文化・芸術

2016年12月14日 (水)

実験映像

ふと思いついて作成した実験映像です。面白いものでは全くありません。
3分間見てなにか変だなと感じたならば目標達成です。



貴重な時間を返せという方もいるかもしれませんが、人生は所詮無駄だらけです。

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2016年11月 8日 (火)

美術展示で死亡事故

TOKYO DESIGN WEEKで展示物の火災事故が起き、中にいた5歳の子供が亡くなりました。

美術展示での死亡事故というと過去、クリストによるアンブレラプロジェクトくらいしか

思いつかず、驚きました。

が、燃えた現物の写真を見ると、木のフレームに木くずを撒いてライトアップするという

そりゃ燃えるだろうという工作物。主催者の防炎物品に限るという誓約書にも

違反していた模様。

出展したのは大学の建築サークル。学生は絶対的に体験不足で想像力に欠けるから、

周りの大人の監督責任が問われるでしょう。違反を見過ごした主催者にも。

一般的に美術館内の展示とかだと、体験展示はかなり慎重に判断されます。

ただ、建築物ではないので建築基準法のような詳細な規定はおそらくなく、

ほとんどが現場の判断に頼っているのが実情でしょう。

ぼく個人は、今回のジャングルジムのような遊具は落下の危険性もあるので

公園に設置された公的なものであっても、ヘルメットの着用を努力義務化すべき

ではないかと思っています。

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2016年7月14日 (木)

scan it!

スケッチブックに何回か出てきたインスタレーションの案。初出は2004年頃。R0015349

コピー機やスキャナにある棒状の白い光の移動を部屋レベルに引き延ばす。

光源は蛍光灯と書いていますが、今ならLED。それもかなりの高照度のものを。

棒状の移動する光源は壁の3面もしくは4面に設置。天井に付けるという案もあり。

発光してゆっくりと横に移動して、端まで到達すると消灯して元の場所に戻る。

スケッチには光の移動の順番が書いてありますが、ランダムに動かすのも面白いかも。

床の中央に埋め込まれているのはモニターで、航空旅客機の下に設けられたカメラが

撮影した映像を延々流します。つまり出発地から目的地までの地上の風景のスキャン。

ギャラリーの開廊時間と同じくらいの長さのものが望ましい。

2016
年の今から見るとスキャナってもうあまり使いませんが。Google Earthとか

ストリートビューとかって、やってることはスキャンの一種です。MRIなんかもそうだし、

今ぼくらはあらゆる物理的なものをデータ化する時代に生きている。その象徴です。

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2016年6月 9日 (木)

垂直の秩序

建築写真だとあおり補正がデフォルトで、垂直方向のパースが無視されるということについては、20160608_125403

以前日記に書きました。

http://studio-blank.cocolog-nifty.com/blog/2012/01/post-a8f4.html

近年はコールハースによるCCTV本社ビルのように垂直と縁のない建築も出てきていますが、

若手の代表的建築写真家であるイワン・バーンでさえあおり補正をして撮影している。

補正をした方が余計な線が減ってクリアな印象を与えるというのが理由となるでしょうが、

実際に建物をスケッチしてみると脳内で自動変換しているのか、補正した絵ができあがる。

特に高層建築を間近で見るような場合、建物は視界に収まらず視点は常に移動しています。

で、視点が上に行くほど垂直方向のパースはきつくなり、それを単純につなげると

デイヴィッド・ホックニーの作品のように辻褄が合わずばらばらになってしまう。(写真)

結局、1枚の絵にした時、垂直方向のパースは無視するというのが最も都合がつきやすい。

で、それが西洋絵画の伝統として根付き、ぼくらが見る絵画のほとんどはそうなっています。

カメラ的な単視眼を捨てて、複数の視点を同時に採用したキュビズムにおいてさえも。

それはアニメやCGで動画が登場するまで続きました。例えばエジプトのピラミッドの

よく知られた鋭いシェイプは、かなり離れた場所から見ないと確認できず、近くで見るとただの

石の山ですが、動画がデフォルトとなればそうした事実も受け入れられるのかもしれません。

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2015年11月 1日 (日)

オリジナル

冬目景原画展のじゃんけん大会の時に抽選で応募したサイン入りポスターが当選しR0013799

取りに行ってきました。サインいらないとか言っておきながらこれはこれで嬉しい。

B1サイズとかなり大きかったので、ロフトに飾っています。

さてサインの何がそんなにありがたいかというと、本人の直筆だから。

それくらいぼくらは複製文化のなかで生きています。漫画も本も家具や衣類、

食事なんかも今は殆ど大量生産され、コスト削減が求められています。

レストランのシェフはレシピを考え仕上げをチェックするくらいか。建築家はアイデア

スケッチをして膨大な模型を作らせ、おおまかなデザインが決まって以降は所員任せ。

ファッションデザイナーも布地を扱う実務的なところは基本ノータッチだろうし、

場合によってはブランド名を使い分けてデザインから弟子にやらせるところもある。

最もオリジナリティを求められるアートでさえ、デュシャン以降はレディメイドや複製が増えた。

ウォーホルによるシルクスクリーンがわかりやすいですが、ジャッドのミニマルな彫刻も

自分で手がけているわけではない。

最後の手描き画家に分類されるであろうクレーの線描画は、オリジナルが今、

200万円くらい、ものによっては1000万円以上だそうな。これを安いと見るか高いと見るか。

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2014年12月13日 (土)

赤瀬川原平の芸術原論展

*赤瀬川原平の芸術原論展/千葉市美術館R0011775
 141223まで/10:00−18:00(−20:00金土)/無休/1000円

この大々的な回顧展が始まる2日前に赤瀬川さんは亡くなっています。享年77。
70を越えたあたりで体調を崩し、3年前から胃がん、脳出血に見まわれ徐々に死んでいった
そのさまは自著、父が消えたに描かれた氏の父親の臨終を思わせるものでした。

赤瀬川さんはその活動が幾つものジャンルにわたっているひとで、まとまった展覧会
というのは過去1度しかなかった。もしかしたら今回が最後の展覧会になるのかもしれない。

なぜなら赤瀬川さんははっきりとした作家になろうとはしなかったから。
ひとりで何かをやるのではなくみんなで何かを発見して楽しんでいく人。
ニューヨークでメジャーデビューを試みた同級生の荒川修作を快く思っていなかったらしい。

あえて代表作をあげるとなると拡大千円札や零円札になり、コンセプチュアルアートに
位置づけられると思いますが、赤瀬川さんにとってはその作品性より、
それが引き起こした裁判や社会の価値観の転倒の方が重要だったのではないか。

通貨価値を問うているので反社会的な姿勢は見えます。その元をたどれば
幼少期の貧困に行き着くのかもしれません。 そしてそれは後のイラスト群に
反権力や反左翼として受け継がれますが、40歳頃からは政治的に脱色される。

千円札裁判も一見過激ですが、この対談を見るとやっぱり赤瀬川さんらしいアプローチも見える。
http://www.1101.com/okane/akasegawa/index.html

氏は社会というものを子細に観察して、◯って◯◯だよねと一見突飛のような比喩をする。
えっ?と驚いているとそこに至るまでの思考の道のりを解説され、なるほどとなる。

後期は文章作品も多く、芸術家というより発想家、発見家と言った方が適切かもしれない。
赤瀬川さんが亡くなってみんなが寂しいのはその本人がいなくなったから。
新たな作品が出なくなって悲しまれる美術家とはやはり立ち位置が違っていたのだと思います。

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2014年12月 5日 (金)

ジョルジョ・デ・キリコ 変遷と回帰

*ジョルジョ・デ・キリコ 変遷と回帰/パナソニック汐留ミュージアムGinyu_s
 141226まで/10:00−18:00/無休/1000円

NHKの日曜美術館で取り上げられていたデ・キリコ展を見に行ってきました。
ぼくがキリコの絵に遭遇したのは1978年、ちょうど氏が亡くなった年で、
中学に上がった記念に買ってもらった百科事典に吟遊詩人の絵が載っていました。

そこで形而上という言葉を知り、大学入学時の自己紹介でメタフィジカルなものが好きと書いた。
大学の卒業設計にはその表紙に吟遊詩人のマネキンを2体、模写しました。
それはほとんど直感的な行動でしたが、振り返るとぼくの卒業設計のテーマは形而上だった。

もちろんその間キリコ一途だったわけでもなく、ムンクやマグリット、
クレーのファンにもなり、社会に出てからは現代美術の方に興味は移っています。

しかしなぜ吟遊詩人を引きずっていたかというと、他に情報がなかったから。
当時、キリコの画集というのはまず見なかったし、他には街の神秘と憂鬱くらいしか知らない。

それがようやく今回の展示で解消されました。残念ながら初期の作品は少なかったですが、
一言でいうとキリコは技術的に劣る。ダリやマグリットのような精緻な描写力はなく、
クレーのように線一本引くだけで詩情が湧いてくるような才能もない。

晩年にキリコが初期の作品に回帰し、しきりに複製を行っていたことに対し、
批判の声が多い一方で、アンディ・ウォーホルが現代美術の視点から賞賛したらしい。

その理由もわかりました。キリコは一生、吟遊詩人だけを描き続ければよかったのです。
描く作品みんなが傑作なんて天才はごく一部です。同じ形而上作家のモランディは、
後半生のほとんど、机の上の静物だけを描き続けましたが、彼のほうが正解でした。

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2014年11月26日 (水)

アールデコ+内藤礼展

*アーキテクツ/1933/Shirokaneアール・デコ建築をみるR0011675
*内藤礼 信の感情 /併催:東京都庭園美術館
 141225まで/10:00−18:00(1222- -20:00)/第2第4水休/700円

東京都庭園美術館が3年間の改装工事を経てリニューアルオープンする記念展。
アール・デコ展を見る、はその改装された部屋を見るもので、展示は特にありません。

東京駅の改修からの影響があるのでしょうか。基本的には竣工当時の状態に戻すものですが
ヴィデオを見るとその工事範囲は多岐にわたっていて、すごく手間がかかっています。
改修前との比較ができるような展示があると、もっとわかりやすかったかと。

今回、庭園美術館は本館の改修と同時に建物裏手に新館を増設しました。
設計は久米設計で、アドバイザーとして美術家の杉本博司さんが関わっています。
谷口吉生を思わせる瀟洒ななモダニズム建築で、ホワイトキューブの展示室が2つある。

まず従来のアプローチからまったく見えないロケーションは正解だと思いますが、
本館と新館の企画展を切り離せない動線はどうか。庭で解決するのか?

また機能としても、庭に向かって開ける気持ちのいいホワイエは売店になっていて、
かつて入口近くにあったカフェは縮小され、外から利用できるものではなくなってしまった。

ホワイエと展示室1の天井はあからさまにルイス・カーンのキンベル美術館の縮小コピーで
それは杉本さんも東京都庭園美術館ニュースで語っています。そのなかで展示室1は
明かり取りの天窓とありますが、外から見ると展示室1の上にはボリュームが見えますが?

ギャラリー2では本館でも流していたヴィデオが上映されていましたが椅子は仮設。
長手方向に見てあえて天井をアシンメトリーにしているのですが、本来の使い方が不明。

内藤さんの展示は大きく2つ。本館の鏡やガラスのあるところに高さ5センチ程度の
木の素地の木彫人形をそこかしこに立たせたものと、展示室1の壁に並べられたアクリル画。

後者は一見、何も塗っていないカンバスのように見えますが、よく見るとごく薄く青や赤の
色彩が確認できます。それはジェームス・タレルの作品のようでとても儚い。

この作品はまるで無菌室でしか生存できない難病の患者のようだと感じました。
これが自然採光していると言われる展示室1にあるのですが、紫外線対策はしているのか?

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2014年11月20日 (木)

芸術と人生の豊かさ

現代の芸術において新しさは絶対です。作家は常に新たな文脈を求められる。100517_12_damienhirst

感動を求めるなら実験音楽よりJポップのほうがましだろうし、
ラース・フォン・トリアーの映画に娯楽性を求めるのは間違っている。

牛の親子を輪切りにしてホルマリン漬けにしたダミアン・ハーストは
自らがドラッグとアルコール依存症になり、不幸な人生を背負ってしまった。

しかし本来、芸術って人生を豊かにするものではなかったか。
それは絵画であれば印象派のあたりまで?マティスやクレーは別格か。

それ以降のいわゆる現代美術は鑑賞者に解釈を求めるようになった。
ある程度の知識がないと理解できない。理解できても感動するとは限らない。

トーベ・ヤンソンはこれを拒否した。それは女性であったからといえるかも。
女性は男性のように理詰めで作品を鑑賞することはなく、自分が共感できなければダメ。

その方が幸せなのかもしれません。ただひたすら抽象的な議論を繰り返す男性は不毛です。

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2014年11月17日 (月)

トーベ・ヤンソン展

*トーベ・ヤンソン展/そごう美術館R0011623
 141130まで/10:00−20:00/無休/1000円

ムーミンを生んだフィンランドの芸術家トーベ・ヤンソンの画業の回顧展です。
今年が生誕100周年にあたるので、トーベの生年は1914年になります。

当初から60歳を越えるあたりまで、自身を画家であることにこだわってきて、
今回の展示の半数近くは、なかなか日の目を見ることのなかった油画が占めています。

画家としてはジャクソン・ポロックの年代が近いのですが、
彼女の作品から見られる影響は、セザンヌ、ムンク、ゴーギャンと数十年は古い。

一方で最初に世に出た彼女の作品はGARMという雑誌の挿絵や表紙絵でした。
ここで既に後のムーミンシリーズで見られるエッチングのような線描は現れています。
母親が挿絵画家だったので、その影響はあったのかもしれません。

そんな挿絵の中からお遊びのように端っこからひょっこり顔を出したのがムーミンの原型。
トーベは恐らく思いがけなく小説家兼挿絵画家としてデビューします。

しかしそこに求められるものは画家と全く異なり、見たこともないものをつくる造形力、
キャラクターを形作る観察力、そしてもちろん文章力と全部ひっくるめた構成力。

大雑把に言ってそれは漫画力と言ってもいいかも。トーベは幸運にもそれを全て備えていた。
時代は漫画が爆発的に発展する頃。チャールズ・シュルツは1922年生まれ、手塚治虫は1928年。

当時はまだ漫画は大衆あるいは子供向けのもので職業としては軽視されていたのではないか。
しかし今は違います。トーベは今や夢見る人のヒーロー(ヒロイン?)です。

トーベの人生が意図しない方向に流れたように、世の中も想像を超えて変化する。
面白いものですね。価値観なんていい加減なものです。

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