいの

安いところに移ります。移動手段はリキシャでオートリキシャを1度使ったときは

料金で揉めた。ここらはインドと同じような感覚。街並みも似ている。

見るものというとカーンが設計した国会議事堂とアユブ国立病院くらいしかない。

国会議事堂はぼくが行ったときは入れませんでしたが、ネットではツアーで入ったという

情報や、地球の歩き方だと金曜以外には入れるような記述もあります。本当か?

実際に見た感じでは、外からだけならわざわざ行くほどのものでもない。周囲は広大な

水盤や平地で極めて象徴的な扱いとなっていて、それがアナクロな印象を与えます。

病院の方はなかに入れます。食堂で食事をした記憶がありますが、スプーン等の食器がなく

手で食べました。インドでも手で食べているひとは多かったですが、スプーン自体がないと

いったことはなく、今のところ右手で食べた生涯唯一の食事となっています。

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2016年7月 9日 (土)

行けない聖地

世界には見に行きたいけど治安などの理由で見に行けない都市、建築というのがあります。Samara_spiralovity_minaret_rijen197

ぼくの場合、イラク、サッマラーのミナレットやアルジェリアのガルダイア、スヴァネティなど。

特に中東や中米あたりはなかなか情勢が安定しません。

ぼくがよく海外をまわっていたのは1992−1995年頃でしたが、イラクはフセイン政権下で

湾岸戦争に突入していた。今は米軍は撤退しましたがISの侵略を受けている。

アルジェリアは世界で最もジャーナリストが殺される国と呼ばれていて、軍事クーデターから

内戦に発展した。最近でも武装勢力により日本人が多数殺害される事件が起きています。

ついこの前にはバングラデシュのダッカで同様の殺害事件が起きました。

同国も不安定化してきているのかもしれません。ダッカには近代建築の巨匠ルイス・カーン

による国会議事堂などがあり、ファンにとってはぜひとも訪れたい聖地なのですが。

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2016年7月 8日 (金)

他人の現場

ほとんど自宅で過ごしているから隣の住宅の現場がどうしても気になります。R0015329

・基礎立ち上がりが1.5m近くあるのにシングル配筋。袖壁もなく上に2階分載ってる。

1階の筋交いが1箇所しかない。合板を打ち付けて強度をとるようだが、

 その過程で仮の筋交いを外したまま数日間放置。地震来たら崩落するよ(写真)。

・通し柱が1本もない。すべてホールダウン金物で締結されていて、引張には

 強いかもしれないが、柱頭柱脚は曲げに弱い。ツーバイだと思えばいいのか?

・仮設トイレの設置が遅い。基礎に立ちションしているシーンを見てしまった。

 まあひとの敷地だからいいけど。。

・作業中ずっとラジオを流しっぱなしの職人がいた。

・設計者は1ヶ月に一回くらいしか見に来ない。

・打ち合わせの話し声が一切聞こえない。間違えたら壊してやり直すのが基本なのか?

・境界壁を勝手に壊される。これも相手敷地内だからいいけど。。

・上棟前後、ペットボトルが放置されたりして現場が汚かった。

目の前に駐車されて出口塞がれたこともあったな。コン打ちの頃か。
ああ、ストレスだ。ただ指示なしに動けるという点では日本の職人は優秀。サボらないし。

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2016年7月 7日 (木)

夏風邪

風邪をひきました。1週間ほど前から喉が痛くなって、それが咳に変わり今週に入って

鼻水も出るようになった。熱はなく、鼻水は水っぽい。

症状は重くはないようでしたが、精神的にしんどくなってきたので月曜の夕方に

医者にかかり、薬を出してもらいました。総合感冒薬と咳止め、痰を切る薬と抗生剤。

2
日間服用して症状はようやく治まってきた感じ。ただ体力精神力は落ちたまま。

このところ急激に暑くなったりしたのが原因かと思いますが、スケジュールが一段落して

気が抜けたというのもあったかも。最近は食べることくらいしか楽しみがなかったのに

それすら億劫になっています。

ブログの更新もしんどい。

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2016年7月 6日 (水)

サザエさん

日曜日のアニメ、サザエさんの視聴率が10%を切ったと話題になってました。

長谷川町子によるサザエさんの単行本は漫画に飢えていた幼少期のぼくには魅力的で

近くの図書館にこもって読みふけっていたことがあります。たぶん小学生の頃。

アニメのサザエさんは1話ごとにテーマはあるものの、ギャグは単行本からの切り貼りで

何度も同じネタを使うなど、さほど魅力的ではなく同級生の話題にものぼらなかった。

ただ放映される日曜日の夜6時半というのは当時一般的に家族揃って食事をする時間で

サザエさんを見るというのは習慣というか一種の儀式のようなものだった。

それは大晦日の紅白歌合戦と似たような位置にあったのかもしれない。

しかし今やテレビや家族というのものは相対的にその地位が下がっている。

今の子供にとってはテレビのアニメよりLINEのタイムラインのほうが重要でしょう。

また両親は共働きが増えて、時間を合わせることが難しくもなってきている。

そして家族関係より友人関係のほうが切実だったりもする。

そういう意味ではサザエさんの世界観というのも既に古典で現実味が薄く共感もしづらい。

ぼくらの年代でさえ、むしろドラえもんのほうが近いと感じます。

ここまで視聴率10%をキープしてきたことのほうが驚きなのかもしれません。

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2016年7月 5日 (火)

今年の検診

区の特定健診の結果が出ました。

慢性的な問題だったLDLコレステロールがおそらく初めてぎりぎり基準値内に。

一方でチラチラ見えていた腎臓のほうで尿素窒素と尿酸値がオーバー。

ビールもレバーもほぼ無縁の生活をしているのですが。

今回はBC型肝炎と大腸がんの検診も受けましたが、ともに陰性。

胃がん検診は結果待ち。歯の方は炎症がいまだに引かずに治療継続中。

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2016年7月 4日 (月)

アクティブサス?

この記事を読んでF1のアクティブサスペンションを思い出しました。Img_9956640x427

http://singletrackworld.com/2016/06/first-ride-lapierre-xr-2017/

ラピエールの2017年のXCモデルのリアサスで電子制御が使われるらしい。

詳細はわかりませんがF1では1994年にアクティブ・サスペンションは禁止された。

XCはまだしもDHになるとサスの性能はタイムに直結するのでまずいのではないか?

が、調べてみるとアクティブサスのいわゆる制震構造のタイプは、システムのサイズが大きく、

また複雑になり高価で一般的ではないそうな。実際にF1で使われたものは、あらかじめ

サーキットに合わせてプログラムされた通りにサスペンションが動く構造だった。

電子制御の変速機は既に実用化されてレースでも使われているので、

サスにちょいづけするくらいなら問題ないのかもしれません。

ただ女子シクロクロスでメカニカルドーピングが発覚したように、

機材は明らかに進化していて、どこまでの電化を許可するかは課題です。

制限を加えればそれだけ自転車業界は沈んでしまうので難しいところです。

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2016年7月 3日 (日)

プライバシー

自宅隣の木造3階建て建売住宅がそのボリュームを現してきました。今までの経緯はこちら。R0015321

http://studio-blank.cocolog-nifty.com/blog/2016/03/post-891f.html

http://studio-blank.cocolog-nifty.com/blog/2016/03/post-edea.html

やっぱりでかいです。まさに壁。そして2階テラスとの距離が近い。

今は工事のひとが頻繁に行き交うので、サッシュを開放するのもためらわれます。

近隣説明用の図面によると開口部はさほど多くはなく、民法に基づいて目隠しの設置を

求めましたが果たしてどんな感じになるのか。2階床レベルがほぼ同じなのが気がかり。

さてこの目隠しですが、敷地境界から1m以内の範囲にある開口部が対象となります。

逆に言えば、1mセットバックすれば透明ガラスの全面開口の建物も建てられる。

先日に見学会があった住宅はまさにこれでした。東京の住宅密集地に3層分の

ドミノシステムのスケルトンを挿入している。壁は両脇に僅かにあるのみ。

傾斜地なので3階まで上がると隣の住宅の屋根越しに風景が広がります。

逆に2階の南面では隣地住宅の壁面が目の前に迫っている。1階に至っては完全に囲って

6台分の車庫になっていて、ピロティにする意味が全くなくなっている。

で、表題のプライバシーですが、この住宅の住人はカーテンや目隠しフィルムなどいくらでも

視線の調整は可能ですが、近隣にとってはそこまでオープンにされてしまうと、

自らの敷地内で目隠しをつけざるを得ません。つまり先にやったもの勝ちなのです。

ただ、実際に住み始めると近隣との人間関係が発生するので、あからさまに

オープンにするのが必ずしも正解とはいえないと思います。
もし自宅隣地の建物がそういう住宅だったらぼくは嫌だ。

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2016年7月 2日 (土)

髪型を変えない訳

前にも書きましたが、ぼくはもう20年以上同じ美容院で同じ担当者に髪を切ってもらっています。

オーダーも同じで、もみあげ、襟足、前髪をある程度残したうえで、全体に短く。

短髪のイメージが好きではないのですが、髪質に癖があり、ある程度伸びてくるとはねてしまう。

朝、頭髪を洗ってから一寝入りする習慣もあって、寝癖もつきやすい。

それでこのオーダーに行き着きました。美容院に行く頻度は2ヶ月に1度程度で、

これを増やしたくないという気持ちもあります。

あるとき、担当者が長期不在で別の方に切ってもらったこともあるのですが、

頭頂付近の髪をすくだけでほとんど切らないかわりに刈りあげました

イメージとしては坊ちゃん刈りで意外と今風で連れ合いは気に入ったようでしたが、

これは1ヶ月も持たなかった。さすがに1ヶ月に1度というのは財布に厳しすぎる。

で、結局担当者さんも復帰し、髪型も元に戻りました。もう一生変えないかも。

ちなみに西欧の建築家は、空間把握能力に長ける=男性脳=男性ホルモンが多いせいか、
伝統的に頭髪の薄い人が多い。

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2016年7月 1日 (金)

これからのひと

一昨日の記事に、これからのひとは大変だと書きました。理由を書きます。

一般的に言うと建築家のルーツはイタリア、ルネサンス初期のブルネレスキでしょう。

ぼくはフィレンツェでこの人の作品を見るまで、教会建築というのはどれも似たり寄ったり

だと思っていました。もちろんゴシックとかバロックとか時の流行はあるにせよ。

が、サン・ロレンツォ聖堂だったと思いますが、ブルネレスキの作品を初めて見た時、

これは別物だと思いました。しっかりとスケールやプロポーションがデザインされてる。

伝統的に重視されてきたファサードが無装飾で放置されているのも衝撃でした。

ここから建築がかわった。彼がいたからミケランジェロやパラディオもあとに続いた。

その流れは最終的にモダニズムの3大巨匠、ライト、コルビュジェ、ミースにまで受け継がれる。

日本で言えば丹下健三や初期の菊竹清訓まで。大学の建築学科はそうしたデザインの技術を

養う訓練機関であって、古典建築の図面のトレースは必須でした。当時主流ではなかった

横浜国大でさえかつてそうした授業は行われていた。

そうして技術を習得できたごく一部のものだけがなれるのが建築家でした。

が、1960年代に入り、世界中で閉鎖的で硬直した体制に疑義が申し立てられます。

これがいわゆる学生運動で、ほぼ時期を同じくしてポストモダンムーブメントが起こる。

それは一部のエリート層のためだけの建築の大衆への解放でもあった。

極端な例ではアーキグラムのような荒唐無稽でとても洗練されているとは言いがたい

ドローイングでさえ建築だと認められるようになる。

それで救われたひともいます。ぼくもそれがなければ建築家などにはなれていません。

ただ、記号やメタファ、プログラムなど建築の価値が多様化するにつれ、美的側面は

相対的に落ち込み、もはや大学は美的訓練機関であることを放棄してしまっている。

で、大変だと書きました。今更プロポーションを教えられる先生もいないだろうし。
もちろんもともとできる才能のある人はいるのですが、それはごく一部だろうと。

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