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2016年7月 1日 (金)

これからのひと

一昨日の記事に、これからのひとは大変だと書きました。理由を書きます。

一般的に言うと建築家のルーツはイタリア、ルネサンス初期のブルネレスキでしょう。

ぼくはフィレンツェでこの人の作品を見るまで、教会建築というのはどれも似たり寄ったり

だと思っていました。もちろんゴシックとかバロックとか時の流行はあるにせよ。

が、サン・ロレンツォ聖堂だったと思いますが、ブルネレスキの作品を初めて見た時、

これは別物だと思いました。しっかりとスケールやプロポーションがデザインされてる。

伝統的に重視されてきたファサードが無装飾で放置されているのも衝撃でした。

ここから建築がかわった。彼がいたからミケランジェロやパラディオもあとに続いた。

その流れは最終的にモダニズムの3大巨匠、ライト、コルビュジェ、ミースにまで受け継がれる。

日本で言えば丹下健三や初期の菊竹清訓まで。大学の建築学科はそうしたデザインの技術を

養う訓練機関であって、古典建築の図面のトレースは必須でした。当時主流ではなかった

横浜国大でさえかつてそうした授業は行われていた。

そうして技術を習得できたごく一部のものだけがなれるのが建築家でした。

が、1960年代に入り、世界中で閉鎖的で硬直した体制に疑義が申し立てられます。

これがいわゆる学生運動で、ほぼ時期を同じくしてポストモダンムーブメントが起こる。

それは一部のエリート層のためだけの建築の大衆への解放でもあった。

極端な例ではアーキグラムのような荒唐無稽でとても洗練されているとは言いがたい

ドローイングでさえ建築だと認められるようになる。

それで救われたひともいます。ぼくもそれがなければ建築家などにはなれていません。

ただ、記号やメタファ、プログラムなど建築の価値が多様化するにつれ、美的側面は

相対的に落ち込み、もはや大学は美的訓練機関であることを放棄してしまっている。

で、大変だと書きました。今更プロポーションを教えられる先生もいないだろうし。
もちろんもともとできる才能のある人はいるのですが、それはごく一部だろうと。

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