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2016年8月22日 (月)

ゲーリーとコールハース

ポストモダンムーブメントがなかったことになる、その終焉を乗り越えた

現代の巨人ふたり。特に素材の扱いとか最後にモノに落とし込んでいく

センスに共通点が見られたりしますが、実質は対極にある存在です。

ゲーリーはあくまで現物のかたちにこだわりますが、コールハースにとって

それはあくまでひとつの解答であって、それを目指している訳ではない。

どこまで本当かはわかりませんが、少なくともそういうポーズはとっている。

コールハースは出自がそうであるように、アーティストというよりジャーナリスト

です。創造というよりは編集作業。 状況を分析し、常にロジックで物事を進め、
批判的立場を取ることが多く、結果として挑発的で、時に悪意さえ含む解答を示す。

その姿勢はとてもクールでかつて日本でも熱狂的に受け入れられ、当時の妹島さんは
常にコールハースの作品集を携えて参照していた、という噂すら聞いたことがあります。

が、今はそのブームも去り、CCTV以降は目立った情報が入ってきません。もちろん

シアトル中央図書館やカーサ・ダ・ムジカが傑作であることに疑いはないものの、

近年、総力をあげた特集が組まれたゲーリーとは明暗がはっきり分かれています。

なぜか。ゲーリーは社会から自由になることを望んで実現し、かわりにブランド化され

商品となることで消費された。

一方でコールハースは社会にコミットすることにこだわった。資本主義の波に乗ると
言いながら、あくまで消費されることを拒んだのは彼自身なのかもしれません。

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