日記・コラム・つぶやき

2016年12月30日 (金)

今年の年末

何もしていません。寒くて何もする気にならないと言うか。

忘年会はなかったし、年賀状も書いてない。

クリスマスだけは一応、チキンとケーキを買ってささやかに。

あと昨日から1泊で伊豆高原に旅行に来てきますが全くノープラン。

とりあえず温泉入って、ディナーとってあとはどうしよう?

31
日に簡単に掃除をして、雑煮のための買い出しをする予定。しめ縄飾って。

正月は本当にすることないなあ。

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2016年12月27日 (火)

カウントダウン

1130日に予告しましたが、今年いっぱいでブログ更新を不定期にするつもりです。

あと5日。もう既にネタは尽き気味。寒さに弱くなって最近動けていないし。

来年の1月にはぼくは52にになります。50くらいから既に引いてきてはいますが、

様々な点で本格的に前線から撤退するつもりです。

気力体力はどうあがいても衰えるものです。ぼくは40を前にしてオートバイから降りた。

動体視力がついていかないと自覚したからです。たぶんこれからは自動車も運転しない。

星野源さんが60を過ぎた脳外科医に手術を依頼したらしいですが、外科医は視力体力

手先の器用さの衰えで50歳引退説がある世界です。いくらゴッドハンドと呼ばれていようと

ぼくはお願いする気にならない。というか実際は本人は執刀していないのではなかろうか。

さて年寄りだからできることを探しに行こう。

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2016年12月21日 (水)

南谷真鈴と河野千鶴子

先日日本人最年少でセブンサミッターとなったひとと、57歳から始めて62歳で成し遂げたひと。

2011
年の段階でセブンサミッターは348名を数えますが、初登は1985年で田部井淳子さんは

1992年に女性初で達成しています。1990年代以降はヒマラヤでの公募隊が増え、

今や必ずしも無茶な挑戦ではなくなってきている模様。

登山はクライミングを除けば体力と高所適応能力がほとんどすべてなので、

当然若いほうが有利です。青少年の参入を阻んでいるのは必要となる資金と

学業との両立。そういう意味でこの2つをクリアした南谷さんは評価されていい。

しかし自分がこの歳になってすごいなと思うのはやはり河野さんの方です。

2013
年、最期にダウラギリで体調不良で倒れたときは66歳だった。

さすがに限界だったか。辞めどきというのはやはり本当に難しい。

南谷さんにも悪いことは言わん。適当なところで切り上げて親御さんを悲しませないように。
今死んだらほらやっぱりと後ろ指をさされるだけ。死ぬのは50過ぎてからで十分です。

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2016年12月20日 (火)

大河ドラマ

戦国時代に焦点を当てたものが多いNHKの大河ドラマ、このところ視聴率が低迷しているのは

人がバタバタ死んでいくシーンに視聴者が辟易しているからなのかも。

戦国時代、言い換えれば内戦状態で今シリアで起こっていることと大差ない。

前に書きましたが歴史は支配者によるものに過ぎず、そこには常に無名で大量の一般市民がいた。

シリアでは支配者同士の争いごとに一般市民が巻き込まれ大量の死者と難民が生まれている。

いかにかっこよく演出したところで死はただの生の終わりでしかなく、しかし

その人にとっては1回きりの大事なものです。支配者をライトアップするためだけの

大量の死というものに疑問を持つ人が増えているのかもしれません。

誰かの首を取る、殺すことが自分がこの世で生を全うした証って。。

基本的に女性視点で描かれる朝ドラの視聴率が好調なのもそれを裏付けているような。

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2016年12月10日 (土)

老後のイメージ

同期の娘さんが結婚したとか初孫が生まれたとか聞く歳になりました。

いわばおじいさんおばあさんになったということですが、

ぼくは自らの老後に明確なヴィジョンを持てていません。

まあ、まだ定年まではだいぶあるというのもあるし、

両親が離婚していて参照すべきロールモデルがないというのもあるでしょう。

だいたい老後に関する情報自体が周囲に少ない。

建築からも自転車からも引退してしまえば、ぼくには連れ合いしかいません。

彼女は年下だし仕事も好きな人なので、当面の猶予は与えられていますが、

いつかはふたりの生活というのものに正面から向き合わなくてはならない。

それまでにまた何かを始める可能性もありますが。

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2016年12月 6日 (火)

人生は短い

今自分が5120代後半の人が頑張っているのを見ると、意外と残り時間はないと

助言したくなります。人間の生物的な気力体力の変化=能力とすると、

ひとによって誤差はあるでしょうが、人生は以下のように大雑把に分けられるか。

20
代は修行、30代は挑戦、40代はキープ、50代からは一歩身を引いて

60で責任の発生する社会活動から身を引く。以降は趣味とかボランティアとか。

30
からの5年間にがむしゃらに働いてそれだけ時間があれば自分の限界も見えてくる。

で、35からの5年間で目標を自分なりにシフトして、40代はそのスタンスで働く。

50代でやれるのは管理職。もう現場で飛び回るのはきつくなる。

人生が本格的に花開くのは30からの5年間だけ。ぼくの場合はそうでした。

もちろん時間があれば年取ってからもいろいろできるのですが、

人生を賭けて全力で取り組むものに関してはこの5年で結論は出てしまいます。

そこでの勝者はほんの一握りでそのひとたちはずっと日を浴びることになりますが

ほとんどのひとは軌道修正してそこそこの人生を歩むことになる。それが普通。

そういう教育というか情報提供はあってもいいのかもしれません。

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2016年12月 5日 (月)

欲というのは不思議なもので、紛失した時に片腕がもがれたような感覚があり

血眼で探し回ったTREKTIMEWATCHがここにきてeBayで見つかるも、

いつの間にかどうでも良くなっていました。結局ポチったのですが。

あれほど強かった承認欲求も今はどこへやら。気力も体力も落ちてきていると

自覚したからなのか、いろんなものを諦めています。

むしろ常にピークであり続けるごく一部のエリートは本心では辛いのではないか。

自分の能力が落ちた分はスタッフに補ってもらうわけですが、その責任たるや、

想像を絶する物があります。常に前向きであらねばならず、弱音すら吐けないし。

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2016年11月30日 (水)

そろそろ

この記事は4000件目にあたり、なんとか切りの良い数字まで届きました。

ブログを始めたのは2006124日で、10年は既にクリアしています。

ブログの読者は僅かではあるものの減少傾向。実際書いていて、昔話が多いと

感じるようになってきたし、書けることはだいたい書いてしまった。

で、毎日の更新はそろそろ終わりにしようと思います。さすがにもう

初期の頃のような頭の回転は望むべくもなく、クオリティをキープするのは難しい。
当初は11周年まで続けるつもりでしたが、なんかもう気力がなくなった。

長い文章を人目を気にすることなく書ける場所として、残してはおきますが、

50を越えたオサーンが日常生活を垂れ流すのもどうかと。Twitterで十分かな。

レビューを続ける理由。ここに始まりここに終わる。

http://studio-blank.cocolog-nifty.com/blog/2006/01/aatext-c6f5.html

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2016年11月26日 (土)

容姿と自尊感情

ドラマ、逃げるは恥だが役に立つ、で主人公の津崎の自尊感情が低い役どころを20161125_74847

星野源が好演しています。いわゆるイケメンではなくハマっているように思いますが

実際の星野さんは明るくて前向きなキャラのようです。よくは知りませんが。

ぼくは彼と似たような容姿をしていますが、昔から世間に受け入れられていたわけではない。

たぶん最初に日の目を見たはV6の井ノ原くん。アイドルって言ってもいいんだと衝撃を

受けましたが、彼の場合でさえ、グループ内でいじられキャラを引き受けざるを得なかった。

その後、ドリカムの中村さんが吉田美和とタメはったあたりからようやく市民権を得たか。

それまではとにかく、容姿相応にしていればいいんだという圧力がすごかった。

特に子供の頃は理性なんてものがないので、しょっちゅう男子と喧嘩ばかりしていた。

大学卒業くらいまででしょうか。社会に出ると能力がまず求められるので状況は一変した。

しかし20近くまで頭を抑えつけられて育つと自尊感情はなかなか芽生えないものです。

それが払拭できたのは30のとき。今の時代に生まれればもう少し楽だったかも。

でも、どうかな。桐島、部活やめるってよなんかを見るといまだにカーストはあるようだし、
世界中で東洋人いじめがあるように、容姿による差別はなくならない。

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2016年11月23日 (水)

事実

コミュニティがあればトラブルはつきものです。みんなが仲良くというのは無理。

たいがいは皆気づかないふりをして、組織の存続を図りますが、こじれてしまうと

メンバーの脱退や分裂などが起きてしまうことがままある。

マウンテンバイクのコミュニティひとつとっても幾つかの分裂が見えます。

Facebookで見るとわかりやすいですが、ここで具体例を挙げるのは控えます。

ある程度、双方の言い分は把握できますが、第3者の自分が本当のことなどわかるはずもなく

基本的にはこういう話が出たときには、ぼくは双方から距離を取って発言は控えます。

それは自らの体験から得た教訓から来た姿勢と言えるかもしれない。

ぼくは自転車に復帰して所属したコミュニティが移転する時に拒絶されました。

理由は他のメンバーとのトラブル。でも当然ぼくは自分が正しいと思っていたし、

それを証明するやりとりは全部保存していました。今でもそれは残っている。

が、結局ぼくに弁解をする場は与えられず、トラブルの相手の話だけで、
その件に全く関与しなかった人物から断罪されました。この経緯は恐らく噂で
広まったはずですが、その後、誰ひとりとして事実を聞いてくる者はいなかった。

そういう経験があるので、上で取り上げたFacebook上の分裂についても、一方の情報だけで

安易にいいね!を押す人に、お前は何も知らんだろう?とツッコミを入れたくなります。
(あ、ぼくが経験した件はFacebookは無関係です。紛らわしかったですね)

ただ、わかったこともあります。ほとんどの人にとって事実などどうでもいいのだ。

自分と関係ないトラブルには関わりたくない。それで下手に権限を持っているひとと対立しても

割に合わない。要は自分が権限を持つ人に反感がないことを示す方が大事なのだと。

僕自身にすらそういう傾向があると今回はじめて自覚した次第。

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